狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

沖縄タイムスが報じた「不都合な真実」、「返還パニック」!

2008-07-31 06:33:03 | 未分類

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米軍基地を諸悪の根源として、基地返還を社是ともする沖縄タイムスだが、

自社が発行する不動産情報紙で、「軍用地は基地が生んだ優良投資物件」の広告をする辛さをどのように整合させるのか・・・。

ネット情報の普及は今までのように新聞が情報を毒染、もとい、独占しておれない状況になった。

新聞が基地返還を声高に叫ぶ一方、地元経済に密着した地元銀行や不動産業界は「返還予定の無い軍用地」が最良物件だとして、投資を勧誘する。

一部の「反日ウチナー・カルト」は、基地返還による跡地の有効利用で、自立、いや独立さえ可能と幻想に酔う。

彼らを扇動してきた沖縄タイムスも「現実の恐怖」に気がつき始めたのか。

「米軍基地返還」を金科玉条と掲げて「県民」を煽ってきた沖縄タイムスが、

とうとう「二階の梯子」をはずしてしまった。

「返還パニック」という聞きなれない言葉まで飛び出してきた。

今頃気が付いても遅すぎませんか、タイムスさん。

基地返還を叫んでハワイ珍道中の伊波宜野湾市長さん、

梯子をはずされてどうするのでしょうか。

今晩の話題 (2008年7月30日 沖縄タイムス夕刊 1面)

渡辺豪 「返還パニック」

 北谷町で二十六日に開かれたシンポジウム「米軍再編とどう向き合うか―中部地区の課題」を聴いた。米軍再編に盛り込まれた「嘉手納以南の基地返還」後の跡利用に対する首長たちの危機感がひしひしと伝わった。
 儀間光男浦添市長は、キャンプ・キンザーの跡利用事業費には四百億円必要と説明。うちライフライン整備などで市の負担は少なくとも二百十億円かかるとの試算を示し、「とてもじゃないが市単独で資金調達できない。民間資金の導入を考えなければ跡利用は実現しない」と嘆息した。

 儀間市長の言葉で特に印象に残ったのは、嘉手納以南の基地返還で土地の過剰供給による経済的な「返還パニック」が起きる危険性を指摘した点だ。キャンプ・キンザー跡地でも、商業・住宅地として需要が見込まれるのは返還面積の三分の一程度だという。

 大田県政時代から町長を務める宮城篤実嘉手納町長は「国際都市形成構想は十年たって紙くずの山を築いただけ。プランニングだけで財政的な裏付けがないと意味がない」と指摘した。

 プランに終わったものの、同構想は県主導でつくられた。基地返還が現実問題となった今こそ、県の包括的な跡利用の青写真と、国から財政・制度面の支援を引き出す交渉戦略を知りたい。道州制導入と相まって、従来の「沖縄特例」は消える過渡期にある。遅れは致命的だ。(渡辺豪)

                                                 ◇

「返還パニック」

これまで沖縄では知られていた事実ではあったが、

沖縄紙にとっては知られたくない「不都合な真実」として、

この話題が記事になることは無かった。

地元二紙を、信じてやまない「ウチナーカルト」の皆さんは、

基地返還が実現すれば、

沖縄の将来は全てがバラ色になると夢見ていたのだが・・・。

今度は急遽「県民大会」を召集しますか。

「基地返還反対!」って。

 

梯子をはずされても、こんなに騒いでいるのに。

宜野湾議会が決議/普天間危険除去


参院議長「努力する」/辺野古新基地反対意見書



 

米側は、県外撤去は「不可能」と言っていますが、タイムスは喜んでいいのか悲しむべきか・・・。

米側、県外移設は「不可能」/反対決議県議要請

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国営ネズミ講? コアラと思ったらネズミだった!

2008-07-30 08:29:23 | 未分類

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狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である

昨日引用したばかりのフレーズを又引用するのはモウロクしたからではない。

人間は金にもしばしば狂気に走ることがある。

これをいいたかっただけ。

何らかの組織、つながりが、網の目のように絡まった沖縄の共同体では、個人としては良識ある人物が徒党を組むと狂気に走るという意味だが、ほとんどの場合はイデオロギー絡みが狂気の元である。

人間を狂気に走らせるのはイデオロギーだけではない。

個人では聡明に見えた人物が一旦「儲かる講」に属したら狂気に走るという例をネズミ講に見る。

ついこの前、エビでカネ釣る「マルチ商法」をエントリーしたと思ったら、今度は、コアラでカネ釣る「ネズミ講」ってか。

で、「マルチ商法」と「ネズミ講」の違いは?

どちらも「破綻する講」で「客」を騙す点では一緒でしょう。

 

沖縄では、何かと言うと「県民大会」と徒党を組むことが多いが、沖縄でネズミ講が絶えない、ということとは、

決して無関係ではないと思うのだが。

今回は「国営ネズミ講」ですか。

 

コアラ.の會代表ら3人逮捕 出資法違反容疑(2008.7.29)

 ユーカリ商品を扱う企業組合への投資名目で高額な配当をうたい、出資金を募りながら、約3カ月で配当が停止し破たんした任意団体「コアラ.の會(かい)」の問題で、県警生活保安課と沖縄署は29日、同會代表の許田正夫容疑者(59)と島袋健治容疑者(57)、真栄平善得容疑者(63)の3人を出資法違反(預かり金の禁止)の疑いで逮捕した。もう1人の関係者も逮捕状を取った。2007年10月に、被害者の会が同會や企業組合幹部ら10人を刑事告訴していた。
 調べでは、容疑者らは07年2月に「コアラ.の會」を設立し「1口5万円を拠出すれば約40日以内に7万5000円の配当が受けられる」と出資を募り、企業組合が国や県、名護市から補助金を受けることなどを強調し金をだまし取った疑い。県内約300人から約15億円を集めたにもかかわらず、約3カ月後の同年5月に配当を停止した。

                                              ◇

臭いモノには蝿がたかる。

国や、県が補助金を出した林業関連の企業組合が、不正をした。

その補助金の窓口になったのが名護市だというから、国、県、市と役者、いや、お役所が勢ぞろいしたわけだ。

公金をいい加減な団体に垂れ流したお役所仕事も問題だが、早期にしかるべき処分をしておればネズミが増殖する暇は無かったはず。

この怪しげな企業組合は去年から噂は耐えなかった。

沖縄総合事務局と県 組合に補助金返還命令(2007.11.30)

怪しいモノはど己を飾る。

国や県が補助金を出したことは事実だった。

たかってきた蝿の群れは「国の後ろ盾」で目くらましを計った。

「国が後ろ盾」と言われ、「ネズミ講」は一気に増殖した。

被害者の群れがネズミ算式に増えた。

これが今回の「国営ネズミ講」の実体である。

 

石川や浜の真砂は尽きるとも

世にネズミ族のタネ尽きまじ

 

【おまけ】

米太平洋軍、宜野湾市長を門前払い(2008.7.29)

米太平洋軍司令部で要請文の受け取りを拒否される伊波洋一宜野湾市長=28日午前、キャンプ・スミス

 

「門前払い」は分かっていたことはいえ、することがない市長ご一行五人は仕方なくホノルル市役所を訪問して助役に面談したという。(タイムス)

【付記】⇒米の禁止区域は「厳格」/宜野湾市長、ホノルル市助役から情報収集

突然遠い沖縄からの客が五人も押しかけてはホノルル市の助役さんも迷惑だっただろうに。

やれやれ。

写真を見ると、本当に(文字通り)門前払いで、

建物の中には入れてもらえなかった模様。(失笑)

 

◆沖縄県民の「熱狂性」と「ネズミ講」の関係は

関連エントリーで↓

ネズミ講と「結いまーる社会」

「洗脳」! 「集団自決」で特別授業 南風原高

ねずみ講

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大本営の密使  沖縄戦秘話3

2008-07-29 07:09:20 | ★集団自決

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沖縄は地元出版の盛んな地域である。

沖縄戦に関する軍側から見た記録や住民側の記録が多数出版されて、地元の本屋の店頭を飾っているが、軍と住民の間に立って県民の安全確保のため奔走した県行政側から見た記録は極めて少ない。

県民の安全確保のため県内外の疎開を実行するため島田知事とコンビを組んで命懸けで尽力した荒井退造警察部長は「県民の恩人」として、島田知事と共に遺骨も無いまま、摩文仁の「島守の塔」に合祀されている。

万年筆県に寄贈へ 那覇市真地の「県庁壕」で発見(2008.7.27)

「万年筆を多くの人に見てもらうことが義務」と語る荒井紀雄さん=東京都日野市
「県庁壕」で発見された万年筆

 【東京】沖縄戦中、県民の県外、北部疎開に尽くした荒井退造・県警察部長の遺品とみられる万年筆が、近く遺族から県に寄贈されることになった。万年筆は昨年12月、那覇市真地の通称・県庁壕(シッポウジヌガマ)で見つかり、6月に東京の遺族に届けられた。
 長男の荒井紀雄さん(75)=東京都=は「この万年筆が父の物だと断定できるわけではないが、大変な犠牲を生んだ沖縄の惨禍の『証言者』だ。多くの人々に見てもらえることが、私の義務だと思う」と話している。
 万年筆を見つけたのは「県庁壕」の発掘・調査を続けている知念賢亀さんと繁多川公民館「壕プロジェクト」のメンバーら。壕内の荒井部長室前の地中から掘り出した。
 戦時中の県職員や遺族らでつくる「島守の会」を通じて送られてきた万年筆を調べたところ「並木製作所」(現・パイロットコーポレーション)が1932年発売の製品と類似。当時の標準品が3円から5円だったのに対し、見つかった万年筆は16円程度で売られていた。元県職員の板良敷朝基さん(「島守の会」顧問)は「部長以上の高官しか持っていない代物」と説明しているという。
 昨年手術を受け、通院を続けている紀雄さんは「父は生前、『家族が私の骨を拾ってくれる』と語っていたという。骨は戻らなかったが、万年筆が息子の元へ戻ってきたと父は思っているかもしれない。私も生きていて良かった」と語っている。
 「県庁壕」は、米軍が沖縄本島に上陸する直前の45年3月末から5月末までに県警察部が避難していた壕。4月から島田叡(あきら)知事も合流した。荒井部長は島田知事とともに5月末に本島南部へ移動。6月26日、知事と摩文仁の軍医部壕を出た後、消息を絶った。(小那覇安剛)


                                           ◇

 

■「狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である」■ (ニーチェ )

この言葉は昨年、沖縄タイムスと琉球新報の沖縄二紙が「11万人集会」で県民を扇動していた頃、何度も当日記で引用させてもらった。

沖縄二紙は、狂気に満ちたキャンペーンを張って、「県民大会」に反対するものは県民にあらず、といった狂気に県民を追い込んでいた。

職場等でも異論を吐くものは、「あいつはヤマトかぶれ」だと後ろ指を指されるような異常事態だったと知人の一人は当時を振り返る。

個人的にはごく常識的な人物が、一旦なんらかのグループに属すると往々にして狂気に走る。

そしてその背後に新聞の扇動がある。

そんな例は歴史を紐解けば枚挙に暇がないほどだ。

軍情報局から日本敗戦間近の情報を得ていたにも関わらず、朝日新聞は、終戦の前日の8月14日の社説で、従来の「国民扇動」の論調を変えることが出来ずに、「敵の非道を撃つ」といった勇ましい記事を垂れ流し続けていた。

 

■昭和19年12月の「県民大会」■

昭和19年の12月8日、「日米戦争決起大会」(県民大会)が沖縄の各地で行われていた。

その当時の沖縄の雰囲気も、今から考えると狂気に満ちたものといえるだろう。

大詔奉戴日といわれたその日の「沖縄新報」には次のような見出しが踊っていた。

けふ大詔奉戴日 軍民一如  叡慮に応え奉らん

一人十殺の闘魂  布かう滅敵待機の陣

終戦の8ヶ月も前の記事なので、「沖縄新報」が、朝日新聞のように、敗戦間近の情報は得ていた筈はないが、見出しと記事がやたらと県民を煽っていることが見て取れる。 

昭和19年12月の大詔奉戴日は、二ヶ月前の「10・10那覇大空襲」の後だけに、県庁、県食料営団、県農業会などの各民間団体が勇み立って、沖縄各地で関連行事(県民大会)を開催しているが様子が伺える。

ちなみに大詔奉戴日とは、日米開戦の日に日本各地の行政機関を中心に行われた開戦記念日のことを指し、真珠湾攻撃の翌月の1942年1月8日から、戦争の目的完遂を国民に浸透させるために、毎月8日が記念日とされた。

