狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

「従軍慰安婦」という虚構にしがみつく朝日新聞

2006-06-30 14:08:41 | 歴史
 「従軍慰安婦」という虚構にしがみつく人々が未だいたのか。

県議会で知事発言 「従軍慰安婦いない」

2006年06月28日

◇政府公式見解と矛盾

 上田清司知事は27日の県議会の一般質問の答弁で「慰安婦はいても、従軍慰安婦はいない」と発言した。従軍慰安婦問題については93年に当時の河野洋平官房長官が旧日本軍の関与を認める談話を出しており、「政府の公式見解を否定するもの」と発言の撤回を求める動きも出ている。

 上田知事は、県平和資料館(東松山市)に展示されている年表の91年の欄に「従軍慰安婦問題など日本の戦争責任論議多発」と書いてあることを挙げ、「古今東西、慰安婦はいても、従軍慰安婦はいない。民間の業者が連れて行ったりするのであって、軍そのものが連れて行ったりするわけは絶対にない」と発言した。

 さらに「自虐的な感情を抱かせることなく、真実、日本の正確な立場を学べるようにするのが大事」「こうした間違った記述は修正しなければならない」と話し、有識者で作る同資料館の運営協議会に展示内容の見直しを要請した。

 議場から「そうだ」「間違っている」と賛意と反発の声が上がり、一時騒然とした。

 従軍慰安婦問題を巡っては93年、政府が公文書や関係者を調査し、「慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたもので、旧日本軍が直接または間接に関与した」「業者が募集した場合も本人の意思に反して集められた事例が多い」と日本軍の関与を認めている。

 議会後、共産党県議団は「知事の答弁は政府の公式見解を否定するもの」との談話を発表し、発言の撤回を求めている。

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上田知事の発言は、非常に明快で判りやすい。

古今東西、慰安婦はいても、従軍慰安婦はいない。民間の業者が連れて行ったりするのであって、軍そのものが連れて行ったりするわけは絶対にない。

更に判りやすく言うと、従軍慰安婦の存在を信じる人達が言う『日本軍が人狩りをして従軍慰安婦に仕立てあげた』という説は『虚構だ』と言っただけ。

慰安婦の存在を否定したわけではない。

サンスポの記事はもっと判りやすい。

『軍が連れて行ったわけは絶対にない・古今東西、慰安婦はいても従軍慰安婦というものはいない。兵のいるところに集まってきたり、兵を追っかけて民間の業者が連れて行ったりする(サンスポ)』

「慰安婦」なんてわかり難い言葉を使うから混乱するわけで、判りやすく言えば「売春婦」が「需要」を求めて軍の追っかけをしていたと言う話。

軍に於いても「需要と供給の均衡」と言う経済法則がはたらいていたという話。

当時は日本にも生活苦で「娘の身売り」があった時代。

本人の意志に反して慰安婦にならざるを得なかった場合もあっただろう。

気の毒には思うが、だからといって『軍が人狩りした』などという虚構とは全く別問題。

「慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたもので、旧日本軍が直接または間接に関与した」「業者が募集した場合も本人の意思に反して集められた事例が多い」と朝日新聞は軍の関与を強調するが、売春業というビジネスが発生し「需要と供給の均衡」が取れていた訳だし軍の「関与」があったの当然でしょう。

資料によると、軍がお得意様だと収入は多く、定期的に軍医の検診も受けられるので軍の追っかけは割の合うビジネスだったと言う。

反日勢力にとって「日本軍が人狩りをして慰安婦にした」という『構図』は、とても衝撃的で日本を糾弾するには簡単には諦められない材料。

従軍慰安婦問題は、朝日新聞などによって大々的にキャンペーンが展開され、なかば『事実』になりかかっていたが、徐々に虚構であることがわかってきた。

しかし、この魅力的な反日材料を簡単には捨てられない。

『反日勢力』は、既に決着のついた虚構にしがみつかざるを得ないほど追い詰められたのか。



 

上田知事発言に抗議

日朝協会県連合会など

 上田清司知事が「従軍慰安婦はいなかった」などと発言した問題で、日朝協会県連合会(渡辺貢会長)などが二十八日、抗議する声明を発表した。

 同連合会の声明では「知事自身がどのような持論を持とうとも、歴史の事実は打ち消すことはできない」と指摘。謝罪の気持ちを表した一九九三年の河野洋平官房長官(当時)の談話や、二〇〇一年の小泉純一郎首相の手紙を挙げ、「歴史の事実を回避せず、日本国民自身の教訓として直視し、政府、内閣総理大臣の見解を尊重し真摯(しんし)に対処されることを望む」としている。

 在日本大韓民国青年会中央本部も同日「侵略戦争を肯定し、史実を覆い隠し、戦争被害を受けた韓国やアジアとの関係に大きな溝をつくる身勝手な史観による発言」とし、発言の撤回や謝罪などを求める声明を発表。

 また、県教職員組合も同日「知事発言は世界の平和の潮流に逆行する。日本の信頼を揺るがし、県行政への信用を失わせる」などとして発言の撤回を求めた。 (藤原正樹) 東京新聞

 虚構にしがみ付く三つの団体が名乗りをあげた。

いずれも胡散臭い。

先ず「日朝協会県連合会(渡辺貢会長)」http://www.saitamaken-npo.net/_db/050615112932.html

そして「在日本大韓民国青年会中央本部」http://seinenkai.org/

最後に控えるのが「県教職員組合」http://www16.ocn.ne.jp/~stu/
 

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思い出の歌 「リルとお富さん」

2006-06-30 12:16:13 | 音楽

最近の沖縄出身の芸能タレント活躍は目覚しいものがある。

歌手、女優、お笑い芸人とジャンルを言うだけで個人名が数人はすぐ出てくる。

ところで沖縄出身の芸能人の先がけは一体誰だろう。

仲宗根美樹? 嘉手納清美? 大空真弓? それとも沢村みつ子?

やはり南沙織かフィンガーファイブか。 何故か女性パワーが炸裂している。

だが、忘れてはいけない男性が一人いた。

渡久地政信(1916年(大正5年)10月26日 - 1998年(平成10年)9月13日)は、昭和・平成期の作曲家。

渡久地という名は沖縄ではごく普通の姓で海洋薄公園の近くに「渡久地」という港もある。

因みに渡久地と言う姓には「政」が付く名前が多く(例:政一、政彦、政功)、筆者も数人はすぐ名を思いつく。

渡久地政信は沖縄・恩納村に生まれ、少年期を奄美大島で過ごす。日本大学芸術科卒業後、1943年(昭和18年)、日本ビクターレコードより貴島正一の名で歌手デビューした。

だが、歌手を断念し1951年(昭和26年)よりキングレコード専属の作曲家に転身(後に古巣のビクターに移籍)。

以後、『上海帰りのリル』、『お富さん』、『島のブルース』など数多くのヒット曲を手掛ける。

中山晋平メロディーが日本民謡、古賀政男メロディーが朝鮮民謡、服部良一メロディーがジャズを基調としているのに対し、渡久地メロディーは生まれ育った沖縄・奄美民謡をベースにしているといわれる。

1998年9月13日、肺炎のため死去。享年81


上海帰りのリル 昭和26年
作詞:東条寿三郎
作曲:渡久地政信
唄:津村 謙

 1951(昭和26)年、津村謙が歌って大ヒットし、その声を「ビロードの声」と評されるほどのブームとなった。

昭和27年には新東宝で同名映画が作られている。主演は水島道太郎、香川京子、森繁久弥が主人公の相棒役で出演している。

当時筆者は11歳。 この歌は大ヒットでタンゴ調の前奏は今でも憶えている。

映画は確か国際通りの三越の場所にあった大宝館で上映された。

戦後まだ6、7年しか経っておらず戦前のエキゾチックな国際都市・上海から引き上げてきた人が多かった時代を反映した歌。
 
上海リルという名前は、戦前の昭和9年に公開されたワーナー映画『フットライト・パレード』の主題歌『上海リル』から採られたようだ。

『上海リル』はW・ワーレン作曲・服部龍太郎訳詞で、昭和9年に歌川幸子、10年にディック・ミネが歌ったという記録がある。

日本の敗戦とともに、大陸や南方各地に散っていた多数の日本人たちが引き揚げてた。その混乱のなかで、さまざまな生き別れや死に別れがあった。

「上海帰りのリル」は、そんな社会情勢を背景として作られたもの。

歌詞にある四馬路は上海にあった歓楽街。

「四馬路」とは四頭だての馬車が通れるほどの広い通りの繁華街という意味だという。

ちなみに「ハマのキャバレーに居た」の「ハマ」は横浜のこと。

津村謙(1923-1961)
富山出身。魚津中卒業後、上京し、作曲家の江口夜詩の門下となる。昭和18年にデビューするが、すぐに出征。戦後、古賀政男門下となり、芸名を「愛染かつら」の主人公である津村浩三と、津村役を演じたスター俳優の上原謙からそれぞれとる。「ビロードの歌声」と呼ばれて23年の「流れの旅路」がヒット。26年には「上海帰りのリル」が爆発的なヒットとなった。28年の「待ちましょう」、30年の「あなたと共に」と、寡黙な人柄でその後も着実にヒットを重ねていったが、36年11/28朝7時半、杉並区神明町の自宅車庫の車内で、意識を失っているところを母(62)に発見され、医者が呼ばれたが間もなく死亡した。午前1時頃過ぎに練馬区向山町の作曲家、麻雀をしていた吉田矢健次の家から車で帰宅、朝早い時間で妻や母を起こす訳にもいかずにエンジンヒーターをかけたまま寝込み排気ガスが車内に充満、一酸化炭素中毒になったらしい。車庫のシャッターを下ろしていて、飲酒の形跡もなかった。本名は松原正。小平霊園に眠る。 (歌手の解説は「誰か昭和を想わざる」より引用http://www.geocities.jp/showahistory/index.html)

