まあまあまあまあまあ、ぷんぷん!!
腹が立つやら、あきれるやら
「年金」のシステムというか、自分勝手に腹が立つ。
姉が亡くなったことを日本年金機構に知らせたのは、姉に初めての年金が振り込まれる前日。
電話の相手はこれは受け取っていいという説明だった。
だから人の好い私はそうかそうかと思い、なんだかかんだかの書類を送るから提出するようにと言われた。
届いた書類はいつも通り、わけのわからない難解なものだった。
あれやこれやで取り紛れ遅くなったと反省し、わからないことを聞こうと今日電話を入れた。
私が提出しなければならないのは、
未支給【年金・保険給付】請求書・死亡届(報告書)
これ、なんのことだかわかります?
未支給年金 という魅惑の言葉に私は騙された。
へえ、もう少しはくれるのかしら?
姉はオストメイトを使っていた。障害者年金がもらえるかもしれないと申請を行った。
家に残っていた年金のファイルの中には、姉が書いたものと思われる申請書の控えが残っている。
姉からは少しはもらえそうだと聞いていたが、
始めの電話の時に「障害者年金はそんなに簡単にはもらえませんよ」と言われた。
そんなもんなんだという気持ちと、その時もそんな言い方はないだろうと思った。
まあああああ、今度出てきた相手は前の比でではなく本当に腹の立つ人だった。
思わず 「そういう言い方はないんじゃないですか?」 となった。
説明によると私が提出しなければならない書類は、たった1回、姉が死んでから振り込まれたものに対するものだった。
死んでから振り込んだものだけれど、書類を出すならあんたがもらっていいよ・・・という話だったらしい。
40年間納めてきたから、ある程度の塊をもらう権利が姉ちゃんにはあるということではなかった。
まあ、わかってはいた・・・いたけれど、やっぱりねえ・・・そんなもんだよ。
その上、私が同居の親族ではないため
「生計同一関係に関する申立書」 なるものを出さなければならないというのだ。
これがよくわからない。 なんじゃこりゃ?
仕送りされていたとか、そういう経済的に援助を受けていたということを第三者に証明してもらわなければならないのだそうな・・・?
姉ちゃんの年金をあてに生活を送っていたわけではないのに、それを証明しろというのです。
ただ、私の場合、大学生の子供3人も寄宿させてもらってスズメの涙ほどの米代で暮らさせてもらっていた。
なので、それを理由にすればいいが、第三者って誰よと思って問い合わせの電話をした。
それで前出のあの腹の立つ奴に出会ってしまった。
堪忍袋の緒が切れた私は、とどまるところを知らなかった。
最終的にどーでもいい(すぐ出さなくてもよさそうな)書類だと分かったので、いつまでに出せばいいのか聞いた。
「最終的に2年後が期限です」というので、
「では、今すぐ用意はいたしません。いいんですね。2年あるんですね」
と電話を切った。
年金の始まりは、戦後の貧しいころだったはずだ。
国民も、国もすべてが貧しくて、働けない年寄りを助けるために、現役世代からお金を集めて助けようという
当時のその考え方を否定はしない。素晴らしい考え方だったと思う。
だが、当時と今では状況がまるで違う。いい加減そこら辺の考え方を訂正すべきだ。
働けなくなった世代を支えるのは‘国’がやるべきことで、個人が負担すべきことではない。
1年しか納めていなくても、25年以上納めていようといずれの国民も年を取って働けなくなったら、それは国が支えるべきことだと思う。
個人が国のやることに対してその言質にしたものに対しては、国は責任を持つべきじゃないか。
私は電話の相手に叫んでいた。
「姉ちゃんが40年間払い込んだ年金がいくらになるか、そこで計算してみなさい。
それに対して、あなた方はどういう説明をしてくれるんですか?」