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■出版社の都合で約1月発売が遅れる見込みです。 9月21日ごろ
8月15日発売を目途に皆様に献金をお願いした『沖縄「集団自決」の大ウソ』の印刷作業が現在進行中です。ただ販促物のチラシ作成など、さらに最低限の出版数400冊で調整中ですが、出来れば市場に出回る出版数も800冊~1000冊と一冊でも多い方が目立ちますし、本の体裁もより目立つ体裁にしたいと考えています。
そこで再度皆様の献金ご協力お願いいたします。
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最低限での出版には何とか漕ぎつけましたが、増刷等で皆様の献金ご協力を伏してお願い申し上げます。
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狼魔人日記
江崎 孝
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本土風の姓について★軍民関係を知る鍵
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沖縄の苗字は独特で名前を見ただけで沖縄出身と分かる名前が多い。
めったに改姓が行われない沖縄で、「集団自決」のあった島の住民に戦後改姓した人が多く、それも沖縄独特の名を本土風の名前に変えた人が多い。
前エントリーで書いた、「元軍人と島の住民の関係」を知る鍵を本土風の名前に求めてみた。
力み抜けた!新垣に安定感、緩急自在でズレほんろう(08.02.29)
ソフトバンク 3―3 ロッテ
久々に踏みしめたヤフードームのマウンド。感触を確かめるようにソフトバンクの新垣が投じた67球は、昨年にはなかった安定感が光った。
初回の3番ズレータとの勝負が象徴的だった。カウント0―2から118キロのカーブと、この日最速となる150キロの直球で追い込むと、最後は149キロの外角低めの直球。逆球だったが、約30キロの緩急をつけた組み立てで完全にタイミングを崩し、一ゴロに仕留めた。
◇
ガッキー(新垣結衣)の登場ですっかり影が薄くなったが新垣渚は紛れもなく沖縄の野球小僧ののヒーローだ。 プロ野球選手に沖縄出身者は多い。広島カープの安仁屋宗八も昔の野球小僧のヒーローだったし、悪童・伊良部も沖縄にルーツを持つ。
野球だけではない。 サッカー日本代表選手となった、川崎フロンターレの我那覇和樹 も沖縄のサッカー少年のヒーローである。 ボクシングでは具志堅用高、渡嘉敷勝男その他枚挙に暇なしとはこのこと。
芸能関係に目を転じてみるとまさに多士済々、仲間由起江、安室奈美恵、知念里奈、面倒なので男は省くがミスユニバース2位の知花くららも沖縄出身。
くどいのでこの辺で止めるが、何れも名前を見ただけで出身地が沖縄と分かる独特の苗字である。
一時、読みにくい苗字を改姓する人もいたが、筆者の知る限り、非常に数が限られており知人にもそれらしき人はいない。
仲村渠(なかんだかり)が読みづらいので「仲村」に改姓する人がいたが現在でも依然として仲村渠のままで通している人の方がが多い。
それに改姓した人も「中村」ではなく人偏を残して「仲村」なので沖縄出身のナカムラは容易に分かる。
元々沖縄人は自分の姓名には保守的だった。
昔ほどではないが今でも一部には自分の祖先の名前を子孫に引き継ぐ風習もある。
地元紙で読者が誰でも必ず目を通すといわれる「死亡広告」欄には時々不謹慎ながら笑ってしまうような名前に出くわすことがある。
物故された方の名前に「喜」が付いておりそのご子息や男の親戚が揃って名前のどこかに「喜」を付けているのは良くある事なので驚かないが、喪主の長男の名前が「喜トク」なのには思わず吹いてしまった。
父君が亡くなられて長男が「喜トク」では・・・・。(同名の方に失礼なので敢てトクは変換していません)
よっぽどでないと苗字を変えることのない沖縄で何らかの理由で改姓する場合でも元の苗字の痕跡を残すのが普通である。
さて、本土風の名前についてである。
「集団自決」のあった島の住民が戦後改姓した人が多く、しかも本土風の名前に換えた人が多いことは何を意味するのか。
沖縄タイムスを筆頭に左翼勢力が構築する「残虐な日本軍を憎む村民」という構図が正しいのなら、憎むべき日本風の苗字にわざわざ改姓するとは考えにくい。
島に駐留した日本軍は島の民家に民宿しており軍人と住民が憎みあっていたという証言はほとんどない。
本土風の姓について、渡嘉敷で例を挙げると次のようになる。
古波蔵→米田(当時の村長)、新城→富山(手りゅう弾証言)
古波蔵→源
古波蔵→古賀
古波蔵→吉川(嘉勝)
古波蔵→田村
古波蔵→田中
古波蔵→玉井(喜八)⇒戦後の村長
与那嶺→杉原
与那嶺→新崎
与那嶺→吉本
鈴川、秋山、平井、吉原
ここで特筆しておきたいのは「集団自決」を行った住民は村の指導者達を除いてほとんどが「年寄りと子ども」だったこと。
沖縄では一家の年寄りが重要事項を決める。
「集団自決」を免れて生き残って戦後改姓した年寄りたちは、
現在はほとんどが物故しており、当時の子ども達や戦後生まれの子孫は一家の主の年寄り達が本土風に改姓した理由は聞かされていない人が多いという。
本土風改姓に着目する戦後生まれの住民は「もし、日本兵に自決させられたんだったら、絶対本土風に改姓はしない」と軍の自決強制に疑問を呈している。
「集団自決」を取材するジャーナリストなら、この「本土風の改姓」の理由に興味を持つはずだが地元記者でこれについて触れるものはいない。
おそらく「本土風改姓」に住民と日本兵の関係が良好だった理由が潜んでおり、これも沖縄マスコミにとっては隠蔽すべき「不都合な真実」なのかも知れない。
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