                    *

◆戦前の国際都市・上海のエキソシズムと、リルというカタカナ名前の女性の歌から一変、日本の伝統歌舞伎から題材をとった「お富さん」が爆発的に流行ったのは昭和29年、筆者が13歳の頃。

タンゴ風のリズムの「上海帰りのリル」の後は、日本調でのお囃子入りの「お富さん」で作曲者の渡久地政信は当時としてはかなり変わり身の早い作曲家だったようだ。

後に都会ムード調のヒット曲を連発した吉田正が三浦洸一の歌で「お富さん」の二番煎じとも言うべき「弁天小僧」を作曲したのはご愛嬌だ。

が、柳の下にドジョウはいなかった。

結局その三浦洸一も後に渡久地政信の「踊子」でその地位を不動のものにする。

お 富 さ ん

作詩 山崎 正  作曲 渡久地政信 唱 春日八郎
昭和29年
春日八郎(1924-1991)
会津出身。13歳でエンジニアを志して上京、苦学の末に早稲田大学高等学院の理科に入るが、しばらくの後に東洋音楽学校に進む。昭和23年に歌手デビューするが、その後は鳴かず飛ばずで、引退を覚悟していた27年、ようやく「赤いランプの終列車」がヒットする。29年には「お富さん」がヒット。この歌舞伎をモチーフにした奇妙な歌は、元々、岡晴夫が歌う筈であったが、岡のレコード会社移籍で春日にまわってきたものであった。30年代には「別れの一本杉」「山の吊橋」などが次々にヒット。三橋美智也などとともに一世を風靡する。徹夜で飲み明かして、翌日のレコーディングを一発でOKという離れ業も行った。48年には芸術祭賞大衆芸能部門大賞を受賞。平成1年には紫綬褒章、3年には勲四等旭日小綬章を受章。競走馬を所有し、野球チームも主宰するなど趣味多彩の人だった。昭和63年から村田英雄、三橋美智也と「三人の会」で年1回のコンサートを行っていたが、平成3年の6月に入院、左大腿部腫瘍を切除、7月の「三人の会」には欠席した。9/6に中野サンプラザでのキング60周年コンサートが最後のステージ。10/22午後8時38分、肝硬変と心肺機能不全で新宿区の病院で死去。足の切断手術を本人は覚悟していたのだが、容態が急変したもの。本名は渡部実。住まいは世田谷区深沢5丁目だった。(引用は同上)
 
(続く)

 

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敵前逃亡を図った亀田パパ

2006-06-29 13:03:56 | 県知事選
予兆は6月16日の細木数子の番組に具志堅が出演した時既に見られた。
細木の「亀田興毅は強いの?」と言う問いに答えて、具志堅は「強いのか弱いのか判らん」と例のとぼけた口調で笑いを取った。
 
が、同じ世界チャンピオンでもガッツ石松や輪島功一のようにタレント活動より選手育成に熱心な具志堅が、細木の番組に出たのにはある目的があったようだ。
 
細木:「どうして強いか弱いか判らないの」。
 
具志堅:「日本人ボクサーとは戦わないから良く判らない」。
 
細木:「日本には亀田の相手になるような強いボクサーがいないからでは」。
 
具志堅:「いる! うちのジムにも強いのが・・・・」。
 
ここで話題は強引に打ち切られたが、具志堅は自分のジムの選手の挑戦を受けてくれと言う目的が達せられずに番組は終わったようだ。
 
 
今朝の琉球新報は昨日、具志堅が弟子の嘉陽宗嗣の母校・沖尚高校を訪問し、東洋太平洋ライトフライ級で初防衛した事を校長に報告したことを報じた。
 
東洋太平洋ライトフライ級王者として今月12日初防衛に成功した嘉陽宗嗣(白井・具志堅スポーツジム)。
 
具志堅会長が「沖縄独特の感性があり、スピード、切れ、鋭さが磨かれてきた。目の動きも良く、研究熱心」と期待を寄せ世界を狙わせると言う。
 
亀田興毅が狙う世界タイトルも嘉陽と同じライトフライ級
 
具志堅としては8月2日の「WBA世界ライトフライ級王者決定戦」で亀田に是非勝って貰い愛弟子嘉陽の挑戦を受けて欲しいのが本音であろう。
 
そのとき今までのように「日本人とはやらない」と逃げないように楔(くさび)を打ち込んだのが今回の具志堅発言の真意だろう。
12日の嘉陽の初防衛の時も、
亀田について、「どんどん強くなってるよ。でもまず日本人とやった方がいい。本当のところ強いか弱いか分からないんだから」と、亀田がいまだ拳を交えていない日本人選手との対戦を要求した。
 
更に「王座決定戦に勝っただけでタイトルを返上したらダメだよ。チャンピオンから取るんじゃないんだから、ちゃんと防衛戦をしないとダメ」と、戴冠後の即返上、フライ級転向にクギを刺した。
具志堅会長は「嘉陽を亀田君の初防衛戦の相手に選んでほしい。面白い試合になるよ」とまな弟子の活躍に大きな期待。
具志堅2世も「すべてをレベルアップして備えたい」と亀田との対戦を心待ちにしていた。(内外タイムスより引用)

ところが亀田パパ、金平会長の方が具志堅より一枚役者が上だったようだ。

「絶縁宣言」には次の文言を忘れなかった。

・・・今後は試合を組むなどジム同士の交流を停止する」。

これで嘉陽の挑戦を受けても、「逃げた」と言われずに拒否できる。

テレビ、スポーツ新聞等のメディア及び芸能界を味方につけた亀田親子にたてつけるものはいない。

メディアを使った合理的な「敵前逃亡宣言」だ。

流石のカンムリワシも悪代官と越後屋の敵ではなかったのか。

だが、具志堅の正論を応援する当日記のような声無き声も沢山ある。

頑張れ! 具志堅!

                        *

デイリースポーツ 2006年5月28日
 
具志堅氏は記事の内容否定せず

亀田サイドに反論した具志堅会長=後楽園ホール

 渦中の具志堅会長はこの日、所属選手の試合のセコンドに就くため後楽園ホールに姿を見せた。記事の内容に関しては否定せず、「ボクシング界のために言った。世界戦はただではできない。お金がかかるし、普通のジムではできない」と発言した。

 謝罪を求める金平会長に対しては、反発の姿勢を見せた。前日(26日)に協栄ジムのマネジャーから連絡を受けたことを明かした上で「金平会長からは何の連絡もない。金平会長が直接連絡をくれればいいこと」と要求した。

 一方でこの日は興毅に対しての“個人攻撃”はなかった。「(8月2日の)世界王座決定戦は90%の確率で亀田が勝つと思う。彼にはスター性がある」と、元世界王者としての立場から興毅の王座奪取に太鼓判を押した。

 

デイリースポーツ 2006年6月12日

嘉陽が“興毅の刺客”に名乗り

 ボクシング東洋太平洋ライトフライ級タイトルマッチ12回戦(12日・後楽園ホール)、“カンムリワシ2世”が、亀田興毅(協栄)の刺客に名乗りを上げた。東洋太平洋L・フライ級王者の嘉陽宗嗣(白井・具志堅S)は、挑戦者で同級7位のファーカノーン・シンドンタイ(タイ)に2回KO勝ちして初防衛に成功。計量で200グラムオーバーが発覚し調整に失敗した挑戦者に対して、肉体改造でパワーアップした王者は3年前にKOを逃した相手に落とし前をつけた。

 初回に右目上をカットするハンディも克服。2回に右のカウンターで倒すと、8月2日にファン・ランダエタ(ベネズエラ)とWBA世界ライトフライ級王座決定戦を行う亀田にラブコール。

 「同じ階級で追い求めるものも同じ。勝ってもらってチャンスがくればバンといきたい」と対決宣言を行った。具志堅用高会長も「亀田が王者になる確率は高い。初防衛は受けてほしい。日本人とやらなきゃダメ」と、23歳のまな弟子にバックアップを約束した。

 

【格闘技】
カンムリワシ、亀田興毅に2大要求

 カンムリワシが吠えた! WBA世界ライトフライ級を13度防衛した白井・具志堅ジムの”カンムリワシ”具志堅会長が12日、WBA世界同級王座決定戦(8・2横浜アリーナ)を目前に控える亀田興毅(協栄)に言及。”浪速の闘拳”に2つの注目を突きつけた。
 12日、後楽園ホールでは”具志堅2世”といわれる東洋太平洋ライトフライ級王者、嘉陽宗嗣がファーカノーン・シンドンタイ(タイ)を2回KOで下し、初防衛に成功。亀田が世界奪取した際には、自らを初防衛戦の相手に選ぶよう熱望した。
 嘉陽以上に熱弁を振るったのが具志堅会長だった。今をときめく浪速の闘拳について、「どんどん強くなってるよ。でもまず日本人とやった方がいい。本当のところ強いか弱いか分からないんだから」と、亀田がいまだ拳を交えていない日本人選手との対戦を要求したのである。
 さらには亀田が3階級制覇を公言している点に着目し、「王座決定戦に勝っただけでタイトルを返上したらダメだよ。チャンピオンから取るんじゃないんだから、ちゃんと防衛戦をしないとダメ」と、戴冠後の即返上、フライ級転向にクギを刺した。
 亀田にしてみれば、「またか…」とタメ息が出るような話に違いないが、世界V13の金字塔を打ち立てたライトフライ級の大先輩の言葉だけに、重みはあるだろう。
 日本人対決、ライトフライ級の世界ランカーとくれば適格者はまさに嘉陽しかいない。具志堅会長は「嘉陽を亀田君の初防衛戦の相手に選んでほしい。面白い試合になるよ」とまな弟子の活躍に大きな期待。具志堅2世も「すべてをレベルアップして備えたい」と闘拳との対戦を心待ちにしていた。
(写真=具志堅会長㊨は注目の亀田の対戦相手に嘉陽を推薦)
(内外タイムス 6月13日)