そして、同記事では「鬼畜米英」についても、各界のリーダーの談話を交えて、次のような大見出しを使っている。

米獣を衝く  暴戻と物量の敵を撃て

お題目で獣性偽装   野望達成で手段選ばぬ

泉県知事の談話なども記されているが、那覇市の各地で檄を飛ばしているのは軍人ではなく、民間団体の責任者である。

挺身活動へ  翼壮団長会議

県翼賛壮年団では、各郡団長会議の結果、団の強化を図り下部組織へ浸透を促し活発な挺身活動を開始することとなり幹部並びに団員の整備、部落常会との渾然一体化などを確立することに報道網をはって志気昂揚に全力をそそぐことになり、・・・>(沖縄新報 昭和20年12月8日)

当時の決起大会に参加した人の話によると、興奮して演壇上で「抜刀して」県民を扇動していたのは軍人ではなく民間人であったという。 

例えば座間味島の日本軍はこれに参加しておらず、那覇から帰島した村の三役から、那覇市での決起大会の状況を辛うじて知ることが出来たいう。

では、その頃、沖縄配備の第23軍は一体何をしていたのか。

 

■第32軍は県民疎開をどのように考えたか■

ウソも繰り返せば真実となり、根拠の無いスローガンも繰り返せば歴史となる。

連日沖縄の紙面で踊る、「日本軍は住民を守らない」

という左翼の主張は、昭和19年の夏から大本営と沖縄配備の第32軍が沖縄県民の安全を守るため、県や警察と協力し、県外疎開に必死の努力をしていたという歴史的事実には全く目をつぶった、「反日運動のために捏造されたスローガン」にすぎない。

戦時中といえども法律の下に行動する軍は、当時の日本の法の不備に悩まされていた。

日本は過去の戦争において常に戦場は国外であり、そのために昭和19年の第32軍沖縄配備の時点で、国民を強制的に疎開させる法律を備えていなかった。

ドイツやフランスのように国境が陸続きの大陸国では、戦争といえば国境を越えて侵入する敵軍を想定するが、四面を海に囲まれた海洋国家の日本では、敵の自国内侵入は海上での撃滅を想定しており、地上戦を考えた疎開に関する法律は整備されていなかった。

第32軍が沖縄に着任した昭和19年当時、

何と、戦時中であるにも関わらず当時の日本には、現在の平和な時代でも具備している「国民保護法」(平成16年6月18日 「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」)に相当する法整備がなされていなかったのである。

そのような状況で沖縄防衛を任される第32軍が沖縄着任に先立って最も憂慮したのは、米軍の上陸により沖縄住民が戦火に巻き込まれることであった。

■県民疎開は大本営の発想■

昭和19年7月1日、大本営の後宮参謀次長は、関東軍司令部から参謀本部付きとなっていた長勇少将を特命により沖縄に派遣した。 その特命の目的は食糧不足のための兵糧の研究が表向きであったが、その他にもう一つの重要な任務を命じられていた。

同じ年の8月10日に第32軍司令官、牛島満中将が沖縄に着任するが、その一月前の7月1日に沖縄に着任し、長少将が真っ先に行ったのが住民の県外疎開調査のための県内視察であった。 

既に第32軍の参謀長を拝命していた長少将は、調査結果を第32軍司令官渡辺正夫中将(牛島司令官の前任)に報告し、司令官は陸軍省に県民の県外疎開について具申し、それを受けて7月7日に県民の県外疎開の閣議が決定される。

沖縄配備の第32軍は、長勇参謀長の沖縄着任(正式には昭和19年7月8日 )の一日前には、法整備の不備だった「県民の県外疎開」を着任前に閣議決定させるという素早い動きをしていたのだ。

大本営は米軍の沖縄上陸は必至と予測し、牛島満司令官着任の一ヶ月以上も前の昭和19年7月1日に長参謀長を沖縄に派遣したが、

これと連動した内務省防空総本部も救護課の川嶋三郎事務官を沖縄に派遣し、県民疎開の閣議決定の下準備をさせていたのだ。(「消えた沖縄」浦崎純著・1969年)

緊急閣議決定で法的根拠は得たが、第32軍の県外疎開の実施にはさまざまな困難が伴った。

今の時代で安易に想像し、軍が圧倒的権力で有無を言わせず県外疎開を命令し、実施したわけではなかった。

県民の県外疎開を管轄する政府機関は内務省防空総本部であった。

当時の法律では空襲に備えて県外疎開を強制することは防空法に規定があったが、

沖縄の場合のように地上戦に備えて非戦闘員を強制的に疎開させる法的権限は持っていなかったのだ。

当時の沖縄の状況は新聞の勇ましい扇動報道に乗せられた各民間団体の「軍人より軍人らしい民間人」の狂気が巷にあふれ、

県外疎開の必要性を説いても、それに真面目に耳を傾けるものは少数派で、県外疎開は卑怯者と後ろ指を指される有様だった。

県外疎開を民間人に直接命令する権限の無い第32軍は、民間人の安全を管轄する県に協力を求め、

県は警察の持つ組織力と機動力によることが最適と考え県外疎開の担当部署を警察部と定めた。

現在のような平和な時代の後知恵で、

「軍の命令は自分の親兄弟を殺害する」ほど圧倒的で不可避であったと「沖縄タイムス史観」は主張するが、

実際は軍隊は住民に直接命令をする権限を持たず、住民の安全を確保するための県外疎開にせも県や警察機構の協力を仰がなければ実行できなかったのである。

 

警察部長として県民の県内外の疎開に尽力し、最後は南部で戦死を遂げた荒井退造氏が、冒頭記事の荒井紀雄さん(写真)の父君である。

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ゆすり、たかりはマフィアの生業

2008-07-28 07:07:54 | 未分類

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沖縄には基地利権に絡む「沖縄マフィア」がいるとはよく聞く話だが、マフィアといっても高級外車に黒のスーツで黒メガネといった定番のスタイルや、

マイクで騒音を撒き散らす街宣車の迷彩服男といった単純なファッションなら分かりやすいのだが。

某国会議員の名前がちらつくのだが、「ジュゴンとサンゴをまもれ」とか、「反基地・反安保」といった一見、基地利権とは相反するスローガンでカムフラージュされるから、「基地マフィア」や「基地暴力団」もその実体が分かりにくくなる。

危険を承知で車にぶっつかり、ゆすりたかりをするのが暴力団の生業だとしたら、伊波宜野湾市長は暴力団の組長ではないのか。

 

「静かな空」願い込め 伊波市長に横断幕(2008.7.25) カメラ

伊波洋一市長(左端)に普天間飛行場問題の解決を求めた寄せ書きを贈る(左から2人目以降)神谷武宏園長、名護タケ主任、比嘉若奈保育士=24日、宜野湾市役所

 【宜野湾】普天間飛行場の危険除去を求めて27日から訪米要請する伊波洋一宜野湾市長に、同市野嵩の緑ヶ丘保育園(神谷武宏園長)は24日、園児や保護者が寄せ書きした横断幕を贈った。
 同園は普天間飛行場の滑走路延長線上にあり、ヘリや航空機が乗員の顔が見えるほど低空を飛ぶ。
神谷園長らは「小さい子は航空機のごう音におびえて泣いたり、寝ていても跳び起きたりする。市長が訪米要請すると聞き、私たちの思いを米国まで届けてほしいと思った」と話した。伊波市長は「市民の思いをしっかり受け止め米軍、米政府に危険性除去を訴える」と述べた。
 86人の園児や卒園児、保護者らがメッセージを書いた。「静かな空を返して」との訴えや、2歳の男の子の「圭、うるさいのじゃないのがいい」というつぶやきを母親が書き込んだ。神谷園長は「滑走路延長線上で米国なら建物が建てられないとされる場所に園はあり、日々爆音と危険にさらされている」と訴えた。

                  

伊波市長、着いたその日が日曜日なので、今頃公然とハワイのバカンス・・・、それはともかく、

基地問題等の政治問題に子供を引っ張り出すのは「基地暴力団」の常套手段。

>86人の園児や卒園児、保護者らがメッセージを書いた。「静かな空を返して」との訴えや、2歳の男の子の「圭、うるさいのじゃないのがいい」というつぶやきを母親が書き込んだ。神谷園長は「滑走路延長線上で米国なら建物が建てられないとされる場所に園はあり、日々爆音と危険にさらされている」と訴えた。

 

基地に絡めて、子供のニュースを仰々しく報じるのは沖縄紙の卑劣な手法。

この保育園が設立されたときは、間違いなく、「普天間飛行場」は存在した。

幼稚園の建物の建築許可や営業許可は宜野湾市の伊波市長が許認可していたのではなかったのか。

自分で許可しておいて、後になって、ゆすりたかりはヤクザの言いがかりだろう。

そんなに「危険が飽和状態」な地域に幼稚園の建築や営業の許可をおろしておいて(おそらく防音対策費もふんだくってあるだろう)、ゆすりたかりのいちゃもん付け。

これを暴力団といわずになんといいますか、伊波市長さん。

おっと、暴力団の方々から「最近はそんな汚い手を使う暴力団はいない!」と怒られそうなので、「当たり屋は暴力団の生業」の部分は訂正させてもらうけど・・・。

 

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ジュゴンの命か住民の安全か 伊波市長のハワイ訪問

2008-07-27 07:33:31 | 未分類

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伊波市長訪米、米基準違反を追及へ(2008.7.26) カメラ

米海軍省作成の「普天間飛行場マスタープラン」のクリアゾーンを宜野湾市の航空写真に重ねた図

【宜野湾】伊波洋一宜野湾市長が米軍普天間飛行場の危険性除去、運用停止などを求めて27日からハワイを訪ねる。普天間飛行場は、米軍の安全基準で住宅などを建ててはならないとする「クリアゾーン(土地利用禁止区域)」を滑走路両端に設けているが、実際は、ゾーン内に小学校や住宅がある。市はこれが米軍自身の安全基準違反になると指摘し、同飛行場の運用停止を求める。
 過去の沖縄の訪米要請は、沖縄の負担を訴え、改善を求める「陳情型」だったが、伊波市長の今回の訪米は、米軍内の安全基準という証拠を盾に解決を求める「理詰め型」のアプローチが特徴だ。ただ、米軍との面談調整が難航している。「理詰め型」の要請が米軍にどう受け入れられるか。成果が問われる。
 1992年に米海軍省が作成した「普天間飛行場マスタープラン」では、滑走路端から914・4メートル先までの台形区域を、住宅などが建てられないクリアゾーンと設定し「開発が制限されるエリア」と明記されている。が、実際には住宅約800戸、学校や保育所など施設18カ所があり、3600人が居住している。
 伊波市長はこれを普天間の危険を放置し続けた証拠として「危険地帯であるクリアゾーンを隠して普天間の運用を続けてきたのは日米両政府の責任だ。事実を認め、普天間を運用停止にしてほしい」と話す。
 ハワイでは、米太平洋軍司令部などを訪ね、安全基準違反を指摘し、飛行場の運用停止と早期閉鎖を求める予定だった。
 ところが、米側の反応は冷ややかだ。外務省沖縄事務所を通して依頼していた米太平洋軍総司令官、米太平洋海兵隊司令官への面談は拒否された。市は別ルートで調整しているが、最大の目的だった米太平洋軍総司令官への直訴は難しい。県内の窓口であるケビン・メア在沖米総領事は「基地外の建設はここ(日本)ではコントロールできない」と述べ、「安保体制についての窓口は政府対政府だ」と述べ、訪米に疑問を呈した。
 伊波市長は「門前払いならワシントンで訴え、米連邦議会、日本の国会で取り上げてもらう。ハワイ訪問を安全基準問題を正式に日米両政府のテーブルにのせる第一歩にする」と意義を強調する
。(島洋子)

