逃げる富、揺らぐ税の信頼 パナマ文書が問う
- 2016/4/30 3:30
- 情報元
- 日本経済新聞 電子版
世界の著名人らの税逃れを暴いた「パナマ文書」が国際社会を揺さぶっている。マネーと企業が世界を行き交うグローバル時代の税のあり方が今、問われる。
「顧客が動揺している。手を組もう」。東京都千代田区の弁護士事務所に米ニューヨークの大手法律事務所から電話が入った。4月のパナマ文書発覚以降、氏名公表を心配した富裕層からの問い合わせがやまない。節税を得意とする事務所が連携し、「脱パナマ」の節税網に顧客を取り込もうとしている。
パナマの法律事務所モサック・フォンセカの内部資料には約400人の日本人も含まれると報じられた。
■逃れ続ける「旅人」
「日本は稼いだ人間が損をする」。高山透氏(仮名、51)は2年前から日本、香港、マレーシアを渡り歩いている。短期滞在を繰り返し所得税を逃れるためだ。税への不満はこんな「永遠の旅人」まで生んだ。
相続などに悩む多くの事業オーナーらはタックスヘイブン(租税回避地)を使った節税に走る。マレーシアのラブアン島にはアジアなどから流れ込む富裕層のマネーが急拡大している。相続税がゼロのためだ。
同じく相続税がない香港。日系資本も入るある富裕層向け銀行は預かり資産が10万ドル(約1100万円)からと低めだ。回避地に法人名義で口座を開いて運用するケースが多く、実態は霧に覆われている。
資金の国外流出が止まらない背景には、日本で富裕層増税が続いたこともある。所得税は最高税率が45%に上がり高年収サラリーマンは控除縮小で税の重みがぐっと増した。相続税は経済協力開発機構(OECD)加盟国でもっとも高い。
1990年代以降、税制改革は「底面積」にあたる課税ベースを広げる一方、所得や資産の税率を下げて個人の成功を後押しするのが世界の潮流とされてきた。
■「出国税」で対抗
現実には日本でも財政悪化と格差拡大への批判を受けて政治が高所得者の税金を増やし、富裕層は国境を越えた節税で対抗した。
税務当局もあの手この手だ。国税庁は5千万円超の海外財産を持つ人に報告を義務付ける国外財産調書を2014年1月から導入。資産家が海外移住する際に一定以上の株式含み益に所得税をかける出国税も始めた。
捕捉には限界もある。「4億~5億円の無申告財産を海外に持っている男性に修正申告を勧めたら二度と来なかった」。国税庁OBの税理士(57)は苦笑いする。海外資産の申告数は14年分が前年比47%増の8184人。財産総額は3兆1千億円強と2割強増えたが、「実感より1桁少ない」と別の国税庁OB。
節税自体は違法ではない。だが消費増税などで負担が増す中で、富裕層だけが特権を行使しているとみなされれば国民にしらけムードが広がり、税制の基盤である信頼が失われる。違法な脱税に近い「灰色取引」の温床となり資金洗浄などの犯罪も誘発しかねない。
クレディ・スイス証券によると純資産100万ドル(約1億1000万円)を超える富裕層は日本に212万人で世界3位だ。「国ごとの税率の違いを突く富裕層の動きは止まらない」(税理士法人、山田&パートナーズの川田剛顧問)。当局と富裕層らのいたちごっこは続く。
パナマ文書、日本関連270社明記 UCC代表の名も
- 2016/4/27 0:06
- 情報元
- 日本経済新聞 電子版
タックスヘイブン(租税回避地)に関わる「パナマ文書」の共同通信による分析で、日本在住者や日本企業が株主や役員として記載された回避地法人が少なくとも270に上ることが26日分かった。大手商社の丸紅、伊藤忠商事などが記載されていた。株主などに名前があった個人もコーヒー飲料大手UCCグループ代表者ら、大都市圏を中心とする32都道府県に約400人(重複含む)おり、回避地利用が個人にまで広がっている実態が浮かび上がった。
丸紅、伊藤忠両社はいずれもビジネスのための出資だとし「租税回避は目的でない」と説明した。UCCホールディングスは「日本の税務当局に求められた情報は随時開示し、合法的に納税している。租税回避が目的ではない」と述べた。
文書は共同通信も参加する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が南ドイツ新聞を通じて入手した。
それによると英領バージン諸島に2000年11月に設立された2法人は、10年11月段階で、UCCホールディングス社長でUCC上島珈琲のグループ最高経営責任者(CEO)の上島豪太氏(47)が唯一の株主で役員とする書類やメールがあった。2法人の事業目的や活動は分かっていない。
文書にはまた、同諸島に1993年に設立され、台湾の大手企業が主要株主の「レナウンド・インターナショナル」に、丸紅と伊藤忠がともに95年以後徐々に出資し、09年以後は発行済み株式の約14%を保有したなどと記されている。
このほか、ソフトバンクのグループ企業がやはり同諸島に06年設立された会社の株の35%を持っていたことも記されていた。同社は、設立したのは中国IT(情報技術)企業で同社は設立に関係せず、要請を受けて事業参加したが撤退したと説明した。
個人が回避地での法人設立に関与した経緯や活動内容に関してはICIJが分析を続けている。
パナマ文書の国内関係では既に、警備大手セコムの創業者や親族の法人設立が明らかになっている。〔共同〕
パナマ文書の衝撃、ロシア政権に透ける動揺
- 2016/4/26 22:59