 
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具志堅 亀田の場外バトル

2006-06-29 07:28:27 | 県知事選

 当日記は過去に再三亀田親子の行き過ぎたパフォーマンスに苦言を呈してきた。(下記参照)

亀田興毅への手紙http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/7225fd4b76b0c7365389c4a
88ff4286a

再び亀田興毅についてhttp://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/b90616182a2a34a32c13ab6
ec56cf4c4

再々・亀田興毅 亀田パパへの手紙http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/59a17c3cf7cb33ff496e44b
0221afc73

沖縄の、いや、いや日本ボクシング界の英雄具志堅用高がたまりかねて熱い忠告を送った。

亀田パパと金平会長に忠告するものは今や誰もいないと書いたが、具志堅氏が敢えてこの火中の栗拾いをした。

聞く耳を持たない亀田パパと金平会長がブチキレて謝罪要求。

これに具志堅も応酬。

思わぬ場外バトルが始まった。

どうでもいいが亀田パパと金平会長の怒りのツーショットは「悪代官と越後屋」もビックリの見事な悪役振り。仕事をやめても時代劇の悪役で使ってもらえるよ。

                    ◇

スポーツニッポン 2006年6月28日

ボクシング:興毅批判許さん 協栄ジム、具志堅ジムと絶縁
具志堅氏への怒りを爆発させる亀田史郎氏(左)と金平会長=スポニチ提供

 人気者の亀田を巡って、とんだ騒動がぼっ発した。協栄ジムの金平桂一郎会長(40)が27日、東京・大久保の同ジムで会見し、元WBA世界ライトフライ級王者で東日本ボクシング協会副会長の具志堅用高氏(51=白井・具志堅ジム会長)に対する怒りを爆発させた。これまで同氏は亀田興毅(19=協栄)の実力を疑問視する発言を繰り返しており、金平会長は同氏のジムとの対戦を拒否する絶縁宣言まで口にした。

 会見には金平会長と亀田のトレーナーの父・史郎さん(41)が出席。冒頭に26日付の毎日新聞に掲載された「亀田3兄弟ブーム・安易な世界戦に懸念」と見出しのついた記事のコピーが配布された。金平会長は「(具志堅会長が)お金の力で世界戦ができたようなことを言っている。事実関係が違うし、8月2日に世界戦が決まっている中で配慮がなさ過ぎる」と怒りをあらわにした。

 具志堅会長は協栄ジムの看板選手として国内最多の13回の連続防衛記録を打ち立てた偉大な世界王者。くしくも興毅が挑戦しようとしているタイトルの保持者でもあった。具志堅会長が94年にジムを開いてからはお互いのジム同士でマッチメークもしていたが、金平会長は「(亀田批判について)説明がない限り、交流を停止させていただく」と絶縁を宣言。史郎さんも「何にも分からん外野の人ならまだしも、ボクシング界の関係者が言うのは話にならん。今は興毅の世界戦に向けてみんなが盛り上げていかないかん時とちゃうか」と憤りを隠さなかった。

 これに対し、具志堅会長は東京・後楽園ホールで行われた興行に姿を見せ「金平会長からなんら言われる筋合いはない。オレは一般的な考えを言っただけ」と反論。同会長の発言に不快感をにじませた。両者の対立は深まる様相を見せているが、当の亀田は「何も言いたいことない。オレ、ボクシングしてんねん」とさらりと受け流した。思わぬところで火を噴いた場外戦にも無関心を装っていた。

 ≪両者亀裂の経緯≫具志堅氏はこれまで新聞や専門誌、テレビなどを通じて亀田の実力を疑問視する発言を繰り返してきた。26日付の毎日新聞では「元ボクサーや現役選手で本当に強いと思っている人がどれだけいるか」「金をかければ簡単に世界挑戦できるのか。WBAライトフライ級王座はかつて僕が持っていたタイトルだけど、彼と一緒にされたら困る」と持論を展開。会見でのメンチ切りや大毅の歌のパフォーマンスについても「やっていいことと悪いことがある」と苦言を呈していた。

 ≪世界戦に集中「絶好調や」≫興毅が第1次スパーリングを打ち上げた。20日からこの日までにフィリピン人の3選手を相手に計52回を消化。24日には過去最長となる12回をこなしたことを明かし「スタミナもパンチ力も最後まで落ちんかった。365日、絶好調や。世界戦の時にはメーターが振りきれとるな」と好調をアピールした。7月6日から第2次スパーに突入。今回と合計で過去最多の100回を予定している。


 

                    ◇

それで金平会長と亀田パパがブチキレた具志堅発言とは?

場外バトルの発端となった具志堅発言だが、ごくまともな事を言っているともうがね。

痛いところを突かれたので怒っているのでは?

                    * 

毎日新聞 2006年6月26日 東京朝刊

闘論: 亀田3兄弟ブーム 具志堅用高氏 

  世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級2位の亀田興毅(19)と大毅(17)、和毅(14)の「亀田3兄弟」が人気だ。長男は8月、世界タイトルに初挑戦する。将来への期待が高まる一方、過度なパフォーマンスなどへの批判もある。亀田ブームについて、彼らの実力について聞いた。【構成・来住哲司】(題字は書家・貞政少登氏)

 ◇安易な世界戦に懸念 経験不足でもろさも--東日本ボクシング協会副会長・具志堅用高氏

具志堅用高氏=手塚耕一郎写す

 亀田興毅君のここ何試合かは、内容は悪い。パンチできっちり倒したのではなく、相手が棄権したり、ローブローだったり、レフェリーが止めたり。ボクシングを普段見ない人は、KO(TKO)で勝ったら「強いのね」と思ってしまうけど、我々元ボクサーや現役選手で、彼を本当に強いと思っている人がどれだけいるだろうか。

 弱い外国人とばかり対戦しているのに、日本や東洋太平洋のランキングに押し込んだ日本ボクシングコミッション(JBC)にも問題がある。日本選手と戦わず、本来のフライ級はWBA、WBC(世界ボクシング評議会)とも王者が強いこともあり、1階級下げて空位の王座決定戦に出る。金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか。ボクシングの歴史から見たら、この現状は何だ。今度挑戦するWBAライトフライ級王座はかつて僕が持っていたタイトルだけど、彼と一緒にされたら困る。

 僕は亀田君のために厳しいことを言っている。彼は強くなる要素を持っている。体格はいいし、スタミナとパワーがある。スター性もある。だが、技術面はまだまだ。パンチを打つ順番が間違っていて、もろいところがいっぱいある。判定でも内容のいい試合はあるし、強い選手とやって負けたっていいじゃないか。経験を積んで強くなる。でも、テレビ視聴率のためには、そうはいかないのだろう。

 みんなに愛される選手になってほしい。今はチヤホヤされても、引退後はどうなるのか。会見や計量で相手をにらみつけたり、挑発するような言動は慎むべきだ。ボクシングは選手が命がけで戦う素晴らしいスポーツ。ボクサーはリングの外では紳士であるべきで、やっていいことと悪いことがある。協栄ジムは教育すべきだ。二男は試合後にリング上で歌うけど、僕がJBCにやめさせるよう求めたら「テレビ局の意向だから」。特別扱いせず、やめさせないといけない。

 3兄弟とも父親を尊敬している。今の若者にしては珍しいし、素晴らしいこと。彼らの人気はボクシング界にとってプラスだ。だが、このまま相手を選びながら内容の悪い試合を続けていたら、いつか人気は冷める。人間性を磨き、試合内容が良くなれば、亀田3兄弟ブームは続くと思う。

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 ■人物略歴

 ◇ぐしけん・ようこう

 76~81年にWBAライトフライ級王座を13回防衛。白井・具志堅ジム会長。51歳。


毎日新聞 2006年6月26日 東京朝刊

                   ◇

毎日新聞 2006年6月28日 3時00分

ボクシング:協栄ジム会長が具志堅氏に反論 亀田3兄弟で

 世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級2位、亀田興毅(19)が所属する協栄ジムの金平桂一郎会長は27日、記者会見。具志堅用高・東日本ボクシング協会副会長(白井・具志堅ジム会長)が毎日新聞紙上で亀田や協栄ジムに批判的見解を述べたことについて反論し、「具志堅氏から謝罪がない限り、今後は試合を組むなどジム同士の交流を停止する」と発表した。

 具志堅氏は26日朝刊の「闘論・亀田3兄弟ブーム」で「金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」「(亀田は)もろいところがいっぱいある」と指摘。これらの部分について金平会長は「事実誤認があるうえ、協会の要職にある人間が言うべき内容ではない」と非難した。会見に同席した亀田の父史郎トレーナーも「協栄ジムのOB(具志堅氏)が足を引っ張るようなことをしてどうするのだ」と抗議の意を表した。

 これに対し、具志堅氏は「協栄ジムから言われることではない。一般のファンが思っていることを言っただけ。ボクシング界のことを考えて発言した」と反論している。【来住哲司】


 

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中国のミサイルはОK! 迎撃は許さない

2006-06-28 06:46:24 | 普天間移設

 