                                               ◇

「普天間基地」が住宅密集地域に隣接して、その住民が危険性に晒されているということに異論をさしはさむものはいない。

だが伊波市長が言うように「極限状態にある」のなら、その同じ口で、

「じゅごんやさんごを守れ」と移設に反対することは説得力が無い。

■「基地移設反対!」⇒「基地新設反対!」■

その説得力の無さに気が付き始めたのか、

最近では「移設反対!」ではなく、「新設反対!」とスローガンを変え始めた。

知事「公約進めたい」 辺野古新基地、県議会要請団と平行線(2008.7.25) カメラ

その伊波市長は今頃ハワイで、サマーバカンス、

もとい、「普天間基地の危険性」を訴える「外交交渉」、の真っ最中だろうか。

伊波市長は、これまでも夏が来ると何度も、ハワイを皮切りにアメリカへおよそ2週間程度の「外交交渉」の旅をしている。

今回の訪米で確か4~5回目の訪米になるはずだが、

「外交交渉」の成果があったという話は聞かない。

今回もハワイでの要人との面会は事前に断られているが、それでもめげずに職員一行を引き連れてハワイへ行くというからご執心なことだ。

ハワイで「門前払いなら、ワシントンで訴えて、

米連邦議会、日本の国会で取り上げてもらう」というから、

バカンス、もとい、「外交の」旅は、

ワシントンから連邦議会へ、そして東京では国会折衝も視野に入れなければならぬ。

日米両政府の交渉のテーブルにも立ち会うつもりのようなので気宇壮大で結構なことである。

長い旅が予想される故、道中はくれぐれも産経新聞のすっぱ抜きには注意して、太田元県知事の轍を踏まないようするにが肝要。

アメリカでは当然、「外交は国の専権事項」といわれだろうが、

「そんなの関係ない!」、

難しいことはワカランの一言で済む。 

あの強面のラムズフェルド元米国防省長官もその危険性を認めている「普天間基地」であるが、

くれぐれも「多数の住民の生命と僅か数匹のジュゴンの生命」を天秤にかけるような愚かなことだけは避けるべきだ。

つい調子にのって、「ジュゴンを守れ」と言ったその口で、イルカを食べる習慣があることだけは言ってはならない。

それは重大な「外交機密」である。

 

【おまけ】

昨日のエントリーで沖縄タイムス発行の住宅情報紙「週刊タイムス住宅情報」の不動産屋さんの次の広告に笑った。

軍用地! 沖縄の基地が生んだ 老後のための有良投資物件

 

伊波市長が「米軍基地反対」の「外交の旅」に出る一方、

地元の銀行は従来のカード・ローンより安全な「軍用地ローン」の顧客争奪で大童だという。

従来のカードローンでは貸し出し最高額が300万円程度だったのが、「軍用地ローン」だと最高3000万円程度までならカードで借りられるという。

「沖縄銀行」という地銀を通じて、

「枠々(わくわく)軍用地ローン」というらしい。

地元紙や市民団体が伝える「軍用地」は,

「悪魔の島」の負の遺産の印象だが、

地元銀行や不動産業界、そして老後を考える教職員たちにとって

「軍用地」はオイシイ老後の投資対象のようである。

これも「外交機密」か・・・。

詳しくは⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yakkan2001/archive/2008/07/14

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恨み辛みの学童疎開  沖縄戦秘話2

2008-07-26 06:55:44 | ★集団自決

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沖縄県民の県外疎開は、大本営陸軍部の発想であった。

県外疎開の一環として行われた九州各地への学童疎開も悪意で見れば「軍の口減らし」だったという。

「軍は住民を守らなかった」を、スローガンに掲げてしまった沖縄紙は、当時の学童の想い出までも「恨み節」に作り変えていく。

そう、全て悪いのは「極悪非道の日本軍」のせいなのだ。

 

学童疎開の碑建立へ 来年、黄金森公園内に(2008.7.25) カメラ

学童疎開の歴史事実を伝えようと、結成された記念碑建立期成会の結成総会=南風原町の南風原文化センター

 【南風原】沖縄から本土への学童疎開の歴史事実を後世に伝えようと、南風原国民学校の学童疎開者が中心となって「南風原国民学校学童集団疎開記念碑建立期成会」が結成された。同会によると、学童疎開の碑建立は県内でも初めての試み。18日に南風原文化センターで結成総会が開かれ、会長に選出された大城清一さん(76)=同町宮平=は「戦争による学童疎開の苦しみを繰り返させないよう、石碑の建立で子や孫に平和の尊さを伝えたい」と力を込めた。
 南風原町からは、1944年8月に対馬丸と同じ船団で熊本県へ124人、次いで9月に宮崎県へ148人が疎開
。「ヤーサン、ヒーサン、シカラーサン(ひもじい、寒い、寂しい)」と苦難を乗り越え、46年に帰郷を果たした。(略)
 
                                           ◇

この記事は一体何がいいたいのか。

何よりも学童疎開を受け入れてくれた熊本や宮崎の方々への感謝の気持ちは何処へ置き忘れたのだろうか。

>「ヤーサン、ヒーサン、シカラーサン(ひもじい、寒い、寂しい)」と苦難を乗り越え、46年に帰郷を果たした。

当時学童疎開を体験した人は誰でも親と離れてさびしい思いをしただろうし、

食糧不足は日本全国の現象で、ひもじい思いをしたのは沖縄の学童だけではない。

当時を思い起こすのは大事なことだと思うが、これが「沖縄だけが酷い目にあった」とか、「学童疎開は日本軍の口減らしのためだった」といった恨み辛みが出てくると、勘弁してほしいとも言いたくなる。

そんなバチアタリなことをいうヤツはいないって?

それが、いるのだ。

だから、沖縄の新聞はオチオチ安心して読んでおれないのだ。

以下再掲の沖縄タイムスの歪んだメガネを通すと、全てが「日本軍の悪意」になってくるから驚きだ。

 

【再掲】です。

歪んだ眼鏡の沖縄タイムス 日中友好協会が聞き取り調査?

色眼鏡で物を見れば何事も色つきで見えるが、沖縄タイムスの記者は色眼鏡の上に更に「物が歪む眼鏡」をかけて記事を書くようだ。

まさか心根までは歪んでいないだろう、と思いたいのだが、

下記の記事を読むとそれも疑わしくなる。

取材相手の言葉としているが、ねじれた発言は全て沖縄タイムスの歴史認識をそのまま反映している。

沖縄タイムス 2008年2月4日(月) 朝刊 21面  
 
疎開語り 非戦を誓う/宮崎の受け入れ先市民・県内体験者

 沖縄戦時の県外疎開の様子を調べようと、疎開先だった宮崎県都城市の戦争体験者ら日本中国友好協会の会員が三日、那覇市内のホテルで疎開体験者の話を聞いた。同協会都城支部が企画する平和事業などで、沖縄戦の実態を紹介するために交流を深めようと訪れた。
 疎開体験を話したのは、一九四四年から四五年にかけて県内から同市周辺に疎開した小波津厚明さん(77)=南城市=と玉那覇良康さん(68)=宜野湾市。

 疎開先に食料や住居は準備されておらず、栄養失調になり「食べられる物が落ちていないか」と、いつも下を向いて歩いていたこと、風呂のない公会堂などでの生活が続き、皮膚病や体のにおいに悩まされたこと、慣れない寒さにも苦しんだこと―などを語った。

 一方で、地元の住民が乏しい食料の中から差し入れをくれたことや、小波津さんの疎開先だった同県日之影町の日之影小学校(当時は岩井川村・岩井川国民学校)には疎開記念碑が建ち、疎開した九月八日を「友情の日」として、小波津さんらによる戦争についての授業が続けられていることなども紹介した。

 同協会の田中義教理事長は「沖縄戦もそもそもの始まりは日中戦争だった。私たちは、両国間で二度と戦争が起きないようにと民間交流を続けている」と話し、「日中戦争や沖縄戦の実相に蓋をしようとする動きが強まる中で、事実は事実として残し伝えようと訪れた」と話した。

 小波津さんは「県外疎開は沖縄戦に備え、日本軍が県内の口減らしを目的に推し進めたことは、私の記憶でもはっきりしている。沖縄戦の美化は許されない」と訴えた。

 同協会都城支部では毎年「平和のための戦争展」を行っており、今後、沖縄からの疎開を含めた沖縄戦の実相を紹介したいという。

                      ◇

■善意と悪意■

沖縄タイムスが、「集団自決」が軍の命令であると主張する根拠に手りゅう弾を「悪意」の眼鏡で見て、軍が命令した唯一の「物的証拠」にすることへの反論はさておいて、

島の周辺を米艦船の大船団に取り囲まれ袋のネズミ状態で艦砲射撃でパニックに陥入り、死ぬ手段を捜し求めている時、数少ない手りゅう弾を配布されたら「善意」と解釈してもおかしくはない。

>疎開先に食料や住居は準備されておらず、栄養失調になり「食べられる物が落ちていないか」と、いつも下を向いて歩いていたこと、風呂のない公会堂などでの生活が続き、皮膚病や体のにおいに悩まされたこと、慣れない寒さにも苦しんだこと―などを語った。

先ず疎開が行われた一九四四年から四五年当時は日本全国何処へ行っても食糧不足は珍しくなく、これも「残酷な日本軍」の責任にするのは沖縄の左翼くらいのものだろう。

沖縄タイムスが「集団自決」は軍の命令であると強弁する根拠の一つが「軍民混在」だが、

これを避けるため軍が精一杯行った「学童疎開」も、

沖縄タイムスの「歪んだ眼鏡」で見れば「残酷な日本軍」の責任だとというから開いた口がふさがらない。

悪意で見れば全てが歪んで見える。

米軍の沖縄攻撃を前に、軍は県民の県外疎開を命じた。

「学童疎開」はその一環である。

県外疎開の命令に従わなかった県民には北部地域への疎開が命じられ、これに従った県民の戦没者は比較的少なかった。

だが疎開せずに自宅に留まった県民の多くは南部地域に敗走する日本軍の後を追って米軍の「鉄の暴風」ともいえる砲撃を受け多くの戦死者を出した。

小波津さんは「県外疎開は沖縄戦に備え、日本軍が県内の口減らしを目的に推し進めたことは、私の記憶でもはっきりしている。沖縄戦の美化は許されない」と訴えた。

沖縄タイムスが、自分の歴史認識に合致する「証言」は全て鵜呑みにするのは「集団自決」の証言で実証済みだが、

疎開当時4歳の少年が「日本軍が県内の口減らしを目的に推し進めたことは、私の記憶でもはっきりしている」と断言する証言もそのまま鵜呑みにするのか。

後になってからの大人の「反日思想」の影響だとは考えないのか。

郵送船や燃料さえもも少なくなった時期に、学童が戦火に襲われるのを避けるための「善意」で行った学童疎開も、

歪んだ心根で見れば「残酷な日本軍」が行った口減らしが目的だったとは、さすが「日中友好協会」の歴史認識とあきれて拍手を送りたくもなる。

■日本中国友好協会が聞き取り調査?■

>日本中国友好協会の会員が三日、那覇市内のホテルで疎開体験者の話を聞いた。

そもそも疎開体験の聞き取りを怪しげな団体の会員がやること自体が不可解だ。

「色眼鏡」や「歪んだ眼鏡」どころか心根が歪んだ解釈しか出てこないのは沖縄タイムスとしては想定内なのだろう。

このように学童疎開さえも悪意に解釈する会員を擁する「日本中国友好協会沖縄県支部」が国立大学の研究室内にあることは、この記事を見て調べるまで知らなかった。

沖縄の大学はますます中国工作員に侵食されつつある。
 

日本中国友好協会沖縄県支部 〒903-0129
沖縄県西原町千原1-1琉球大学教育学部辻雄二研究室
098-895-8444

日本中国友好協会がどのような性格の集団であるかは、次の「公式声明」を読めば明らか。

小泉首相の靖国神社参拝に強く抗議  

歴史を否定する「教科書検定」結果に抗議する 

「戦前回帰」思わせる政治統制 

沖縄タイムスの社説にしてもおかしくない程の論調の一致に、納得、ナットク。

冒頭の記事も納得できる。


                      ◇

【おまけ】

国の安全保障は、国が行う施策の中でも最も重要なもの。

わが国の安全保障が日米安保を基礎に構築されていることは今さら論ずるまでも無い。

その安全保障に関わる最重要懸案を法的に何の拘束力も無い県議会の議決を持って国の安全保障に反旗を翻すのは少なくともまともな政治家ならその愚かさを知っているはずだ。

仲井真知事も昨年は「11万人集会」でダッチロールしたが、ここにきて踏ん張っているようだ。

去年の二の舞は勘弁してほしいね。

「新基地反対の22万人県民大会」とかね。

沖縄タイムス 2008年7月25日(金) 朝刊 1・2・27面   
知事、建設中止を拒否/普天間代替
新基地反対決議を提出/県議団と平行線
 県議会の野党六会派は二十四日、県庁に仲井真弘多知事を訪ね、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への代替施設建設断念を求める「名護市辺野古沿岸域への新基地建設に反対する決議」を提出した。同決議は六月定例会で野党の賛成多数で可決した。辺野古への移設断念を求める要請団に対し、仲井真知事は「普天間の危険性除去を考えれば、早めに移設した方がいい。与党の賛同が入っていないので、公約としてぜひ進めたい」と移設推進の立場を強調し、議論は平行線をたどった。
 決議は同内容の意見書とともに可決された。基地の過重負担や固定化、埋め立てによる自然環境の破壊につながるとし、日米両政府や知事などに新たな基地建設を断念するよう求めている。