【モスクワ=古川英治】タックスヘイブン(租税回避地)の利用実態を暴いた「パナマ文書」が世界に波紋を広げるなか、ロシアの反応の異質さが際立っている。プーチン大統領の周辺で20億ドル規模の不透明な取引が指摘されたことに対し、「ロシアの不安定化を狙う米国の陰謀」と主張、国民からも抗議の声は上がっていない。政権の言い分にはちぐはぐさも目立ち、動揺も透けて見える。
プーチン氏がテレビで数時間にわたり国民からの質問に答えた14日の「国民対話」で珍しく失態を犯した。パナマ文書を最初に入手した南ドイツ新聞が米金融機関ゴールドマン・サックスの資本の傘下にあるとの誤った情報を示し、「米国の陰謀」を印象付けようとした。翌日、ペスコフ大統領報道官が誤りを認めて謝罪した。
「新たなメディアのでっち上げが近く報道される」。ペスコフ氏は世界のメディアがパナマ文書を報じる1週間前にこう発言していた。政権が文書の内容を察知し、対応策を準備していたことがうかがえる。報道直後から陰謀論を展開した。
パナマ文書により、米国の同盟国である英国のキャメロン首相らが批判にさらされるなど「ロシアの不安定化が狙い」との主張は説得力を失った。プーチン氏は14日、「文書の情報には信頼性がある」とこれまでの発言を修正。文書が名指しした友人のチェロ奏者について「財産の大半を楽器の購入に使った」などと長々擁護した。
政権統制下の主要テレビはパナマ文書の内容を報じず、国民の反応は冷めている。ロシア紙によると、プーチン氏の弾劾を求めて議会前で抗議した市民は2人だけですぐに治安当局に拘束された。
ネット上でも目立つのは冗談だ。「パナマ文書を巡る当局の会議の議題。なぜたったの20億ドルなのか、残りはどこだ?」「息子にチェロを習わせるべきだった」
独立系世論調査機関レバダセンターの2月の世論調査では、6割が政府幹部の多くが腐敗していると考えている。ネットの書き込みは汚職に対してしらけた社会の空気を映し出している。
「(首相が辞任に追い込まれたアイスランドの首都)レイキャビクのようにモスクワでも市民が街頭に出れば何かが変わるだろう。しかし、ロシア人は台所やネットで話すだけ」「ロシア人は誰もが盗みを働く現状に慣れてしまっている」
それでも政権が神経質になるのは、9月に議会選を控え、原油安の影響で不況が深まっているからだ。14年にウクライナ領クリミア半島を武力で自国に編入して押し上げたプーチン氏の支持率は8割を維持するものの、政府支持率は5割程度にまで低下している。
議会選の不正をきっかけにモスクワで数十万人規模に膨らんだ11~12年の反プーチン運動の根底には腐敗への怒りがあった。米国を敵に仕立てることでいつまでも国民の不満をそらせるとは限らない。
・4月15日 日経朝刊6面「富裕層資産隠し美術品も使う パナマ文書で判明 指南役存在、進む巧妙化」 |
・4月14日 日経朝刊8面「『パナマ文書』世界揺るがす 突然の公開なぜ 独紙に『告発』1年かけ検証」 |
・4月12日 日経朝刊8面「パナマ文書が示す教訓(TheEconomist)」 |
大林尚(おおばやし・つかさ) 84年日本経済新聞社入社。経済部編集委員、論説委員、欧州編集総局(ロンドン)編集委員を経て16年4月から同総局長。年金、医療改革や人口減少問題に一家言を持つ。欧州の構造問題を取材。
同社から漏れ出したデジタル資料の量は2.6テラバイト。テラは1兆を表す接頭辞だが、具体的にどの程度の量なのかピンとこない。大ざっぱな内訳は、電子メール480万件、PDFファイル210万件、画像ファイル100万件――など。過去40年間にモサック・フォンセカに蓄積されたものだ。
この資料の解析にあたるジャーナリストは、同連合からいくつかの条件を課された。この件に関する記事を一斉に世に出す日付・時刻を厳守する、ほかのメディアと情報を共有する、などだ。英国はリベラル色が強い高級紙ガーディアンと公共放送のBBC、フランスからはル・モンドが参加した。日本勢は共同通信と朝日新聞だった。
アイスランドの前首相グンロイグソン氏が辞任に追い込まれたのは、租税回避地であるバージン諸島に妻と共同名義の会社を持っていた点を、この資料の解析結果をもとにアイスランドの記者が質(ただ)したのがきっかけだ。前首相はこの会社を通じてアイスランドの3つの銀行に債券投資をしていた。税逃れが目的の巨額資産隠しという疑いを拭えなかった。
一方、ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズなど米国の主要紙は解析作業に参加しなかった。ワシントン・ポストも同連合のお膝元の有力紙であるにもかかわらず不参加だ。本紙を含め、これら不参加組は当然のことながら資料を見ることができなかった。正確に言えば、参加組が英国時間4月3日の日曜に一斉に報道を始めるまで、資料そのものの存在を知らなかった。
■問われる公開資料の解析能力
ただし今は、同連合がそれぞれの国の公益に役立つと判断した資料をインターネット上に順次、公開し始めている。これを読み込み、解析し、裏付け取材し、記事としてひとつのストーリーに仕立てる作業への扉は、世界中のジャーナリストに開かれている。何しろ2.6テラバイトである。同連合はすべてをそのまま公表するわけではないが、それでもスクープが潜んでいる可能性は大いにある。
従来、メディアの世界でスクープと言えば大きなニュースをいち早く、正確に世に出すことを意味した。パナマ文書はその常識を変えつつある。ジャーナリストの解析力を試すスクープ合戦が、すでに始まっている。
(ロンドンで)
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