「中国の改良型短距離ミサイル、沖縄も射程内に」。

これは4年前の2002年7月16日、琉球新報が中国のミサイルについて報じた記事の見出しである。

そして、同じ琉球新報の反応が次の過激な書き出しを含む26日の社説である。

「中国にミサイルを向けようものなら、・・・(略)・・・県民が許すまい。」

テポドン騒動はもう日本のメディアでは忘れ去られつつあるが、太陽政策で北朝鮮には優しい韓国でさえ今回のテポドン騒動に対しては、当然のことながら厳しい態度だ。

韓国・青瓦台(大統領府)の宋旻淳・統一外交安保政策室長は26日、青瓦台ホームページ上で、北朝鮮による長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射準備とみられる動きについて「もし発射を強行すれば政府は応分の措置をとる」と強調した。

更に宋氏は米政府と同問題で緊密に連携していることも力説した。
 
韓国・連合ニュースによると、韓国政府当局者は26日、北朝鮮のミサイル問題に関連し「・・・・依然として最悪の状態に備えて準備している」と述べた。
 
このような状況下に沖縄メディアは、火元の北朝鮮には黙して何も語らず、それに対応をする日米に激しく抗議する
 
いわく「迎撃ミサイルというが、いったいどの国の攻撃から何を守ろうというのか。何もない所にミサイルは飛んでこない」。(琉球新報・コラム 2006年6月26日)
 
4年前に下記の記事を書いたのは同じ琉球新報ではなかったのか。(琉球新報2002年7月16日記事)
 
北朝鮮のテポドンのみならず、中国のミサイル約400基沖縄に照準を合わせているのを報道したのは琉球新報では無かったか。
 
約400基ものミサイルの照準を当てられても中国様には一言の抗議も無く、万が一の場合の準備をすれば「県民が許さん」と声高に叫ぶ。
 
この場合の「県民」とは一握りの「脱清人」なのか。
 
脱清人とは明治期の廃藩置県の時、当時の清に助けを求め清に亡命した一握りの反日インテリ達の事でその殆どが渡来中国人であった。
 
時は移っても、琉球新報は一握りの「脱清人」に乗っ取られてしまっているのか。
 
そもそも琉球新報はどこの国の新聞なのか。
 
現代の「脱清人」は地元メディア、大学、教育現場等で、形を変えながら「反日、親中」を叫んでいる。
 
 
 琉球新報 社説

パトリオット配備・対中戦略の拠点にするな

 在日米軍再編の最終報告から2カ月とたたないが、日米の軍事的「一体化」が加速している。嘉手納基地に米軍の地対空誘導弾パトリオット・ミサイル(PAC3)24基が配備されることが明らかになり、その思いを強くする。
 「慰霊の日」で沖縄戦の体験継承、恒久平和を誓い合う県民をあざ笑うかのようなタイミングだ。無神経さにあきれるが、沖縄が軍事的「一体化」の拠点として想定されていることは間違いない。
 防衛庁には米軍と同じPAC3を導入する予定がある。2006年末から順次、国内の高射隊に導入していく計画だ。沖縄の航空自衛隊基地に配備中の旧型PAC2が改良型に更新される可能性は高く、そうなれば共同訓練も恒常化することになるだろう。
 嘉手納基地へのパトリオットの大量配備は、再編後の在日米軍が「対中国シフト」であったことを鮮明にした。米国は北朝鮮のミサイル発射準備問題などを巧みに利用した形だ。
 
PAC3は、米陸軍が開発し、湾岸戦争時に注目されたPAC2の改良型で、地上から発射して弾道ミサイルの着弾直前に撃墜する高精度で知られる。
 一方、中国も空軍が既に、高度数千メートル以上に位置する敵側偵察機を攻撃することが可能な地対空誘導弾を配備するなど、防空能力を高めているという。
 いずれもきな臭い動きだ。米中のミサイル攻防に、沖縄が巻き込まれたのではたまらない。先の大戦で要塞(ようさい)とされ、惨劇の島と化したことを県民は忘れていない。
 沖縄には中国と親密に交流してきた歴史がある。首相の靖国参拝問題などで日中に溝ができても、沖縄と中国は友好関係が続いている。その中国にミサイルを向けようものなら、沖縄も「敵対地域」とみなされ、攻撃目標とされる懸念すら出てこよう。
沖縄を対中戦略の拠点とすることは、政府が認めても、県民が許すまい。
 米軍は本年度末までのパトリオット配備に向け、今月末から段階的に陸軍兵員約600人を嘉手納基地に配置する。兵員の家族を含めると1500人が新たに沖縄に駐留することになる。部隊が増強されれば基地被害が増え、住民にのしかかる。嘉手納基地周辺の自治体が「負担軽減に逆行する」と一斉に反発したのは当然だ。
 海兵隊の実戦部隊は沖縄に残るし、緊急時にはグアム移転組も前面に出てくる。北部に普天間飛行場代替基地を建設し、中部の嘉手納基地には陸軍の精鋭部隊―。そんな勝手がまかり通るのか。
 「抑止力」と言いながら、突然「殺りくの拠点」と化すのが軍事基地である。日米の暴走を許さない監視と行動が求められる。

(6/26 9:52)

 ◆琉球新報 
金口木舌
 嘉手納基地にパトリオット・ミサイルが配備されるという。24基、兵員600人の規模の大きさに、近隣の住民として肌があわ立つような恐怖を覚える
▼湾岸戦争で見たミサイル発射の映像をまざまざと思い出す。迎撃ミサイルというが、いったいどの国の攻撃から何を守ろうというのか。何もない所にミサイルは飛んでこない。嘉手納基地への攻撃を想定した配備と見て間違いあるまい
パトリオット配備は日米共同の弾道ミサイル防衛の一環ともいわれる。高精度レーダーを備えたイージス艦とミサイルで、敵の弾道弾を迎撃する防衛システムの触れ込みだ
▼イージスはギリシャ神話の「万能の盾」。パトリオットは英語で「愛国者」を意味する。万能の盾と愛国の心で、敵の攻撃から国を守ると読み解けば聞こえはいい
▼去る大戦で沖縄は本土防衛の盾として全島要塞(ようさい)の基地の島となり、それ故に県民は戦闘に巻き込まれる惨禍にさらされた。軍備は住民を守らないということが沖縄戦の教訓だ
▼大規模なパトリオット配備で、米軍再編がうたった負担軽減がまやかしであったことも思い知らされた。防衛を名目にした迎撃ミサイル配備は、新たな犠牲の強要にほかならない。基地あるが故の危険との同居は御免だ。 (6/26 9:53)
 

◆沖縄ニュース - 7月16日(火)13時34分
中国の改良型短距離ミサイル、沖縄も射程内に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20020716-00000010-ryu-oki
 米国防総省が12日に発表した中国の軍事動向に関する年次報告書で、中国軍が短距離弾道ミサイルの射程距離を延ばし、在沖米軍基地までを照準に入れる改良型を開発中であることが分かった。中国軍の短距離ミサイル増強はこれまでも報じられてきたが、沖縄が照準になることを米国が認めたのは初めて。
 中国軍は、福建省永安などのミサイル基地に短距離ミサイルを配備する。1996年には50基以下だったが、現在は約350基。さらに年に50基ずつ増強していると言われる
 このうちCCS6(中国名・東風15)は射程約600キロ、CCS7(東風11)は同約300キロ。双方ともトレーラーでの運搬が可能だが、沖縄本島に最も近い浙江省沿岸に配備しても、約650キロの距離がある。このため在沖基地には届かず、台湾攻撃だけをにらむとされてきた。
 ところが報告書は「中国軍はCCS7改良型を開発中で、これは前方展開すれば沖縄を、内陸部からは台湾を攻撃することが可能」と記している。
 (1)射程距離が延びた短距離ミサイルで、中国軍が沖縄の米軍を狙えるようになること、(2)それによって中国軍の作戦の幅が広がること-の二点に国防総省が警戒を示したものだ。報告書は、配備済みかどうかには触れていない。
 報告書は、台湾海峡をめぐる中国の軍事力増強が日本とフィリピンにも脅威になっていると指摘。さらに、海峡の軍事均衡は台湾に不利と、台湾への武器売却を正当化する内容になっている。台湾海峡での軍事的緊張は、在沖米軍の戦略的重要性を高めかねない。
 過去にも、中距離ミサイルCCS5(東風21、射程約1800キロ)が日本の米軍基地を照準にしていると言われていた。しかし今回は、中国が大幅増強中の最新鋭短距離ミサイルをめぐる話で、ミサイル防衛をめぐる今後の日米防衛協力にも波及する可能性さえ含んでいる
 (ワシントン15日=本紙駐在・森暢平)(琉球新報)
 
                    ◇
 
 ★脱清人:参考「黄色戦艦がやってくる」http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/0b2c1538276a7b1f4ee482
c1c9852d79
 
≪(前略)・・・・・・
尖閣で譲歩したら中国は当然の如く次は沖縄を自国領土だと言い出してくる。

一番気にする筈の沖縄が何故かこの問題にはのんびり構えている。

地元の新聞の論調はむしろ中国を祖国と捉えているような節さえ感じられる。

昨年8月の中国メディアに登場した「沖縄の日本復帰に疑義あり」という論文に中国の本音が見え隠れする。

復帰前の米軍占領下の沖縄には「潜在主権」は祖国日本にあり、と言う考えが議論になった。

尖閣問題の次には「潜在主権は中国にあり」という議論が起きてきかねない。

明治期の「琉球処分」の折、日本人になるのを拒み中国に助けを求めて亡命した琉球人がいた。

彼等は清のシンボルカラー黄色で飾った軍艦が沖縄救援のためやって来ると、本気で信じていたという。(下記沖縄タイムスコラム参照)

彼等は「脱清人」という一握りのインテリではあったが、彼等の清を祖国と考えるDNAは現代の沖縄の一握りのインテリ達に引き継がれている


◆<2005年5月16日> 沖縄タイムス
[大弦小弦]