 県議会が、日米両政府で合意したV字案に反対の意思を表明したのは初めて。

 要請では団長の新里米吉氏(社民・護憲ネット)が「県議選の結果や世論調査などを見ても、民意は新基地建設に反対だ。県民意思に沿って県政運営すべきだ」と強調。ほかのメンバーも「豊かな自然環境を後世に引き継ぐが責務だ」「県内に新たな基地を造る所はない。たらい回しにすぎない」などと方針転換を迫った。

 仲井真知事は「決議は重く受け止めている」としながらも「自民、公明などの与党が入っていない」と全会一致でない点を指摘。環境問題については「辺野古だけでなく環境を後世に残そうという考えは同じ。アセスをやりながら、影響を最小にしようと考えている」などと応じた。

 要請後、知事の対応について新里団長は「過去の世論調査などでも移設反対の意見が圧倒的に多かったにもかかわらず、野党だけの決議という発言に本音が見え隠れしており、残念だ」と述べた。

 要請団は、社民・護憲ネット、共産、民主、社大・ニライ、改革の会、無所属クラブの野党六会派で構成。二十九日から上京し、外務省や防衛省など関係機関に決議と意見書を提出する。(略)


【おまけ2】

伊波宜野湾市長は何を勘違いしているのか、

何かというとすぐアメリカの要人に面会のため「外交交渉」に訪米する。

筋違いなので当然面会拒否されるが、それでも訪米するとは、宜野湾市の財政はよっぽど潤沢なのだろう。

米総司令部が面会拒否/宜野湾市長 予定通り訪米【写真】

そういえば、伊波市長と同様に、何かというと大デレゲーションを伴って訪米しし「外交交渉」をしていた太田元知事が面会予定のはずの要人と会う時間に、

二日酔いでホテルの部屋で高イビキしていた「不都合な事実」を、

産経新聞にすっぱ抜かれ、知事に同行していた沖縄タイムス、琉球新報の記者団の面目が丸つぶれした恥さらしの騒動があったっけ。

伊波市長さん、面会出来なかったからといって二日酔いで昼寝をする場合は、

くれぐれも産経新聞にはお気をつけあそばせ。

地元新聞は大丈夫かって?

地元新聞にとってもせっかくの外遊。

それに伊波市長とは持ちつ持たれつの肝胆相照らす仲。

チクルような野暮はしませんよ。

そういえばもう夏休みだし、アメリカと入ってもハワイなら絶好のサマー・バカンスでしょう。(笑)

 

【おまけ】3

沖縄タイムス発行の「週刊タイムス住宅新聞」という不動産情報誌がある。

7月25日付け同紙の不動産屋さんの広告には笑った。

軍用地! 沖縄の基地が生んだ 老後のための有良投資物件

 

 

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大本営が県外疎開を発案 沖縄戦秘話

2008-07-25 06:41:06 | ★集団自決

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沖縄戦中の荒井警察部長が、島田県知事とコンビを組んで、沖縄県民の県外・県内疎開に尽力したことはよく知られたことである。

だが、沖縄県民の「県外疎開」を真っ先に考えていたのが、あの「住民を守らない」はずの大本営だったことは、

あまり知られていない歴史の事実である。

県庁壕から形見の碁石 沖縄戦中の荒井警察部長遺品 カメラ 2008年1月13日

県庁壕内にある警察部長室の入り口部分を発掘する知念堅亀さん(中央)と沖大の学生ら=2007年12月22日、那覇市真地

 沖縄戦中、県民の県外・北部疎開に尽力した荒井退造・県警察部長の遺品とみられる碁石11個が、那覇市真地の通称・県庁壕(シッポウジヌガマ)で昨年末までに見つかった。1945年6月下旬に糸満市摩文仁で消息不明となったまま、遺骨も遺品も全くなかった。戦後62年たっての発見に、長男の荒井紀雄さん(75)=東京都=は「父親の肉体に一番近い存在だったものが見つかるとは、本当に驚天動地。遺骨代わりとして大事にしたい」と感慨深く語った。
 碁石を見つけたのは、県庁壕を長年調査研究している知念堅亀さん(74)=那覇市繁多川=と繁多川公民館「壕プロジェクト」のメンバーら。昨年9月に7個、12月末に4個を発見した。
 県庁壕は45年3月末から5月末まで荒井部長や警察部職員らが避難していた壕。4月からは島田叡(あきら)知事も合流。4月27日には戦中最後の市町村長会議も開かれた。
 碁石が見つかった場所は、壕内に掘られた警察部長室入り口。水がたまりやすく、常にぬかるんでいる。昨年9月21日に知念さんが壕を案内している時に、天井からのしずくで表土が洗われ、碁石が露出しているのを発見した。さらに周囲5、60センチの範囲から、黒5個、白2個を探した。
 その後、12月22日に沖大の学生らも加わり、部長室入り口を発掘し、深さ4、5センチの泥の中から、新たに黒3個・白1個を見つけた。そのうちの黒1個は鍾乳石からの水滴を長年受けたとみられ、表面が白く石灰化していた。同じ深さから、日本兵の軍靴や小銃弾なども出土したことから、沖縄戦中のものと判断した。
 荒井部長は大の囲碁好きだった。当時、泉崎にあった部長官舎に住み込みで働いていた上地よし子さん(81)=ハワイ在住=によると「夜通しやることもあった」ほど。「とても大切にしていたので、(44年の)10・10空襲の時、私が命懸けで碁盤と碁石を官舎の応接間から持ち出した」。その後、警察職員らによって真地の県庁壕まで運び込まれた。「壕でも、部長さんはよく課長さんたちと碁を打っていた。娯楽がないから、(持ち出したことを)みんなから褒められた」と語る。
 碁石の一部を昨年11月に受け取った紀雄さんは、お寺でお経を上げてもらい、仏壇に安置した。「60年たって戻ってきたのは因縁めいたものを感じる。おやじも喜んでいるでしょう。知念さんや皆さんのおかげ。ありがたい」と感謝している。
 発見した知念さんは「県庁壕には11年前から何度も入っているが、見つかった時には興奮した。前に紀雄さんを案内した時に、碁石の話をしていたので本当に良かった」と話している。
(志良堂仁)

<ニュース用語>荒井退造

 1900―45年。栃木県出身。43年7月に沖縄県警察部長として赴任。米軍上陸直前に知事や他の部長が次々と本土に渡る中、行政の責任者として沖縄に残り、県民の県外・北部疎開や軍との交渉などに当たった。その後、新任の島田叡知事と行動を共にし、6月26日、知事と摩文仁の軍医部壕を出たのを最後に消息不明。

                                             ◇

沖縄防衛のため配備された第32軍を代表する軍人といえば、司令官の牛島中将と参謀長の長勇少将が上げられるだろう。

この二人は、軍人というだけで、沖縄での評価は極端に低い。

長参謀長に至っては、大陸戦線で南京攻略に参加していたという理由だけで、

「南京大虐殺」の実績を引っさげて「沖縄人虐殺」のために沖縄にやってきた、といわんばかりの悪評を受けている。

牛島司令官も長参謀長ほどではないにしても、サヨク勢力にとっては「悪逆非道日本軍」のシンボルとして、

牛島司令官の孫まで引っ張り出して日本軍を貶め、自分の祖父を罵倒するという醜いシーンまで披露している。

日教組に毒された戦後教育の悪い面を、祖父を面罵する孫の姿に見出すのは残念なことである。

軍抗戦「住民に犠牲」 牛島司令官の孫・貞満さんが沖縄戦語る

沖縄戦について授業する牛島貞満さん(右)=豊見城市立長嶺小学校

 <沖縄戦で日本軍を指揮した牛島満司令官(中将)の孫に当たる牛島貞満さん(51)が20日、豊見城市立長嶺小学校(大城早智子校長)で「牛島満と沖縄戦」のテーマで平和学習の授業を行った。「沖縄戦ってどんな戦争だった?」と児童たちに質問すると、「住民が多く死んだ」「持久戦だった」などと回答。牛島さんは「人が人でなくなるのが戦争。沖縄は本土の時間かせぎの戦争だった」などと説明した。>

牛島中将の孫に当たるという牛島貞満という人物、

昨年は「11万人集会」にまで駆けつけて、祖父の戦死を公衆の面前で冒涜し続けた。

県民大会の様子 東京で伝えたい 牛島中将の孫・貞満さん http://www.okinawatimes.co.jp/day/200710011300_05.html
<牛島さんは、沖縄戦で日本軍の総指揮を執った牛島満中将の孫。五年前から「牛島満と沖縄戦」をテーマに、小学校高学年を対象に平和授業を続けている。

 文科省が「集団自決(強制集団死)」の日本軍の強制を削除したことについて「軍隊は住民に捕虜になるなと徹底しており、日本軍がいた場所で『集団自決』は起きている。軍の強制・誘導があったのは当然だ」と強調した。>(沖縄タイムス)

 

軍人の評判が悪いのに比べて、県民の安全のために努力した島田叡県知事や冒頭に引用記事の荒井退造警察長官は、

県民の間では県民の疎開に尽力した「県民の命の恩人」として今でも尊敬されている。

島田知事については過去にもエントリーしている。

毎日コラムのGJ  沖縄戦で散った本土出身県知事

沖縄マスコミが本土出身の官僚・軍人をいかに悪し様に言おうとも、沖縄県民は島田県知事への敬愛の気持ちを忘れてはいない。

沖縄県の高校野球で夏の県大会を制した高校に「島田杯」が授与されるが、これが野球を愛した島田知事に対する県民の敬慕の念の何よりの証拠である。

島田県知事は1945年1月31日沖縄に赴任し、同じ年の6月27日頃戦死している。>

 

「昭和18年7月、沖縄県警察部長(現在の県警本部長に相当)となった荒井退造は、黒の制服にきらめく肩章をつけ、真夏の太陽が輝く那覇空港に降り立った。」
(「戦さ世の県庁」荒井紀雄著のプロローグより)

沖縄赴任後、荒井警察部長は島田県知事とコンビを組んで、県民の県内外への疎開に尽力するが、昭和20年6月26日、島田知事と共に沖縄南部の壕を出たあと、消息を絶つ。

遺骨・遺品の無いまま摩文仁の丘の「島守の塔」に、島田知事以下の県職員と共に合祀されている。

63年ぶりに父の遺品が見つかった長男の荒井紀雄さん(75)が、

「父親の肉体に一番近い存在だったものが見つかるとは、本当に驚天動地。遺骨代わりとして大事にしたい」

と感慨深く語る気持ちは共感できる。

 

昭和19年7月1日、荒井紀夫さんの家族は本土引き上げのため旧式の軍用機で那覇空港をよろよろと飛び立って行った。

当時那覇の甲辰小学校に通っていた荒井紀雄さんは、父・退造氏との別れを自著「戦さ世の県庁」で次のように描写している。

<私には、真夏の太陽が振付ける飛行場でただ一人、真白い警察官の制服をつけた父がいつまでいつまでも白い帽子を振ってみおくっていたのが、昨日のことのように思い出される。 それが私と父との最後の別れであった。>

 

県民の疎開に尽力をしたことで島田知事と荒井警察部長は、「県民の命の恩人」と讃えられているが、

その一方沖縄配備の第32軍は、

「軍は住民を守らなかった」

というサヨクスローガンにあるように、

沖縄で極めて評判が悪いし、こんな連中もいるが、
極左が陸自の沖縄慰霊祭を批判

果たして実際はどうだったのか。

 

驚いたことに、予測される米軍来襲に備え、

県民の生命の安全を計るために、

真っ先に「沖縄県民の県外疎開」を発案していたのは、

なんと日本軍・大本営だった。

 

まだ小学生だった荒井紀雄さんが、父の退造氏に見送られて那覇空港を発った昭和19年7月1日。

第32軍の参謀長に正式着任の一週間前のその日、長勇少将は木村参謀を伴って、那覇空港に降り立っていた。

彼が正式着任の一週間も前に沖縄に着いた最大の理由は、

8月に予定の牛島・新司令官着任の前に、法律的に不備だった「県民疎開」を閣議決定させるための、現地視察であった。(続く)

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「中華」はOK「米軍」はダメ!航空機のエンジントラブル

2008-07-24 07:20:28 | 未分類

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沖縄タイムスと琉球新報に脳ミソまで毒染された患者たち
(国籍同一性障害患者のこと)は、

地元紙の偏向振りを指摘されると、

そんなことを言う輩はウチナンチュのはずはない、

と寝言を言い出す始末。

彼らが描くもう一つの間違ったイメージがある。

狼魔人日記は論外としても、

「沖縄の現役教師だったら、地元紙を批判するようなバチアタリはいない」・・・

といったイメージだ。

これではまるで憑依妄想のカルト集団だ。

だが沖縄の教師の中にも良識ある教師は多数いる。

当日記では過去に沖縄の現役高校教師トラネコさんの
秀逸な新聞批判を紹介し、

読者から沖縄にもすばらしい先生がいると
賞賛のコメントをいただいた。

今回記事にしようと思っていたネタをそのトラネコ先生が、
当日記に先駆けてエントリーされているので(残念!)、

当日記の草稿中の駄文はボツにして、
トラネコ先生のエントリーをそのまま全文引用します。

                   ◇(引用開始)

 

地元マスコミは冷静だね?

