“15歳少年兵の記憶 僕は、駆逐艦「雪風」から散っていく命をみた”
という展覧会案内のチラシを図書館でみかけ、行ってみたいと思った
先日シベリア抑留者名簿を個人で和訳に取り組んだ方の話を聞いたという旦那様にも声をかけた
場所は、新宿住友三角ビル33階 帰還者たちの記憶ミュージアム
こういう施設があると知らずにいた
展示してあるものに興味惹かれるものが多かったが、
この施設のなんとも贅沢なありさまに少し違和感を感じた
入場料は無料
こういう内容だから入館者は、年配者か、どうも関係者という感じがする
棚や、設備は新しく、きれい…でもなぜここに???
行くまでは気が付かなかったのだが「総務省委託」と明記してあった
もやもや感はここにあるような気がした
私の母方の祖父は戦前樺太で事業をしていた
尻に帆掛けて逃げてきたようだが、ロシア人のことを差別用語で呼んでいた
父方の祖父はそのころ砂防の権威で、中国に渡る話があったそうだ
亡くなった叔父が「あの時行っていたら、俺は残留孤児だったな」といっていた
祖母の具合が悪くなりその話は流れたと聞いている
シベリア抑留
戦後の復員
引き揚げ事業は困難を極めたと父母から聞いている
だが総務省が事業委託までして、こういう形で運営することになんかもやもやする
予算が潤沢な様子にもひっかかった
誰に見せるためのものなのか
図書館や博物館の中でないというのも、そういうものなのかともの知らずは首をかしげる
ご苦労されたのだろうとことはわかるが、反発心も起きる
この年になっても上の世代への反抗期なんだろうなあ
先日観たNHKドラマ「昔は俺と同い年だった田中さんとの友情」で、
田中さんは「周りに流されて万歳万歳と出征する兄を送り出してしまった
自分の頭で考えなければいけなかった」と最後に言う
あの当時は上からの命令に逆らうことはできなかったのだろう
でも、だからといってそれで済む話ではないと「田中さん」はいっていた
やるならば、もう一足踏み込んだ考える場にしなければいけないのではないか
と、この施設に関しては思った
帰りは久しぶりに新宿の高層ビル街の中を歩いて駅に向かった
空にこんな雲が、秋が近いといいなあ