 黄色軍艦がやってくる…。船体に黄色の龍の文様を描き、黄龍旗を掲げる清国の南洋艦隊は黄色軍艦と呼ばれたという。知人とこの話をしていたら、黄色軍艦が沖縄を侵略すると、勘違いして話がややこしくなった▼実際は逆で、明治の琉球人にとって清国軍艦は援軍だった。武力で琉球国を併合した明治政府に対し、琉球の首脳らは清へ使者を送って救援を求めている。そして、沖縄側はその黄色軍艦を待ちわびたのだった▼一八八六(明治十九)年に大迫貞清県知事が上申した「事変準備ノ件」が残る。清が軍艦を派遣するとの報に対し、政府派遣の知事は、対策十項目を提案。政府も北洋艦隊から戦艦九隻が派遣されると情報を得て、県に指示を出した▼日清戦争時にも清国の援軍は話題になった。それから百余年が経過し、あれほど待ちわびた援軍をも敵と間違うところに今の位置があるのか。林泉忠著『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス』は当時の言葉を紹介する▼「生きて日本国の属人と為るを願はす、死して日本国の属鬼と為るを願はす」。生きても死んでも日本とは一緒にならないという激しい決意。中国で死んだ幸地朝常が李鴻章へ送った書簡に残る言葉。歴史の反転は大きかったようだ▼百余年前はともかく、少なくとも最近の銃口や占領者を忘れてはいけない。境で揺れる島だからこそ、平和の選択肢を選び取る覚悟も必要だろう。(後田多敦) ≫




 
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「ハゲず嫌い」は偏見!

2006-06-27 10:54:59 | 県知事選

とんねるずの「新・食わず嫌い王決定戦」は毎週見ている番組だ。

思わぬ人が思いがけないものが苦手、と言う意外さが面白い。

それと毎回登場する二人のゲストにに絡むとんねるズのトークが面白い。

嫌いなものを必死で美味しそうに食べるゲストをとんねるずが白状させようと追い込む。

そのトークの最中にとんねるず片方の木梨がドサクサ紛れてゲストの食べ物を食ってしまうのも愉快だが、最近カミサンにでも注意をされたのかあまりツマミ食いしなくなったのは残念。

ルールは至って簡単。

「嫌いな物を一品当てる」だけ。

「食わず嫌い」を辞書検索すると「食べたことがなく、味もわからないのに嫌いだと決め込むこと」と意味がある。

が、この他に「ある物事の真価を理解しないで、わけもなく嫌うこと」という意味もある。

結局「新・食わず嫌い王決定戦」は食べたことがあり、味もわかった上で嫌いなものなので、厳密に言えば「食わず嫌い」ではなく、「食ったことがあるが嫌い」、つまり「嫌いなもの当てゲーム」ということになる。

「食わず嫌い」に対して「ハゲず嫌い」を訴える芸人がいた。

「ハゲず嫌い」とは「ハゲたこともなく、ハゲの気持ちも判らないのに嫌いだと決め込むこと」らしい。

男がハゲを恐れるのは、ハゲたら女性にもてなくなる、と言う恐怖から来ると言う。

この芸人、現在未だ20代なのに充分にハゲ込んでいて ♪ちっちゃな頃から若ハゲでー、十五で社長と呼ばれたヨー♪、とハゲを商売道具に使っていて「ハゲラップ」というCDも発売したと言う。

で、そいつは一体誰だという答えには「ユリオカ超特Q」という変わった名前の若手。詳しくは本人のHPを見てもらおう。(ユリオカ超特Qhttp://www6.ocn.ne.jp/~ash-d/yurioka/)

本人の自白によると「ハゲてももて方に変わりは無かった」そうで、これはハゲる前からもてなかったからだとも言う。

結局、ハゲるは案ずるより易しで、全てのハゲに対する偏見は「ハゲず嫌い」の類だと言う。

因みに英語の「食わず嫌い」を検索してみると「have a prejudice (偏見)(against)食物;とある。

この伝でいくと「ハゲず嫌い」もハゲに対するいわれ無き偏見という意味で正鵠を射た表現であろう。

                  ◇

亀田兄弟が大ブレークする前、テレビワイドショーの話題を浚ったボクサーがいた。

昨年12月のSフェザー級8回戦で前代未聞の珍事が起こった。

小口雅之選手が密かに着用していたカツラが試合途中にずれまくり、リング上で相手のパンチはおでこに当たる度にかつらの接着部分がパクパク口をあけて観客にはバレバレになった事件だ。

開き直って5回からカツラを外し、邪念も消えた小口は怒とうの猛ラッシュし、力強い連打で相手の柴田選手を追い込み、見事7回TKO勝ちを飾った。

この一部始終がビデオに残っていてそれがワイドショーで放映されるや、かつらボクサーは一躍お茶の間の話題となる。

が、話はこれで終わらなかった。

かつらをかなぐり捨てた猛攻でKO負けを喫した相手ボクサー柴田選手が「途中で別人になったようで、注意が相手の頭だけに行って負けた」というのだ。

そこで件のかつらボクサー、相手の挑戦を受けて今度はリングに入る前にかつらを観客に投げ捨てて最初から「ハゲたまま」で試合をして見事KO勝ちしてしまった。

この話題に感動?したのが「ハゲず嫌い」のユリオカ超特Q。

ちゃっかり、かつらボクサーを本人のプロモーションビデオに出演してもらったと言うから、ハゲてもタダでは起きない根性だ。

ユリオカ超特Qは本日現在沖縄滞在中で、RBC(琉球放送)を中心にテレビ・ラジオに出まくるとの事。

今日は午後6時から那覇市のタワーレコードでサイン会?をするそうだ。

以上は昨晩の深夜のRBCのトーク番組から得た情報だが、この芸人顔を見なくとも話芸が秀逸でラジオで充分笑わせてくれる。

相手をしていたRBCの活舌が得意の狩俣アナウンサーも圧倒され、仕事を忘れて笑い転げていた。

どうでもいいが狩俣アナウンサーの御両親とも狼魔人の高校時代の同級生、・・沖縄は狭い!

 


 

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小泉首相、靖国参拝訴訟の最高裁判決

2006-06-26 11:48:52 | 県知事選

◆最高裁、憲法判断せず 小泉首相靖国参拝訴訟

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝は政教分離を定めた憲法に違反し、精神的苦痛を受けたとして、日韓の戦没者遺族ら278人が国と小泉首相らに損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が23日、最高裁第2小法廷であった。
 今井功裁判長は「参拝で原告らの法的利益が侵害されたとはいえない」として原告の上告を棄却した。原告敗訴の2審大阪高裁判決が確定した。参拝の公私の別や憲法判断はしなかった。
 歴代首相の靖国参拝をめぐる訴訟で最高裁判決は初めて。損害賠償請求の前提となる「被害」が否定され、同様の訴訟で今後、地・高裁が憲法判断に踏み込まない傾向が強まりそうだ。
(共同通信) - 6月23日12時22分更新

                   *

「小泉首相靖国参拝訴訟」の23日の最高裁判決に、沖縄タイムスが翌日の社説で「憲法判断すべきだった」と早速噛み付いた。

一日遅れの昨日25日の琉球新報社説も「(憲法判断しなかったことに対して)「最高裁に訴えた意味がない」と双子の兄弟のように同じ論を繰り返す。

読まなくても内容が判る地元二紙の靖国訴訟についての社説でも、二紙お揃いでは少し触れておかなきゃなるまい。

小泉首相靖国参拝訴訟に対しては、今回の最高裁判決を含めて計12回の司法判断が下されている。(「小泉首相の靖国参拝を巡る判決」参照http://www5.hokkaido-np.co.jp/motto/20051022/)

いずれも訴訟の本論の「損害賠償」では原告が敗訴しているが、法的拘束を伴わない「傍論」、・・・いわば裁判官の「独り言」、或いは「呟き」という形で、違憲判断をした例が二つあった。

そのうち未だ記憶に新しいのが昨年9月の大阪地裁の例だ。 

本論では国の勝訴にして、裁判官の捨て台詞のように個人的心情を「傍論」として呟く。

これでは国は形としては勝訴なので違憲判断に対して控訴することが出来ない。

これは2004年4月の福岡地裁の判決と全く同じ構図だ。

首相の靖国神社参拝が信教の自由を侵害していないのであれば、その理由を述べて控訴を棄却すればよい。

なぜ憲法判断にまで踏み込むのか。

国は勝訴したのだから、違憲判断については何も言えなくなってしまう。

裁判官は判決と関係しない事を言ってはいけない。

今回の最高裁判断は今までの下級二審の暴論に対しエリを正さした立派な判決だ。

沖縄タイムス、琉球新報の言うように「最高裁は無責任。逃げた」のではなくてなくて、「司法が踏み込むべきことではない」と判断したのだ

それに沖縄タイムスは「小泉首相の靖国参拝をめぐる訴訟では、これまで計十二件の地・高裁判決があった。うち二件は「違憲」とするなど、司法判断も揺れている。」という。

が12件の判決は全て原告敗訴であり、そのうち「司法が踏み込むべきことではない」と判断したのが10件。

「違憲」と傍論で呟いたのは、たった2件に過ぎない。

司法の判断が揺れていたのでは無く呟き四郎、・・ではなく、呟く裁判官が二人いただけに過ぎない。

今回の最高裁判決理由で裁判長は「人が神社に参拝する行為自体は、他人の信仰生活などに対して圧迫、干渉を加えるものではない」とした。

そのうえで、「内閣総理大臣が靖国神社を参拝した場合でも異なるものではない」と指摘した。

また、原告は首相の靖国参拝が憲法の政教分離原則に反するとして違憲の確認を求めていたが、「それ以外の点について判断するまでもない。訴えの利益がない」として憲法判断をせず、原告の違憲確認要求を却下した。