2008年07月22日

中華航空機が緊急着陸エンジントラブルで那覇空港に

  20日午後8時50分ごろ、那覇空港の東約300キロの上空を飛行中の函館発台北行きの中華航空7513便ボーイング737(乗客乗員164人)で、機体右側にある第2エンジンが停止するトラブルが発生した。
  同機は午後9時半過ぎに那覇空港に緊急着陸した。

  乗客乗員にけがはなく、乗客は代替機に乗り換えるという。
  中華航空がトラブルの原因を調べる。

産経新聞 2008.7.20 23:30
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/080720/dst08072023280
21-n1.htm


今回死傷者がなかったことは不幸中の幸いだった。

さて仮定の話だが、もし今回の緊急着陸が
民間機ではなく、米軍機だったならどうだったか

おそらくマスコミは蜂の巣つついた如く大騒ぎだろう。
民間機が故障で民間飛行場に緊急着陸は何の問題もないが、
米軍機の緊急着陸や軽い故障が米軍基地内で起こっても、
マスコミや団体は批難の大合唱である。

 「もし住宅地に墜落したら大惨事だっただろう。」
 「事故の真相究明を徹底しろ。」
 「事故原因がわかるまで同型機は飛ぶな。」


議会も緊急批難決議を即刻採択していただろう。
知事や自治体首長は米軍司令官に事故再発防止を申し入れるだろう。
市民団体、平和団体はデモ行進や批難集会を開くだろう。
ニュースも全国を駆け巡り、2~3日は続くだろう。



中華航空はこれまでにも幾度と無く事故や緊急着陸を繰り返してきた
1969年から95年まで墜落事故は10件、死者829人を出している。
また墜落は免れたが、緊急着陸で事故をおこしたものは、
1985年以降大きく報じられたものでも5件ある。

1994年4月26日午後8時16分、台北発名古屋行きの中華航空140便が、
名古屋空港への着陸に失敗して滑走路脇に墜落炎上した。この事故で、
乗客・乗員の264人が死亡し7人が重傷を負う大惨事となった

昨年8月22日にも那覇空港で中華航空機が突然発火炎上した。
幸いにも死傷者は出なかった。

とにかく中華航空はこれまでにも1000人以上の死傷者を出す事故を起こしている。
いわば問題の大きい航空会社である。

しかし沖縄のマスコミは一切非難はしない。

沖縄の各自治体の首長やマスコミは米軍の時と同じく中華航空の社長に、
事故原因究明まで同型機の那覇空港乗り入れ禁止や、
飛行禁止などを申しいれたのか?
あるいは議会で非難決議したり、デモ行進、非難集会などを開くのか?


航空機事故は米軍であれ民間機であれ、必ず起きるのだ。
事実これまでも世界中で軍民関係なく事故は起きている。

同じ事故でも、否、民間機の大事故は軽い扱い、
軍用機の事故は些細な故障で基地内で起きても非難の嵐。
これが偏向報道と言うのである。

・・・ま、言うだけ空しいが、沖縄のニ大新聞とは
中華朝日や変態毎日同様、この程度のものである。
 
                                       ◇(引用終了)
 
 
 
これ以上何を書いても蛇足になるが、
 
人間の記憶はすぐ薄くなってくるもの、一年足らず前の、
那覇空港での中華航空の炎上の様子を
下記動画で確認してください。↓
 
大変な事故だったのです!

こんな重大な炎上事故を起こした同じ航空会社が、
一年足らずで、同じ空港で事故を起こす・・・
 
トラネコ先生のご指摘を待つまでも無く、
 
これが米軍機の事故だったら、
 
「11万人」どころか、
 
「22万人の県民大会」でも

足りなかっただろうに。
 
 

 
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軍に救われた金城重明氏 

2008-07-23 07:01:31 | ★集団自決

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『WILL』増刊号掲載のジャーナリスト鴨野守氏の渾身のレポート

「村民多数を手にかけた『悲劇の証人』金城牧師」

を、当日記で一部紹介したところ、

当日記コメント欄を含むネット上に、「軍命あり派」のヒステリックな反応が見られた。

世界日報に6月から7月にかけて掲載された鴨野氏の

「沖縄戦『集団自決』から63年 第3部 真実の攻防」

の記事の中から何編かを当日記で紹介したら、

これも同じく反対派から異常な反応があった。

地元紙が黙殺する「不都合な真実」を取材すると、

それを「人格攻撃」というらしい。

痛いところを突かれて動揺する「軍命あり派」の様子が垣間見れた興味深かった。

「真実の攻防 第3部」は、

Viewpoint 2008 August」として発売されているので是非読んでほしいのだが、

その中から前記「WILL」記事の金城重明氏に関連する部分を一部引用で紹介したい。

両親や兄弟、そして村民多数を殺害した金城兄弟は、敵に切り込みをかけて死のうと敵陣に向かう。

ところが、彼らがその途中で目撃したのは「全滅したと思った日本軍だった」という。

その時の衝撃は計り知れないものがあった。『なぜ自分達だけが、こんなむごい目にあわなければならないのだ』と、腹の底から憤りと不信感こみあげてくるのを禁じえなかった(「WILL」記事より)

金城氏が主張し続けるように、実際に軍が住民に自決命令で地獄を味あわしておきながら、

自分たちだけのうのうと生きているのなら、

金城氏の憤りも不信感も理解できる。

だが、その後の彼のとった行動は、とても同一人物の行動とは思えない。

昨年9月10日那覇の出張法廷で証人として証言台に立った金城氏は、憤りと不信感を表したはずの日本軍に、傷の手当てを受けていたのである。

証人の金城氏は、集団自決後、米軍の迫撃砲で負傷した。その傷は軽いものではなく、傷跡に指が四本も入るほどのケガだったという。その後、赤松嘉次隊長と遭遇。 直接、隊長と言葉を交わしているのである。 法廷で金城氏はそのときの様子をこう証言している。 「軍の医療班のところへちょいちょい通って消毒、絆創膏(ばんそうこう)だけです。 薬は無かった。 それでたまたま赤松さんに会ったら、渡嘉志久に行けば薬はあるはずだよと。 そして、確認の意味で言ったけれども、ああ渡嘉志久に行けば薬はありますかと。 隊長から、権威ある者の発言はもう一回で十分だといわんばかりに叱られた」 この発言は重要だ。つまり、金城氏の傷は軽症ではなかったので、日本軍の医療班を訪ねた。 ちょいちょい通ったが、医療班からは消毒や絆創膏を張ってもらっただけだという金城氏。 こうした傷の手当ての場合、一日に何度も行くわけではない。 毎日、日本軍の医療班のある所に通って消毒してもらい、絆創膏を張ってもらったのだろう。 負傷して何日かの或る日、赤松隊長は金城少年を見て、「渡嘉志久に行けば薬はあるはずだ」と助言している。 この証言は結局、明らかに赤松氏が住民に自決命令なるものを発していないというものだ。(略)

金城重明氏は法廷証言を通じて、「赤松氏の自決命令はなかった」という証人であることを浮き彫りにした。 被告の大江健三郎氏・岩波書店に勝訴判決を出した深み敏正裁判長が、判決文の中で金城証言に言及しなかったのは、そのためでないかと思えて仕方がない。(「Viewpoint  August 2008」よりー太字強調は引用者) 

 

真実の攻防 沖縄戦「集団自決」から63年 3部」を収録した

「Viewpoint  August 2008」には、

沖縄県にも大いに関係のある「中台貿易の最前線ルポ」も掲載されており、

特に沖縄県民には目からウロコの必読の一冊です。(定価500円)

 

◆「おまけ」

大分合同新聞社員も依頼 県教委の教員採用試験で  07/22 22:27  【共同通信】 
 大分の教員汚職事件に絡み、大分合同新聞社事業局の幹部社員が2007年、県教育委員会の小学校教員採用試験を受けた自分の長女を「よろしく」と大分市教委部長に頼んでいたことが22日分かった。同社はこの社員を降格処分とするとともに、監督責任を問い上司を減給処分にした。

 同日夜、記者会見した大分合同新聞社の利満広志常務取締役社長室長は「大変申し訳ない。報道機関としてモラルに欠けるものだ」と謝罪した。

 同社によると、幹部社員は松尾勝則事業局事業部長(52)で、同日付で同局参事に降格。上司の安部鋼一郎常務取締役事業局長(68)は減給1カ月の処分とした。

 同社の説明によると、松尾参事は06年10月のパーティーで会った大分市教委部長との雑談で、自分の長女が採用試験を受けていると話したところ「1次(試験)を通ったら声を掛けてください」と言われた。

 07年に1次試験を通った後、松尾参事は部長を訪ね「よろしくお願いします」と頼んだという。長女は合格し、松尾参事は5000円相当の歳暮を部長に贈った。

                    ◇

地元紙と教職員組合は、

持ち持たれつのベタベタの関係。

沖縄タイムス、琉球新報さん!

大丈夫でしょうね・・・。

「不都合な真実」も報道すべきですよ!

 

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コメント (5)

独裁国家

2008-07-22 08:03:20 | 未分類

 

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日本が、日独伊の三国同盟の枢軸国として、連合国と戦った歴史上の経緯から、戦前の日本を独裁国とよんだり、東条英機をヒットラーやムッソリーニと並べて独裁者と決め付ける向きもあるが、戦前の日本は憲法の下に国会も機能していたし、何よりも日中戦争(支那事変)のきっかけとなった盧溝橋事件から終戦までの8年間で内閣は9回も変わっているし、首相も7名が次々と変わっている政治体制に独裁の欠片さえ見つけ出すのは困難である。
 
たまたま日米開戦時の首相だった東条英機が終戦を待たずして責任を取らされて辞任に追い込まれている事実だけを見ても、東条をして、ヒットラーやムソリーニと並べるのは二人の独裁者にとって失礼と言うものであろう。
 
日独伊の三国同盟国は英米の連合国に対して枢軸国と呼ばれたが、枢軸とは、1936年イタリアのムッソリーニの演説に由来する。
 
この独裁者の元祖とも言える男は、ヨーロッパの国際関係はローマとベルリンを結ぶ線を「枢軸」として転回すると演説した。
 
戦後、枢軸と言う言葉は悪の帝国をイメージする負のイメージで語られるようになる。
 
歴史は勝者が決めると言われるが、歴史は勝者によって書かれる、これは古今東西をとおしての事実。

逆説的に言えば、嘘を事実として押し通しえた者が勝者たり得るということになる。

 
ブッシュ米大統領が、2002年の一般教書演説で、北朝鮮、イラン、イラクの独裁3ヶ国を名指し、「悪の枢軸」と批判したことも、戦前の三国同盟の枢軸国を悪の同盟であるという思い込みからものだろう。
 