憲法学者の中には、「傍論で憲法判断を示してもよかった」という意見もある。

が、主文と関係のない傍論には法的拘束力がなく、あえて憲法判断に踏み込む必要はないという判断だ。

原告団は日韓の戦没者遺族ら278人で構成され、「小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団」と称している。

1審・大阪地裁では、傍聴席から野次が飛び、静粛な雰囲気が妨げられたこともあるという。

ほかにも、全国各地で同じような靖国訴訟が起こされており、裁判所を政治闘争の場に利用することは許されない。

話は突然それれるが、山口の母子殺害事件で、弁護士が欠席して口頭弁論開け無かった。死刑廃止論者の安田弁護士が自分の思想信条を遂行しようとするのはそれなりの意義があるだろう

だったら安田弁護士自ら国政に立候補して立法府入りをして「死刑廃止」の立法を実現すればよいことで、裁判所を死刑廃止論実現の為の闘争の場にしてはいけない。

同じように最高裁の判決が気に入らなければ選挙と言う手段がある。

自分が気に入らない人物は落選させれば済むことで、裁判所を政争の場所にすべきではない。

沖縄タイムスも琉球新報も原告団については敢えて詳しく触れずに「日韓の戦没者遺族ら」(タイムス)とか「原告側」(新報)とかその実体を明らかにしていない。

一連の小泉首相靖国参拝訴訟の原告団の実体をを見ればこれが「政治闘争を司法の場にもちこんだ」ということは一目瞭然だろう。

原告団:小泉首相靖国参拝違憲アジア訴訟団http://www005.upp.so-net.ne.jp/noyasukuni/

                   ◇

◆沖縄タイムス 社説(2006年6月24日朝刊)

[靖国最高裁判決]

憲法判断すべきだった

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝に対し、日韓の戦没者遺族らが損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第二小法廷は上告を棄却し、原告敗訴が確定した。
 歴代首相の靖国参拝をめぐる訴訟に最高裁が判断を示したのは初めてだが、参拝の公私の別や、憲法判断は示さなかった。

 「憲法の番人」たる最高裁が、憲法判断に踏み込まなかったのは残念だ。各地で起こされている同様な訴訟で、地裁と高裁が憲法判断を回避する傾向がさらに強まることが懸念される。

 今回の訴訟は二〇〇一年八月十三日の参拝を対象にしている。首相は公用車を使い、秘書官らを伴って靖国神社に赴き、「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した。

 判決理由で今井功裁判長は「人が神社に参拝する行為自体は、他人の信仰生活に圧迫・干渉を加える性質のものではない」との見解を示し、損害賠償を否定する根拠とした。

 しかし、参拝したのは一国の総理である。その行為が及ぼす影響は一般的な「人」とは違うはずだ。

 判決は四裁判官の一致した意見としているが、一人は「当該行為が過度にわたった場合、初めて法的保護を求めうる」と補足意見を述べている。

 今の訴訟形態で、靖国参拝など国の行為について司法判断を仰ぐには、損害賠償請求の形で訴えを起こすしかない。政教分離の原則について、市民が司法の場で国と争うための足掛かりである。

 ただ、原告らが本当に求めているのは、損害賠償よりも違憲か合憲かの判断であろう。裁判官は、損害があったか否かの判断に逃げず、本質論に踏み込むべきだ。

 小泉首相の靖国参拝をめぐる訴訟では、これまで計十二件の地・高裁判決があった。うち二件は「違憲」とするなど、司法判断も揺れている。

 毎年一回のペースで参拝し、周辺国との政治的あつれきを生むような行為に対しては、きっちり最高裁が憲法判断を示してほしかった。

 
 ◆琉球新報 社説 2006年6月725日

首相・靖国参拝訴訟/最高裁に訴えた意味がない

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝が政教分離を定めた憲法に違反するかどうかを問う訴訟の上告審で、最高裁は「参拝で原告らの法的利益が侵害されたとはいえない」として原告側の上告を棄却した。
 歴代首相の靖国参拝をめぐる訴訟の最高裁判決は、今回が初めてであり、判断が注目された。だが最高裁は首相参拝の公私に触れなかったばかりか、合憲か違憲かの憲法判断を示さなかった。
 「憲法の番人」が憲法判断を避けたのは残念だ。同様の裁判で地裁と高裁がこれを踏襲することが予想され、政教分離について市民が国の姿勢を追及する手段は、一段と狭まるのではないかと心配する声は根強い。
 判決後、原告らは憲法判断に踏み込んだ裁判所では違憲と判断された例を引き合いにして「それでも首相は参拝する。それをとどめる責任は司法にあり、毅然(きぜん)とした態度を取るべきなのに、最高裁は無責任。逃げた」と批判した。
 首相は就任以来、年一回のペースで靖国神社に参拝している。訴訟対象となったのは2001年8月13日の参拝だ。
 その参拝に際し、首相は公用車を使い、秘書官らを伴った上で「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳している。であれば、参拝は首相としてのものだと見るのが自然ではないか。
 しかし、最高裁は違った。
 判決理由で裁判長は「人が神社に参拝する行為自体は他人の信仰生活に圧迫、干渉を加えるものではない」とした。そして「他人の参拝で宗教上の感情が害されたり不快の念を抱いたりしても直ちに賠償を求めることはできない」と判断した。
 判決で気になるのは、総理大臣の表現を避けて「人」「他人」としている点だ。
 一般の個人が参拝しても問題にならないのは当たり前である。しかし、そうではなく、首相の参拝であることに対し原告側は異議を申し立てているのだ。
 4裁判官のうち1人は「他人の行為で心の平穏を害されても、当該行為が過度にわたった場合、初めて法的措置を求めうる」と補足意見を述べた。
 「人」や「個人」の問題と片付けるだけでは、いかにも道理が合わない、国民を納得させられないと考えたのだろうか。
 そもそも、原告が損害賠償の形で訴えを起こしたのは、何らかの権利や利益が損なわれたとする以外にすべがないからだ。このような事情が全く考慮されていないのは腑(ふ)に落ちない。
 繰り返し裁判に持ち込まれる重要な問題である。最高裁は「入り口」論に逃げる姿勢を改め、きっちり憲法判断を示すべきだ。


(6/25 10:06)

 

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テポドンと沖縄メディア

2006-06-25 08:22:14 | 普天間移設

6月25日午前4時、北朝鮮軍が「暴風」(ポップン)の暗号と同時に38度線を越境、南半部への侵攻を開始した。

このことをまったく予測していなかった韓国とアメリカは大きなショックを受けた。

朝鮮半島の北緯38度線にて北朝鮮軍の砲撃が開始された。

が、30分後には約10万の兵力が38度線を突破した。

韓国では前日に陸軍庁舎落成式の宴席があり、軍幹部の登庁が遅れ指揮系統が混乱していた。

大統領への報告は、奇襲後6時間たってからであった。

しかも、T-34戦車を中核にした攻撃により、協定によって対戦車装備を持たない韓国軍は総崩れとなっていた。

・・・・・・と言ってもこれは今から56年前の今日、1950年6月25日早朝の「朝鮮戦争」勃発の状況である。

あれから半世紀以上時は流れ南北対話や太陽政策が話題になり、朝鮮戦争は既に終結した過去のものと思われがちだがこれは大きな過ちである。

国際法上は北朝鮮と米韓は依然として戦争中である。

従って国際法上では未だに「休戦」つまり戦争は継続中であり、一時戦闘を中止しているだけと言う事だ。

朝鮮戦争は依然として継続中である。

                  ◇

嵐が吹けば雨戸を閉め、雨が降れば傘をさす。 これはごく自然な人間の防御行動。

ところが、「雨戸を閉めるから、嵐が吹くのだ」、「傘をさすから雨が降るのだ」と本末転倒の理屈を述べる人々がいる。

嵐や雨は自然の力だから人間はひたすら防御を考えるが、悪意ある人間が故意に嵐を引き起こし迷惑を撒き散らすとしたら先ず雨戸を閉めて、その迷惑な人に「止めなさい」と言うのが正常な判断だろう。

今回のテポドン騒動については日本のメディアもほぼ正常に判断して「やめなさい」と意見を述べた。

沖縄の地元ニ紙を除いて。

沖縄では「閉された言論空間」が今でも生きている。(「閉された言語空間ー占領軍と戦後日本」江藤淳著 文芸春秋社http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167366088/249-9080934-4878720?v=glance&n=465392

 

◆「テポドン騒動」は一方的に北朝鮮が仕掛けて来たものであり、北朝鮮のどんな言い訳も通用しない。

これだけ世界の世論が非難する中、仮にテポドン発射を強硬すればどのような対抗手段をとられても文句は無いはずだ。

日本のメディアが「北朝鮮はテポドン発射をやめよ(日経社説 6/19)」、とか「テポドン2号 挑発行為をただちにやめよ(毎日社説 6/20)」と北朝鮮に厳しいのも当然だ。

非は一方的に北朝鮮にあるのだ

北の無謀な行為を止めるように言うのが当然であろう。

が、沖縄のメディアに関してはこの常識が通用しない。

辛うじて琉球新報が6月23日の社説で「テポドン発射準備・力任せで関係改善はない」と初めてこの問題に触れた。

社説の前段から中段にかけては流石に北朝鮮の方を持つわけにはいかず極めて常識的な意見を述べているが、文末の結論になってくるとどうしても「地」がでてしまう。

≪しかし、六カ国協議が機能不全に陥っている中で、これを真に受けると北朝鮮は考えているのだろうか。打ち上げに使われるミサイル自体を、日米は脅威としてとらえているのだ。イランの核問題と同様、やはり説得力を欠いていると言わざるを得ない。≫

ここまでは未だまともだが、最後がいけない。

 ≪米政権は、制裁措置を駆使しながら金正日体制を封じ込める強硬路線を敷くとみられる。だが、対話の道筋を放棄するのが賢明な策とは思えない。六カ国協議の枠組みが完全に空中分解する事態だけは避けねばなるまい。
 国際関係の打開を力だけに頼ることの無意味さは、イラク情勢を見れば明らかだ。日米韓に中国などを加えた関係国は、冷静な対応を求められていることを再確認してほしい。≫

最後は、一方的に愚かな行為を行おうとする北朝鮮を批判せず、「愚挙は止めろ」と説得する日米韓に「力に頼るのは無意味。冷静な対応を求める」と本末転倒なご意見を披露している。

力に頼るのは無意味。冷静な対応を求める」と声高に叫ぶ相手が違うのではないか。

それでも琉球新報は未だいいほうだ。

沖縄タイムスとなると、この新聞は既に北の工作員に乗っ取られているのでは無いかという疑念さえ持ってしまう。

沖縄タイムスは「テポドン騒動」には全く無視を決め込んでいたが、テポドンに対する迎撃ミサイル「パトリオリット」の沖縄配備のニュースが入ると同時に反対の論陣を張った。(6月23日社説)

北朝鮮と日米同盟は現在話し合いが途絶えている。

この事実上の戦争状態にある現実には故意に目を瞑り、北朝鮮の立場で日米両国を批判する。

話し合いの席に出てこないの北朝鮮の方だ。

≪日米が検討しているミサイル防衛システム(MD)はまず、敵国から発射されたミサイルをイージス艦に搭載されたスタンダード・ミサイルで大気圏外で打ち落とす仕組みだ。それに失敗した場合にPAC3を発射して大気圏内で迎撃することになる。≫

忠告を無視してミサイルを撃ってくるおそれのある相手は北朝鮮だろう。

だとすればこれを防御する手段を考えるのは国の責任だろう。

が、沖縄タイムスの求める平和は所謂「奴隷の平和」(田英夫の非武装防衛論)、のようだ。
(「テポドンで日本の安全保障を考える」http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/306bf574ff56a765d56e
7b49ab3426f8
)

後段は沖縄タイムスの「非武装平和論」が炸裂する。

 ≪嘉手納基地への配備は、北朝鮮が発射準備している長距離弾道ミサイル「テポドン2号」や中国の弾道ミサイルの脅威への抑止が目的というが、要は同基地が標的になる恐れがあるからだろう。そうでなければ沖縄に配備する必然性はないはずだ。

 政府は「なぜ嘉手納にか」という県民の疑問にきちんと答えてもらいたい。

 沖縄市、北谷、嘉手納両町の三首長は「米軍再編に名を借りた基地強化だ」と怒りを表明している。≫

沖縄タイムスも抗議する相手を間違えているのか、それとも既に北の将軍様に玉を握られてしまって北に向かっては何も言えなくなってしまっているのか。

北朝鮮は「平和目的の人工衛星を打ち上げて何が悪い」と開き直るかもしれない。

だが、事前通告をせずミサイルの推進装置で打ち上げれば国際社会はミサイル発射とみる。

制止を無視すれば、北東アジアの平和と安定を大きく揺るがすのは確実だ。

それによってもたらされる事態の責任のすべてが北朝鮮にあることは言うまでもない。

挑発の最大の狙いは米国を揺さぶることにあるといわれている。

ブッシュは北朝鮮への金融制裁として、米国の銀行に北朝鮮が口座を持つマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」との取引を禁じた。

これに北朝鮮が反発し、核開発をめぐる6カ国協議への出席を拒否している。

金融制裁によって北朝鮮通貨の対ドル交換レートの下落が加速するなど打撃を受けている。

制裁見直しを求めテポドンで揺さぶりをかけているというのがアメリカの見方だ。

だが、そもそも米国が金融制裁に踏み切ったのは、北朝鮮が偽ドル製造に絡むマネーロンダリング(資金洗浄)をBDAで行っていたとの疑惑があったからだ。

国際常識に反する行為は偽ドル製造だけでない。

覚せい剤の製造、密輸では日本が闇取引の舞台とされている。

北朝鮮の主要産業は偽ドル製造、密輸、麻薬それに人攫(さら)い。

まだある、テポドンによる恐喝、ゆすりたかりだ。

まず、態度を改めるべきは北朝鮮の方だと言うことは明々白々だ。

北に向かって何もいえない沖縄のメディアは北朝鮮と同じ孤立化への道を辿るだろう。

仮に、ミサイル発射に踏み切れば、日朝平壌宣言や米朝合意、さらには6カ国協議の共同声明の精神に背を向けることになる。

北朝鮮が国際社会の中で一層孤立するのは確実だ。

麻生太郎外相とシーファー駐日米大使の会談では、発射すれば「断固たる措置」をとることで一致した。

具体的には北朝鮮制裁のための国連安全保障理事会の開催を求めることになるはずだ。

日本は外国為替・外国貿易法に基づく送金、貿易の停止や特定船舶入港禁止法で「万景峰号」の入港拒否を検討することになる。

北朝鮮に融和政策をとる韓国の盧武鉉(ノムヒョン)政権は困惑しているに違いない。

盧大統領には独自のパイプで自制を強く働きかけてもらいたい。

中国も発射を封じる影響力を発揮してほしい。

日本海に海上自衛隊のイージス艦が出動した。

在日米軍の電子偵察機も朝鮮半島周辺であわただしく偵察飛行を繰り返している。

狂気の行動に走ろうとする隣国の暴挙に備えるのは国の義務だ。

沖縄タイムスも日本の新聞であるならテポドン騒動を契機に、国の安全保障ををじっくり考えて見たらどうだろう。


                   ◇

◆沖縄タイムス 社説(2006年6月22日朝刊)

[PAC3配備]

負担軽減は掛け声だけか

 地元がどう反対しようが、「負担軽減の原則に反する」と怒りを示そうが意に介さないということか。
 在日米軍再編に伴う日米の政府間協議で、米側が年内にも最新鋭の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の嘉手納基地配備を伝えたという。

 嘉手納基地では自衛隊との共同訓練も最終報告で合意されている。加えてPAC3が配備されれば、周辺住民に新たな負担を強いるのは必至だ。

 しかも常駐している電子偵察機RC135による情報収集機能と連動させる狙いがあるという。これでは政府が言う負担軽減に逆行し、基地機能を強化する動きにしか受け取れない。

 嘉手納基地では夜間、早朝に戦闘機の離着陸音やエンジン調整で一〇〇デシベル以上(電車通過時の線路脇の騒音相当)の騒音が続くことが多い。

 午後十時から翌朝六時までの騒音防止協定さえ守られず、周辺住民の平穏な暮らしは脅かされたままだ。

 「現在ですら基地周辺住民は米軍の訓練に恐怖を抱いている。これ以上戦争に結び付く、住民の不安を増幅する兵器の配備は許されない」(田仲康榮嘉手納町議会議員)という切実な声を政府はどう考えているのか。

 地域にとって我慢の限界は既に超えている。静かな暮らしを求める住民にこれ以上の負担を強いてはなるまい。

 日米が検討しているミサイル防衛システム(MD)はまず、敵国から発射されたミサイルをイージス艦に搭載されたスタンダード・ミサイルで大気圏外で打ち落とす仕組みだ。それに失敗した場合にPAC3を発射して大気圏内で迎撃することになる。

 嘉手納基地への配備は、北朝鮮が発射準備している長距離弾道ミサイル「テポドン2号」や中国の弾道ミサイルの脅威への抑止が目的というが、要は同基地が標的になる恐れがあるからだろう。そうでなければ沖縄に配備する必然性はないはずだ。

 政府は「なぜ嘉手納にか」という県民の疑問にきちんと答えてもらいたい。

 沖縄市、北谷、嘉手納両町の三首長は「米軍再編に名を借りた基地強化だ」と怒りを表明している。

 府本禮司県基地防災統括監の「政府は日本の国防をどうするのかということを国民、県民にきっちりと説明した上で協議を進めるべきだ」との発言も的を射ている。

 普天間飛行場の危険性除去を先送りした上に、きちんとした議論もないまま新たな負担を強いる政府に不信感は募るばかりだ。日米両政府は、県民との負担軽減の約束を掛け声倒れにしてはならない。

 

◆琉球新報 社説

テポドン発射準備・力任せで関係改善はない

 北朝鮮をめぐる情勢がにわかに緊迫の度合いを強めている。
 北朝鮮は、今年に入って人工衛星の発射に備えた動きを加速させていることが分かった。科学者を動員し、軌道の設定や計算作業に着手したと伝えられている。
 通常だと人工衛星を打ち上げるだけならば、過剰に騒ぎだてる必要はない。しかし、相手が北朝鮮で、しかも人工衛星を装った長距離弾道ミサイル「テポドン2号」発射となると、緊張をもたらさずにおかない。
 これまで北朝鮮は、日米などとの関係が行き詰まる局面では、核開発やミサイル問題を表面化させる戦略を得意としてきた。いわゆる瀬戸際外交だ。今回も局面展開を狙い、「核カード」を切ったいつもの戦術とみられている。
 韓国メディアは、打ち上げに備えた北朝鮮情勢について相次いで報じた。聯合ニュースは、18日か19日にミサイルを発射する可能性が高いとの見方で日米韓当局が一致したと伝えた。
 テポドン2号は、これまでにない新タイプの多段式ミサイルとされ、米アラスカ州の一部も射程に入るといわれるだけに、米政権が挑発的な行動の自制を強く求めたのは当然だ。打ち上げについて北朝鮮は「平和目的の人工衛星」と説明するだろうとの観測がある。
 しかし、六カ国協議が機能不全に陥っている中で、これを真に受けると北朝鮮は考えているのだろうか。打ち上げに使われるミサイル自体を、日米は脅威としてとらえているのだ。イランの核問題と同様、やはり説得力を欠いていると言わざるを得ない。
 米政権は、制裁措置を駆使しながら金正日体制を封じ込める強硬路線を敷くとみられる。だが、対話の道筋を放棄するのが賢明な策とは思えない。六カ国協議の枠組みが完全に空中分解する事態だけは避けねばなるまい。
 国際関係の打開を力だけに頼ることの無意味さは、イラク情勢を見れば明らかだ。日米韓に中国などを加えた関係国は、冷静な対応を求められていることを再確認してほしい。