それにしても一党独裁の中国や旧ソ連が悪の枢軸のメンバー入りしなかったのは片手落ちだと思うのだが・・・。
 
なるほど、この二国は戦勝国であり、連合国の重要メンバーだった。
 
一党独裁国・中国のオリンピック開催に不安が立ち込めている。
 
                     ◇ 
 
中国:昆明バス爆破 指導部に衝撃 暴動・テロ、五輪直前に深まる不安
 【北京・浦松丈二】中国雲南省の省都、昆明市で21日起きた連続バス爆破事件はテロとの見方が強まり、北京五輪(8月8日開幕)の治安対策を20日から全国で本格始動させたばかりの胡錦濤指導部は衝撃を受けている。中国各地では住民による暴動も相次いでいる。広大な中国で地方を狙ったテロや暴動を未然に封じ込めるのは難しく、指導部は不安要因を抱えたまま、五輪本番を迎えることになりそうだ。
 中国当局は北京五輪警備に、01年の米同時多発テロ以降初の五輪となったアテネ大会(04年)よりも大幅に多い約11万人の治安要員を投入し、核・生物・化学兵器(NBC兵器)によるテロ攻撃を想定した専門部隊を配置するなど万全の警備をアピールしてきた。
 しかし、中国の治安対策は伝統的に首都・北京での要人警備や反政府組織の摘発が優先される傾向があり、近年のテロが標的にする公共交通機関などソフトターゲットへの警備対応が遅れているとの指摘もあった。
 さらに、北京五輪を前に中国各地で住民暴動が相次ぎ、社会不安が深まってきた。暴動や当局との衝突が頻発する背景には地元当局の職権乱用や腐敗、都市・農村間の格差拡大などが存在しており、中国政府関係者は「中央が五輪を前に安定維持を地方に命じたため、騒ぎを恐れる地方政府から譲歩を引き出そうとする住民の抗議が逆に増加している」との見方を示した。
 一方、中国政府は早くから北京五輪の「安全上の脅威」(孟宏偉・公安次官)として新疆ウイグル自治区の分離・独立を目指す組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」を警戒してきた。過去にもウイグル族過激派のバス爆破事件が起きており、捜査当局はETIMと今回の事件との関連に注目している模様だ。
 ただ、失業者など社会に不満を持つ層は増え続けている。「怒れる民」が過激な行動に走る要因は複雑化しており、五輪を控え、今後、同様の事件が続発する可能性も排除できない。
 当局は地方から北京に来た陳情者の取り締まりを強化、拘束を含めた措置を取り、北京五輪への影響を最小限に食い止めようと躍起だ。だが、それがまた政府不信を募らせる結果を招きかねない。当局の対応は後手に回るばかりで、抜本的な対策が取れない状況だ。
毎日新聞 2008年7月22日 東京朝刊
 
                       ◇
 
「焚書坑儒」は中国の伝統であり、これまで言論封殺で国民の不満を封じ込めてきた。
 
暴動や当局との衝突が頻発する背景には地元当局の職権乱用や腐敗、都市・農村間の格差拡大などが存在しており
 
だがネットの普及は当局のネット規制の先を進んで、もはや国民を「知らすべから、依らしむべし」の状態に置くことは不可能になった。
 
強固なダムも蟻の一穴で崩壊することもある。
 
ネットの普及で、休刊に追い込まれた『論座』の如しと言うところか。
 
いや、「論座」では、ちょっとスケールが違いすぎるか。
 
                     *
 
「おまけ」
 
「WILL効果」は続いている。
 
某大手書店に勤める知人の話によると、平積みしてあるが見る見る山が低くなっていくとのこと。
 
沖縄は平和な島だ。
 
 「暴力団の雑誌」が公然と販売されているのだから。 しかも大好評で。
 
「国籍同一性障害」の症状を掲載すると、
 
決まって重症患者が脊髄反射で彷徨いでてくる。(笑)
 
定めしこの病名は患者判別のリトマス試験紙のようなものだろう。
 
早めに病院に行くことを薦めたいが・・・手遅れですか。(涙)
 
何しろ「便所の落書き」と難癖つけながら、それを「拝読」していると言うのだから。(爆)
 
よせばいいのに。
 
 
【追記】
 
「おまけ」その2
 
【注意!】下記の動画は、
 
「国籍同一性障害」の自覚症状のある方は、
 
症状を悪化させるおそれがあるので、
 
見るのはご遠慮ください。
 
 

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コメント (2)

沖縄は日本領土ではないby中国

2008-07-21 07:49:40 | 県知事選

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偏向著しい沖縄の新聞が、当日記にブログネタを提供してくれるのは、

ありがたいのか、困ったこと事なのか、

痛し痒しというところだが、

さすが『WILL』の影響は思ったより大きく、

沖縄での発売以来、知人友人から

「よくぞ書いてくれた」と賛同の意見を多数いただいている。

沖縄タイムスと琉球新報に毒染、・・もとい、独占され、言いたくともいえない閉塞感、・・・

いや、言う場所を閉ざされた普通の県民の声を代表してくれた、との声が多い。

沖縄県民が、地元2紙によって発言の機会を奪われた「サイレント・マジョリティ」であることが改めて確認できた。

 

では連日大騒ぎしている自称「市民」の方々は?

決して彼らは「一枚岩」ではないようで、

沖縄に迷い込んだ「本土サヨク」に「地元サヨク」、

それに中国、朝鮮を母国と仰ぐ「工作員」に「沖縄右翼」まで勢ぞろいするのだから理解するのは困難だ。

元来バラバラのはずの彼らを団結させるキーワードは、

「反日」の一言。

その彼らを応援するのが地元二紙だから、かれらの声が実際の声より何倍も大きく増幅される。

彼ら一握りの連中のことは「ノイジィ・マイノリティ」と呼べば分かりやすい。

 

「不良米兵と不良女子中学生のナンパ・トラブル」で「県民大会」まで開くことをまともな県人なら、

呆れを通り越して「お笑い大会」としか見ていない。

犬が人を咬んでもニュースにならないが、人が犬を咬めばニュースになる。

「不良米兵のナンパ」が大きなニュースになり、「県民大会」まで開く沖縄は何と平和な島ではないか。

一方沖縄人の犯罪は日常茶飯事でニュースにもならないので、

産経新聞那覇支局長の小山さんが、「今夜も、さ~ふ~ふ~」で拾っているようだが・・・、

これは県民大会の対象にはならないのだろうか

⇒「女子高生に声かけ

中学生非行がワースト/県警上半期調べ

 

おっと、忘れるところだったが、「ノイジィ・マイノリティ」を団結させているキーワードが「反日」の他にもう一つ、

「親特ア」があった。

「中国が沖縄を日本領土と認めていない」

これに対しては、彼らは突然「サイレント・マイノリティ」に変身する。

 


 米上院軍事委員会公聴会の3月11日のやりとりは、日本人にある事実を想起させる意義があった。

 その事実とは、中国が沖縄県を日本の領土として認めていないことだ。台湾も公式声明で認めていない。中国は明示に至ってないが、3年前、北京大学教授が中国誌「世界知識」に「琉球の地位は未確定」との論文を寄稿した

 こうした日本人ですらほとんど知らない領土問題に公聴会で言及したのはジム・ウェブ上院議員(民主党、バージニア州)だ。米太平洋軍のキーティング司令官(海軍大将)にこう尋ねた。

 「中国は尖閣諸島を要求している。中国は、琉球が日本の一部であることを一度も認めたことはない。彼らは琉球で1960年代末から活発に動いている。中国の拡張行動の兆候をどうみているか」

 司令官はこれに応じて、中国海軍高官からハワイを境に米中が太平洋を東西に分割管理するのはどうか、と提案されたことを明らかにした。

 沖縄県の地位を中台が問題にするのは、日本が受諾したポツダム宣言に「日本国の主権は本州、北海道、九州、四国並びに吾等(われら)の決定する諸小島に局限せらるべし」との一節があるからだ。「吾等」の一員であり、かつての宗主国を関与させずに、日米間で沖縄返還を決めたことへの反発が色濃くにじんでいる。

 福田康夫首相は先月、太平洋を沿岸国による「内海」とする構想を打ち出した。

 だが、「尖閣」どころか、沖縄県にすら自らの権益を主張する国がある現実をまずは見据えなくてはなるまい。

                     ◇
 
 
「反日」と「親特ア」という両輪で団結した勢力のもう一つの特徴は、一様にある種のビョーキを患っているいると言うことである。
 
その病名を念のため以下に記しておく。
 
 

病名 【国籍同一性障害】( こくせきどういつせいしょうがい )


患者自身が日本人であるにも関わらず、自分があたかも中国人・朝鮮人であるかのような錯覚に陥る一種の精神病。

何故か 中国・朝鮮が素晴らしい国・国民であるかのような幻想・シンパシーを抱く 。

「他国民」である日本・日本人が悪辣で卑怯・無知蒙昧な存在だと思い込むようになる 。

 病状が進むと、自分たちの属する日本国家・国民を根拠無く貶め、批判し、あげつらうことで 自分自身がまるで 正義の味方であり、人権感覚に溢れる国際派であり 弱者の擁護者であり、不正の告発者であり、先進的な改革者であるかのように思い込むようになり それにより 精神的な満足感を得る、といった相当に重篤な症状が発現する。

 自分の考えが唯一絶対だと確信しているので、絶対に妥協しない。

あらゆる機会を捕らえて相手方を非難・誣告する 。

日本国家・日本人を自分たちの「敵」であると定義しているので、どんなに不当・理不尽な 言いがかりが日本に及んでも、患者自身が感じるのは達成感・幸福感・高揚感だけである。

 外国メディアの論調が日本批判だった場合、彼らと「一体になれた」ような錯覚に陥り、幸福感は頂点に達する。

実際には、自分たち自身が その批判されている「日本人」そのものなのだが

 どんな内容であれ、日本・日本人が攻撃を受ければ受けるほど、ますます自分の正しさ・正当性を確信する。

 自分たちが国際社会で支持を受けていると思い込んでいるので、いつも「日本は国際社会・アジア諸国から孤立している」
などと主張し、従って日本は自分たちの言うことを聞くべきだ、と結論付ける。

なお、患者の主張する「国際社会・アジア諸国」とは ほとんどの場合、「中国・韓国・北朝鮮」の 3カ国だけであり、これらの国がしばしば世界全体から孤立し、嫌われていることには気付かないのが通常である。

 彼らの日本への攻撃は、そのほとんどが 愛する中国・韓国・北朝鮮自身への攻撃にもなっており、自爆が多い 最近では、病状への世間の理解も進み、当然の如く賛同者が減ったため、患者の生活権が脅かされている。

 治療法はあるにはあるが、自覚症状がほとんど現れないため、手遅れになるケースが大半である。

この病気は「フェミニズム」と言う新種の病気に転移する事でも知られている。

 

数々の臨床例によりこの患者は、ある特殊なものに脊髄反射して幻覚症状に陥ることがわかっている。

症例としては日の丸、君が代に異常反応して

軍靴の音」が聞こえたりする幻聴、

キナ臭い」臭いを覚える幻臭、

いつか来た道」が見える幻覚などがある

人間がカメ虫に見えたりする症例も報告されている。


 

以下のエントリーに書き込まれたコメントはオモシロイですよ!

永久保存版モノです。

⇒参考日本は全体主義に向かっているのか? 不治の病

 

「尖閣問題」 中国の太平洋への野望は「ヤクザの輪張り争い」


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コメント (12)

大きなお世話! 「鬼の赤松」と「きけ、わだつみのこえ」

2008-07-20 07:37:51 | ★集団自決

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流通JAS 認定制度を新設へ

  • 動画形式を変更する

7月20日 5時17分

コンビニエンスストアで売られている弁当やおにぎりのように、流通の際、温度を一定にするなどしておいしさを保っている食品について、農林水産省は、温度管理の方法などを審査したうえで「流通JAS」として認定する新しい制度を設けることになりました。

詳しく 

                                            ◇

「りゅうつうじゃす」?

なんじゃい、それ!

「流通JAS」だって?

大きなお世話だ、ほっといてくれ。

食の安全に国が関与するのは当然だが、必要最小限にとどめるべきもの。

コンビにの食品は自分たちの切磋琢磨で進化してきたもの。

流通の際、温度を一定にすると、おいしさを保つことが出来る。

これらはコンビに業界の自助努力の結果普及した流通システムである。

これに「お上」が介入し、温度管理の方法などを審査したうえで「流通JAS」として認定するというのが、

大きなお世話だと言うのだ。

目的は何だ。

結局は、認定すれば認定食品は「おいしい」と言うことでしょう。

そして利権が発生し「オイシイ」話が生まれると言うわけ。

食が「おいしいかどうか」は「食の安全」とは似て非なるもので、

各企業の努力で「ブランド」として作り上げていくもの。

国が「「りゅうつうじゃす」なる国営ブランドを作ってどうするつもりなんだ。

結局そこに利権が発生するのは火を見るより明らか。

何よりも、もっとも「思考の柔軟性」が求められる分野に、偏差値秀才のお役人がついていけるわけも無い。

▽店まで運ぶトラックでの温度管理や、

▽温度が変化しないよう荷下ろしを手際よく行う手順が整備されているかどうか・・・

自分では出来ないので他人に調べてもらう魂胆だろう。

そして認定団体が出来て、天下りが発生。

 

以前に上手な美容室を、当時の厚生省が「一級、二級・・・」と技術認定する話があったが、これも「美の価値観」は客によって異なり、お役人のしゃしゃり出てくる幕ではないと批判され、とっとと消えてしまった例もある。

                    ◇

 

昭和25年上映された反戦映画「きけ、わだつみの声」を見た感想で、出演した悪徳戦隊長が、後になって読んだ『鉄の暴風』の「鬼の赤松」とイメージが重なるのと書いた。

著者の太田記者は「きけ、わだつみの声」を見て、『鉄の暴風』の「残虐非道の日本軍」のイメージを膨らまして「鬼の赤松」を書いたのではないかとも書いた。

太田記者は既にお亡くなりになっているので、聞くこともできず単なる筆者の想像の域を出なかったのだが・・・。

以下は、戦争映画に歴史を見る★「暁の脱走」と「きけわだつみのこえ」の再掲ですが、

最後にオチがありますので、最後まで読んでください。

                      ◇

一昨日の日曜日終戦直後の昭和25年製作の戦争映画を見た。

古い映画を見ると物語の内容とは別にその映画が製作された時代の雰囲気が画面に垣間見れて興味深い。

ストーリー展開がスローで現代の感覚でいえば退屈する場面も多いが、テレビのない時代に動く画面を見るだけで映画そのものが面白い時代だったそこは我慢せねばならぬ。

見た映画は池部良、山口淑子主演の「暁の脱走」(1950)で、重要な役割で小沢栄(後に栄太郎)が出演している。

物語は北支派遣の日本軍で副官(小沢)付きの上等兵(池部)が戦地慰問中に戦況悪化で帰国できなくなった歌手山口淑子と恋に陥る。 
 
敵の攻撃で負傷した池部と山口は捕虜となるが何とか脱走に成功する。
 
ところが上官の小沢が山口に横恋慕して、池部を軍法会議で死刑にするように報告書を捏造する。
 
それで同僚兵士の援助を受けて池部と山口の二人で部隊を脱走をする。

タイトルにもなっているラストの脱走シーンが見せ場なのだが、砂漠のような平野を必死で逃げる二人を悪鬼の形相の小沢上官が南京城のような城壁の上から逃げる二人を機銃掃射する。

傷を負いながらも何とか逃亡を試みるが結局二人とも射殺される。

ハッピーエンドには終わらないのだが、憎憎しい悪役の小沢隊長が日本軍を象徴しており池部、山口のラブロマンスを中心にした「反戦」が映画のテーマでである。

小沢隊長は映画の中で本人の出ない場面では「けだもの」とか「毛虫のような嫌われ者」と罵倒され、徹底的な悪役に徹していて別の興味を引いた。 何しろ暗闇の物音に懐中電灯を持った小沢隊長が

「誰だ!」と怒鳴って懐中電灯で自分の顔を下から照らすシーンには爆笑した。

フツー、暗闇では物音に向かって電灯を照らすだろう。 

怪談話のように闇の中で自分の顔を下から照らした時には、
画面の小沢に向かって、思わず

「稲川淳二かよ!」

と突っ込みを入れてしまった。⇒http://tutinoko.org/blog/?p=759


ちなみに当時(昭和25年製作)の時代を反映して映画は中国兵は非常に紳士的且人道的に描かれており、『鉄の暴風』が描くヒューマニズム溢れる米兵を髣髴させるような描き方をしている。

一方の日本軍は悪役小沢副官が「渡嘉敷島の悪鬼赤松」を連想させるような徹底的な悪役に描かれていて興味深い。

映画制作(昭和25年)の二年前には東条元首相を始めとするA級戦犯の処刑が執行されており、米軍占領下の日本では連合国の一員として東京裁判にも裁く立場で参加した中国には並々ならぬ配慮をしたことが伺える。

池部の恋人役の山口淑子が得意の中国語で中国兵と交わす会話を聞くと当時の中国は現在の中国よりよっぽど民主的で紳士的に描かれており思わず苦笑させられた。
 
同じ昭和25年に製作の戦争映画「きけ、わだつみのこえ」は「暁の脱走」のような娯楽性は排除し徹底的に「日本軍の悪」の部分に焦点をあてた反戦映画である。

やはり、製作者の脳裏にGHQや中国の視線を感じていることが画面に伺える。

きけ、わだつみのこえ」にも登場する隊長は、空腹でやせ細った部下を尻目に、自分だけたらふく食べて慰安婦を従えて安全な壕に潜んでいる・・・まるで『鉄の暴風』に登場する「悪鬼のような隊長」そのままである。

ちなみに『鉄の暴風』も昭和25年の発刊であり、著者の大田記者が当時の戦争映画を見た可能性は充分あるが(当時沖縄でも上記2映画は上映された)、まさかそのイメージで『鉄の暴風』の「悪鬼のような部隊長」を創作したのでは無いと思うのだが・・・。

映画が作られた当時、日本は敗戦直後の荒廃から立ち直ったばかりで、朝鮮半島では、米ソの冷戦が激しくなっていた。

再び戦争の陰がたち込め、実際に1950年6 月には朝鮮戦争が勃発した。

そうした世相のなかで、『暁の脱走』や『きけわだつみのこえ』といった戦争映画に込められた「反戦」思想が共感を呼んだのだろう。

映画制作の二年後の昭和27年、GHQは日本占領を終結し日本は晴れて独立国家となる。

だが米軍占領下の沖縄は『鉄の暴風』の発刊から27年を経過してやっと悲願の「祖国復帰」を果たすことになる。

                     ◇

太田記者が『鉄の暴風』を執筆するに当たっての史料収集に、活動的に取材活動する新聞記者の様子は感じ取れない。

渡嘉敷島や座間味島への現地取材活動をしていない事実は勿論、自分で証言者を追跡取材することはせずに、

「社」が集めてくれた人々の話を聞いたと言うのが主で、それも発言者の名前を記したメモの類もないという。

太田記者は戦前は新聞記者ではなく、新聞等にエッセイ、詩などを寄稿していたが、昭和24年に発表した『黒ダイヤ』という短編小説で当時の沖縄タイムスの注目を引いた。

そして米民政府の財務課に勤務しているとき、沖縄タイムスの豊平良顕氏にその文才を見込まれスカウトされ、

企画中の『鉄の暴風』の執筆を始めることになる。

そんな新聞記者としては素人同然の太田氏が『鉄の暴風』の執筆という重責を担うことになるのだから、取材相手を記したメモも何も無く、全てが「社」まかせという話も理解できなくもない。

では、交通も通信もままならぬ昭和24年前後の沖縄で、「社」が現在の新聞社のような機動力をもって短期間で「体験者」をかき集めることが出来たのか。

当時の沖縄で、交通・通信等の手段を独占していた米軍の強大な力なくしてこれを実現することは不可能であっただろう。

 

先日、某大手本屋に『WILL』の入荷確認に行った事を書いた。

その時地元著者による「沖縄戦記」モノをワンコーナーに集積陳列してあることも書いたが、その中に太田良博著『戦争への犯罪』があったので立ち読みしていたら(高かったので)、次のようなくだりに遭遇して驚いてしまった。

<「平和館」のこけら落としに豊平良顕氏と二人招待された。 映画は「きけ、わだつみの声」だったが、豊平氏は「君は、見て帰るように」との言葉を残して先に帰ってしまうが、太田氏は最後まで見た。>(要旨)

何と、当時9歳の筆者が見て感じた『鉄の暴風』の「鬼の赤松」のイメージそのもの戦隊長が出てくる、

きけ、わだつみの声」を、

太田記者も見ていたのだ!

それも筆者の隣の席で見ていたのでは・・・まさかネ。

 

【蛇足】

「平和館」とは国際通りの旧国際ショッピングセンター(現在再開発工事中)のあった場所に国際劇場の右隣にあった映画館の名前。

左隣の国際劇場で昭和25年の同じ頃に「暁の脱走」が上映された。

『鉄の暴風』は昭和25年8月15日に初版が発刊されている。

 

きけ、わだつみの声(1995)は織田裕二主演でリメイクされています。

◆昭和25年版:
1950.06.15 日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声  東横

 

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コメント (7)

教師が軍用地を買いあさり!?

2008-07-19 07:18:01 | 未分類

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沖縄の米軍基地を報じる沖縄紙を見ると、

米軍基地に占領された沖縄は「悪魔の島」の連想を抱くという。
 

悪魔の島か癒しの島か

「悪魔の島」の人口が増え続けるのは奇怪だが、きっと「悪魔の島」には人をひきつける魔力が潜んでいるのだろう。

 

昨日のエントリーで米軍基地が占拠する軍用地の買収の話が多いと書いたら、

東京在住の友人からこんなコメントをもらった。

「悪の権化のような米軍基地に占拠された軍用地は資産価値は低いはずだから、経済の論理から言えばこれを買収するという話は考えにくい」と。

なるほど、沖縄のマスコミの報道から判断すれば、もっともな意見である。

だが、現実は沖縄マスコミの報道とは逆の方向に動いているから、

沖縄はやはり摩訶不思議だ。

 

今朝の沖縄紙は一面と社会面のトップで、

沖縄の県議会が、

「米軍基地撤去」の議決をした、と派手に報じている。

先の県議会選挙で、野党が過半数を占め、与野党の勢力逆転の結果がこの有様なのだ。

住宅街の中にある「“世界一危険な”普天間基地」を移転させようというのに、

これに反対と言うのだから普天間市民より、

ジュゴンの方が大事なのかと聞いて見たくもなる。

沖縄の新聞のウェブ更新は遅いので昨日の記事をリンクするが、結局これが実際に採択されたと言うのが今朝の報道。

新基地反対を決議 県議会最終本会議

県議会(高嶺善伸議長)6月定例会は18日午前、最終本会議が始まった。野党が議員提案した「名護市辺野古沿岸域への新基地建設に反対する意見書案・決議案」は玉城義和氏(無所属ク)が提案理由を説明し、審議に入った。
県議会は野党勢力が過半数を占めており質疑、討論後の採決で、賛成多数で可決される。同意見書・決議案は「県民は新基地建設に一貫して反対してきた。世界に誇れる自然環境を後生に引き継ぐことこそが県民の責務である」と指摘し、県や日米両政府に対して普天間飛行場代替施設の辺野古への建設断念を求めている。(略)

                    ◇

話は冒頭に戻る。

返還される可能性の薄い軍用地と、

近く返還される予定の軍用地を考えれば、

当然返還間近の軍用地の方が資産価値が高い、

と思うのが普通だろう。「新基地は断固反対」 県民集会で400人訴え カメラ ビデオ

「下半身の人格は別」という名言があるように、

いくらイデオロギーで「基地反対」を叫んでも、(「新基地は断固反対」 県民集会で400人訴え

「イデオロギーと経済の人格は別物」で、

嘉手納基地のような長期的に固定化された軍用地の方が銀行の担保価値は大きいと言う。(Aランク)

一方、返還の決まった普天間基地は銀行の評価も低く、銀行評価も低い。

それで「普天間基地移設」を経済的理由で、反対している人もいると聞く。

 以下は地元の不動産屋さんの生の情報です。


知らなきゃ損!損!
「銀行から見た軍用地の担保力

軍用地は土地の取引というより、金融商品の取引というのが沖縄では定着しております

その一番の裏づけが、沖縄県内の金融機関がそれぞれの軍用地を基地別に担保評価のランク付をしており、特A地域~C地域まであり、それぞれの場所によりランクが異なります

軍用地の担保評価の目安は、一般の土地のような評価額や路線価格で割り出すのではなく、年間の借地料の倍率で評価しております

返還の確率が低い航空自衛隊那覇基地等や嘉手納飛行場は、特A地域に指定されており、担保評価も高く設定されております


<軍用地ランクの一例>

特A地域 年間借地料の33倍の担保評価(※融資額)

  ●嘉手納飛行場
  ●航空自衛隊那覇基地等
※実際の取引では、人気地域は売り物件が少ないため、那覇空港施設内などは銀行の担保評価より高い倍率で取引されております
航空自衛隊那覇基地

 

 

 B地域 年間借地料の25倍の担保評価(※融資額)
  ●嘉手納弾薬庫等 嘉手納弾薬庫

 
↓嘉手納弾薬庫についての解説↓

■ 重要な役割を果たしている嘉手納弾薬庫地区 ■

 

 C地域 年間借地料の10倍の担保評価(※融資額)
  ●那覇軍港
  ●普天間基地
  ●キャンプキンザー 普天間基地
 


返還の確率が低い特A地域の軍用地は、銀行の担保評価も高く、また、売り物件も少ないため、高い倍率で取引されております。
軍用地の購入を検討されている方には、銀行の担保評価も購入の目安のひとつになるかと思います>


基地外新聞は基地内就職の状況はあまり報じないが、

時々「脱基地」として報じる特集記事に基地内就職の話が出る。

沖縄タイムス 特集 脱基地のシナリオ 
基地従業員(中)  

 

基地内就職は県内では難関であり、甲子園全国制覇の沖尚高校の母体の尚学院が「基地内就職」の予備校を経営しているくらいだ。

 専修学校尚学院国際ビジネスアカデミー|学科/入試情報 http://www.gakkou.net/cgi-bin/senmon/view.cgi?code=54601&mode=div

 

ついでだから、もう一度不動産屋さんに登場願って、沖縄の軍用地がいかにオイシイ投資対象であるかを説明してもらおう。

ん? 資金が無い。

心配後無用、軍用地の物件さえ見つかれば地元銀行が「軍用地ローン」を準備してお待ちしていますよ。

表面では「基地反対!」を叫ぶ教師や公務員たちが密かに軍用地購入に奔走しているとは沖縄ではよく聞く話。

銀行も教師と公務員には無条件で貸し付けるというから、

そのうち「教師・公務員vs中国不動産ファンド」の軍用地買収競争が勃発するかも。


知らなきゃ損!損!
「軍用地の予備知識」

『軍用地』は、沖縄の自衛隊基地、米軍基地のことを指しますが、その基地の ... この『軍用地』は、基地問題という一面も持ちながら、戦後の沖縄の経済を潤した収入物件でもあるのです。 ... 組合などのお金の投資先として『軍用地』が重宝されています。

『軍用地』は、沖縄の自衛隊基地、米軍基地のことを指しますが、その基地の
ほとんどは、国が個人の土地を借地(強制使用)しているのが現状です。

「借地料」は沖縄県全体で年間約900億円を国が地主さん達に支払って
います。

この『軍用地』は、基地問題という一面も持ちながら、戦後の沖縄の経済を潤した収入物件でもあるのです。

 

沖縄では個人はもちろん、会社や団体・組合などのお金の投資先として『軍用地』が重宝されています。
その人気の理由とは・・・
1. 管理は国におまかせ、わずらわしい事が全くありません。
会社経営や株式、アパート経営などの投資物件と違い確実な収入が毎年入ってくる。
2. 国から直接、借地料が貰える 毎年8月に1年分の借地料が、国より地主へ銀行振り込みされます。
一般の投資商品(アパート経営や株)と違い、第三者へ管理料や手数料を支払う必要がなく、
手間と費用がかかりません。

3. 借地料は毎年値上がりしているので損がありません。
借地料の毎年の値上がり分は12月に毎年振り込みされます。
値上がり率は、政治に大きく左右され為、大きな事件、事故が起きると上がり傾向に
あります。
4. 不動産の担保価値が高い
沖縄の銀行では軍用地はアパートより評価が高く、「軍用地ローン」という商品もあり、担保力の高い収入物件とされている。 りゅうぎん 軍用地主ローン

返還の見込みのない土地(飛行場の滑走路等)は、高値で取引され商品価値も上がります。

5. 希少価値があり換金性の高い土地
先祖代々の土地が多く、祖先崇拝の強い沖縄では売る地主が少ない為、売り手市場
です。
6. 固定資産税が安く相続税も有利
国の借地権が付いているため、土地の評価額が事業用の不動産と比べ極端に低い。
7. 定期預金や国債より利息が高い。
図2【軍用地を預金として考えた場合の金利】をご参照ください。
8. 一般の土地と同じで分筆して売却・相続・担保物件として多目的に使える>

                     ◇

以上、沖縄の新聞が伝えない、沖縄の米軍基地情報でした。

沖縄の新聞は「不都合な真実」は伝えない!

と思う方、応援のクリックを・・・。

 

【追記】県議会 新基地建設反対を可決(2008.7.19) 
 

 

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『雪崩』

2008-07-18 20:27:18 | 県知事選

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古い日本映画を時々見るが、映画の内容や筋書きよりも、制作時の年代を意識して見ると当時の時代の雰囲気が画面から読み取れて興味は尽きない。

戦争映画に歴史を見る★「暁の脱走」と「きけわだつみのこえ」

 

大仏次郎の原作で、成瀬巳喜男監督の『雪崩』は1937年製作というから、日米開戦四年前の映画である。 

題名から想像する山岳映画ではなく、戦前の裕福な会社社長の父と長男の価値観の対立を描いた作品だが、映画の冒頭に字幕で、

人間はしっかりとした大地の上に立っているつもりでも、気づかないうちに、立っている足元が流れていってしまっていることもあり、いつの間にか別の場所に立っていることに気が付かない>、

といった内容のことが書かれていた。

社会意識の変化や、時代の変化に気が付かずに、

自分の考えのみが正しいと発言する人のことだと思った瞬間、

何かの本で読んだ、次の言葉が脳裏に重なった。

現在の感覚を、過去にそのまま当てはめ、評価を下す史家は、常に歴史を過つ

そして、昨日のエントリーで同じようなことを書いたことも想いだした。

現在の感覚で歴史を判断すると大きな過ちに陥る。

同じく現在の言葉の感覚で、先人が使った言葉を安易に批判すると大きな過ちを犯す。

「俺と貴様」の意味が時代と共に変わったように、言葉の意味も時代と共に変わる。>

                     ◇

日本軍を貶めることに必死のあまり、

自分の立っている時代を飛び越えて、

戦前の記録文の中の「言葉狩り」をする人々が、

恣意的表現を極力避けた「軍人の記録文」の、

重箱の隅を突付きまわすような執念にはあきれ返ってしまう。

こんな場所で「国語講座」を開こうとは夢想もしなかったが、

昨日に続いて「国語読解力講座」を開設する。

やれやれ。

 

昨日も書いたが軍人の記録は漢文調で簡潔を旨とした。

 

<「もとからその土地に住んでいる人」との表現は「住民」で充分な次第。>

充分と考えるのは現代に住む人の「勝手な感想」。

「配慮」より「正確」を旨とする、記録文では決して充分ではない。

「最近学校や駐在に転勤してきた人、最近移転してきた住民」は、

「もとから住んでいる人」とは言わない。

渡嘉敷島の例でいえば、安里喜順氏は「もとから住んでいる人」ではないが渡嘉敷島の住民だった。(戦後、北中城村に帰郷した)

 

さらに「土民」と単独で使用する場合と、

名詞+「住民」と、

名詞の形容詞的表現を伴って使用する場合とを、

単純に置き換えて「~で充分」と断定することは出来ない。(「住民」の前の名詞で「住民」を説明している)

 

日本語の読解力の乏しい方々への、これ以上の「講座」は遠慮させてもらうが、

「軍を貶める」という大目標にとりつかれ、

戦前の文章を曲解し、

「言葉狩り」に走る人々の理解を得るのは、

百年河清を待つようなもの。

期待の一欠けらも持っていない。

 

彼らは、戦後の価値観の大変動による「雪崩」によって、

立つ位置が戦前とは違う位置にいるのに気が付かないのか、

それとも気が付かぬ振りをしているのか。

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中国が米軍基地を買い占める?!

2008-07-18 07:17:18 | 未分類

 

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 以前から沖縄に対して秋波を送り続けていた中国だが、台湾の馬総統登場以来一段とその流し目にも艶が増してきたようだが・・・。

 

中国投資家「沖縄宣伝強化を」 中日不動産フォーラム(2008.7.17) カメラ 008.7.17)
第1回中日不動産サミットフォーラム=16日、名護市の万国津梁館


 先進的な日本の建設技術の学習と、ホテルや別荘など県内への不動産投資の可能性を探ろうと16日、名護市の万国津梁館で第1回中日不動産サミットフォーラム(主催・中華全国工商連合不動産商会、後援・県、沖縄経済同友会)が開かれた。中国の不動産開発関係者と県内の観光、不動産関係者らによる複数のパネル討論が行われ、沖縄への不動産投資を促進するための課題などについて意見を交わした。
 中国国内での海洋リゾートの需要と沖縄観光の魅力をテーマにしたパネル討論では、中国で不動産雑誌を出版する安家不動産の■文斌社長が「沖縄に関する情報が不足している。沖縄にきて初めてこんなにきれいな海を見て驚いているところ。宣伝に力を入れてほしい」と提案。さらに「可能性があれば沖縄の土地を購入したいと思っていても、ビザ(査証)の手続きが複雑だったら投資ができない」と述べ、ビザの簡素化を要望した。
 沖縄側からは、カヌチャベイリゾートの白石武博社長や鑑定ソリュート沖縄の玉那覇兼雄社長らが参加。玉那覇氏は「投資を実現するには沖縄に関する詳細な調査が必要。そのためにも県内の経済界や不動産業界と今後も交流を深めることが重要だ」と述べた。そのほか、中国側からは県による外国投資に関する施策の有
無などに関する質問が出た。
 視察団は17日、本島北部のリゾートホテルやうるま市の特別自由貿易地域、中城湾港マリンタウン地区を視察する。

※注:■は、ヘンの部分がナベブタの下に「メ」、ツクリの部分が「リットウ」

                                               ◇

尖閣諸島の行政管轄権を持つ石垣市がクリアランス船を廃止したが、

これは中国の台湾併呑の第一歩であると書いた。

クリアランス船とは、中国と台湾が直に交易するのを憚(はばか)って、間に第三国を介在させ直取引ではない体裁を装うための船のことをいう。

沖縄の石垣市は、その台湾と中国に近いという地理的優位性を利用して、台湾と中国の貿易中継国として両国の間に介在してきたが、

実際に貨物が石垣市に陸揚げされるわけではなく、石垣港の沖に停泊した船の中で書類上だけの輸出入手続きを済ましていた。 その船のことをクリアランス船と称したが、総統が馬英九に変わってから、直接の取引が行われるようになりその結果としてクリアランス船も廃止になった。

クリアランス船については⇒馬英九と沖縄★クリアランス船廃止  

馬永久が総統になって以来、台湾に中国の影が大きく重なってきた。

中国-台湾・直行チャーター便が就航

同時に尖閣諸島界隈も波高くなってきた。

尖閣視察に中台が抗議

中台連携に期待感 尖閣問題で中国紙

 

そんな矢先に中国企業主催による、「中日不動産フォーラム」とは一体どういう意味を持っているのか。

経済は資本主義だというが、中国が一党独裁の社会主義政治体制の国であることを忘れてはならない。

日本の円は国際相場の影響を受けて変動するが、中国の人民元は管理フロート制で、自国の通貨の変動幅を固定し、その幅の範囲内で取引されるが、変動幅は中央銀行によって管理され国の意思が通貨に反映される。

最近のドル安の影響を受けて人民元は「元高」基調で、海外不動産買収には絶好の時期。

県は、中国を普通の資本主義国と勘違いして、太田元知事の時代に中国の不動産に投資してそっくり騙し取られた先例を忘れてはいないはずだ。

消えた友好会館 沖縄と中国

ここにきて中国の不動産投資ファンドが沖縄の不動産を伺うとは、個人が所有する尖閣を島ごと買い上げるつもりなのか。

水は高きより低きへ流れるが、資本は利の低きところから、利の高きところへ流れる。

沖縄では米軍基地は憎むべき負の遺産として扱われているが、資本の世界では利を生む有利な投資先として大手資本が軍用地買収に動いているという。

「経済は資本主義」を標榜する中国不動産投資ファンドが、有利な投資先として米軍用地の買占めに動いたとしても不思議ではない。

そうなると赤鉢巻をした中国人グループが、米軍基地を取り囲んで「ヤンキーゴーホーム」を叫ぶのか・・・。

会議に参加した三亜鹿回頭リゾート区開発有限公司の王志民副社長は、

「県の外国資本の土地投資にどのような優遇措置を設けているか」と優遇措置に関心を示した。

これに対して、県の本永主査は、

「・・・テーマパークや博物館、資料館については税制優遇できる」と答えている。(今朝のタイムス)

ん? 優遇措置で作った中国資料館で「南京大虐殺史料展」でも開催するつもりなのか。

ソフトバンクの白犬オヤジを連れてきて、

「お前たちには、優遇措置はない!」

「売る土地も無い!」

と一喝させてほしかった。

また、陳勇・戴河庭院不動産理事長は、

「韓国の済州島は中国人観光客をノービザ(査証)受け入れている。沖縄も学んで欲しい」

白犬オヤジでは間に合わないので、

ここは北大路欣也御大に登場願って、

「沖縄は済州島ではない!」

「お前たちにノービザはない!」

と怒鳴って欲しかった。

沖縄で中国人にノービザなんてもってのほかで沖縄が中国人に乗っ取られるし、本土各地への逆流も考えられ、日本全土が不良中国人に乗っ取られてしまう。

民主党の売国奴グループも「沖縄政策」を発表したが、それとの関連性は・・・。

中国産業界が県内視察 「自治区」の視察?

しばらくは台湾、中国、沖縄(尖閣)に目が離せない。

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