(6/18 9:57)

 
 

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藪を突いて蛇を出したテポドン

2006-06-24 08:15:56 | 普天間移設

  今回のテポドン騒動で今日24日現在、テポドンも飛ばない、銃弾も飛ばない、爆弾が落ちてくることもなく血の一滴も流れていない。

が、広義の戦争論で言えば北朝鮮と日米同盟は現在外交から実戦に至る「情報戦、心理戦」の真っ最中にある。

が、北にとっては、テポドン騒動で北朝鮮の「想定外」の事態が次々と起きた。

先ず日米が結束して情報を共有し合い毅然たる態度を示し北の脅しに乗らなかった。

それどころか、仮にミサイル発射がなくとも、ブッシュ政権の北朝鮮政策が強硬路線に傾くのは必至という見方が支配的になった。

ライス長官は19日、「我々は次の手段を検討している」として、日本などと北朝鮮に圧力強化を検討していることを明らかにした。

さらにライス長官は、アメリカは北朝鮮が6カ国協議の開催に背を向け、ミサイル発射準備を進める北朝鮮に譲歩する可能性が皆無であると示唆した。

ブッシュ政権内でも、今回のミサイル騒動で北朝鮮との対話を主張するクリストファー・ヒル国務次官補の立場が苦しくなった。

さらにミサイル発射があれば、北朝鮮との対話派路線は弱くなり、強硬派の対北朝鮮強硬政策の比重が増すことになる。

北朝鮮は今回の戦争でアメリカとの交渉カードであった「弾道ミサイルの発射」カードを奪い去られた。

テポドンカードを使った情報戦争・心理戦争で北朝鮮は完敗したのだ。

これは小泉ーブッシュ会談に、北朝鮮敗北という大きな花を飾ることになった。

アラスカとカリフォルニアのミサイル防衛システムが実戦モードに移行したというのは、この機会に迎撃ミサイル予算の増額をアメリカ国民にアピールしたい世論操作である。

北朝鮮のお陰でえ、迎撃ミサイルに対する日本の世論も必要と言う方向に大きく揺れた。

ただ沖縄の新聞だけは例外で、沖縄タイムスがパトリオット迎撃ミサイルには反対している。(沖縄タイムス社説http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060622.html#no_1)

ただこの新聞、日本中を巻き込んだ「テポドン騒動」で北朝鮮を一言も批判せず、「テポドンソ騒動」迎撃するのよくないと言うのか。

一体この新聞はどこの国の新聞なのか。

東西冷戦当時の進歩的文化人の「中・ソの核はきれいな核でアメリカの核は汚い核」といった思想が沖縄の新聞では未だ亡霊のように生きているようだ。 

また、重要なことは「北朝鮮のミサイル発射は人工衛星の打ち上げであっても、弾道ミサイル(軍事目的)と同じ判断をする」と、日米が歩調を合わせ北朝鮮の言い訳を封じた事だ。

日米当局は北朝鮮の弾道ミサイル発射は、99年の米朝のミサイル発射凍結、日朝平壌宣言(02年)のミサイル発射凍結、6カ国協議の共同宣言(05年9月)に違反する行為と、と国際世論に北朝鮮の異常さを繰り返した。

その結果、北朝鮮に友好的だった中国、ロシアが北朝鮮説得を約束し、国連の安保理では北朝鮮のミサイル発射の事前審議を行うという動きまで現れた。

さらに北朝鮮と国交があるオーストラリア、ニューランド、フランスなどまでが北朝鮮のミサイル発射に反対することを表明しただした。

こうして北朝鮮の弾道ミサイル打ちあげは、アメリカと日本の連携でねじ伏せられてしまった。

今回のテポドン2騒動で北朝鮮は、弾道ミサイル発射による威嚇も政治的に封じられることになった。

もともと北朝鮮の弾道ミサイルで日本はともかく、ブッシュ・アメリカを威嚇することが無理だったのである。

それが出来ると誤信して、ヤブの中にいた蛇を追い出してしまった。

結果、北朝鮮は1枚しか残っていない手持ちの”弾道ミサイル発射カード”を失った。

コメ支援中止示唆 韓国統一相「発射なら」

朝日 6月22日 朝刊

韓国の李統一相は21日、「北朝鮮がミサイルを発射すれば(コメや肥料)支援問題に影響するだろう。撃ったのに何もなかったような対応は出来ない」と述べ、北朝鮮へのコメ、肥料支援の継続は困難になるとの見方を示した。

太陽政策を続ける韓国では、政府が人道問題としてここ数年、北朝鮮にコメ、肥料をそれぞれ年間数十万トン規模で支援しており、それを中止を示唆することで北朝鮮に発射自制を促した形だ。(略)

  
 
 

 

ユーエスエーの記事

米海軍がミサイル迎撃実験 

自衛隊艦船も参加

写真

米巡洋艦シャイローから発射された迎撃ミサイル

2006.06.23
Web posted at:  13:23  JST
- AP

ホノルル(AP) 米国防総省は22日、米海軍がハワイ沖で中距離弾道ミサイルの迎撃実験を実施し、模擬弾頭を撃ち落とすことに成功したと発表した。実験には、海上自衛隊のイージス護衛艦「きりしま」が初めて参加した。 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が準備を進める長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射実験に対し、国防総省はミサイル防衛システムでの迎撃を検討しているとされるが、同省ミサイル防衛局は「実験は数カ月前から予定されていた。北朝鮮の動きとは無関係」と説明している。

実験では、イージス巡洋艦シャイローが標的となるミサイルを探知し、海上配備型迎撃ミサイル、SM3を発射。きりしまは標的の追尾訓練を行った。

米軍が海上発射型のミサイルによる迎撃実験を実施したのは8回目で、このうち7回が成功している。弾頭がロケットから切り離された後の段階で撃ち落とした実験は、これが2回目。

米軍によると、実験は当初21日に実施される予定だったが、封鎖海域に小型船が侵入したため延期された。

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◆沖縄タイムス 社説
 

社説(2006年6月22日朝刊)

[PAC3配備]

負担軽減は掛け声だけか

 地元がどう反対しようが、「負担軽減の原則に反する」と怒りを示そうが意に介さないということか。

 在日米軍再編に伴う日米の政府間協議で、米側が年内にも最新鋭の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の嘉手納基地配備を伝えたという。

 嘉手納基地では自衛隊との共同訓練も最終報告で合意されている。加えてPAC3が配備されれば、周辺住民に新たな負担を強いるのは必至だ。

 しかも常駐している電子偵察機RC135による情報収集機能と連動させる狙いがあるという。これでは政府が言う負担軽減に逆行し、基地機能を強化する動きにしか受け取れない。

 嘉手納基地では夜間、早朝に戦闘機の離着陸音やエンジン調整で一〇〇デシベル以上(電車通過時の線路脇の騒音相当)の騒音が続くことが多い。

 午後十時から翌朝六時までの騒音防止協定さえ守られず、周辺住民の平穏な暮らしは脅かされたままだ。

 「現在ですら基地周辺住民は米軍の訓練に恐怖を抱いている。これ以上戦争に結び付く、住民の不安を増幅する兵器の配備は許されない」(田仲康榮嘉手納町議会議員)という切実な声を政府はどう考えているのか。

 地域にとって我慢の限界は既に超えている。静かな暮らしを求める住民にこれ以上の負担を強いてはなるまい。

 日米が検討しているミサイル防衛システム(MD)はまず、敵国から発射されたミサイルをイージス艦に搭載されたスタンダード・ミサイルで大気圏外で打ち落とす仕組みだ。それに失敗した場合にPAC3を発射して大気圏内で迎撃することになる。

 嘉手納基地への配備は、北朝鮮が発射準備している長距離弾道ミサイル「テポドン2号」や中国の弾道ミサイルの脅威への抑止が目的というが、要は同基地が標的になる恐れがあるからだろう。そうでなければ沖縄に配備する必然性はないはずだ。

 政府は「なぜ嘉手納にか」という県民の疑問にきちんと答えてもらいたい。

 沖縄市、北谷、嘉手納両町の三首長は「米軍再編に名を借りた基地強化だ」と怒りを表明している。

 府本禮司県基地防災統括監の「政府は日本の国防をどうするのかということを国民、県民にきっちりと説明した上で協議を進めるべきだ」との発言も的を射ている。

 普天間飛行場の危険性除去を先送りした上に、きちんとした議論もないまま新たな負担を強いる政府に不信感は募るばかりだ。日米両政府は、県民との負担軽減の約束を掛け声倒れにしてはならない。

 

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反省するのはサルでもできる!

2006-06-23 09:30:33 | 県知事選

ライブドアの堀江、村上ファンドの村上に続いて、金融界の超大物日銀総裁のの登場とあって、これだけ明々白々な「インサイダー疑惑」を「庶民の金銭感覚」とか「道義的責任」とかでメディアの突っ込みが今ひとつ腰がひけている感を否めない。

「皆様のNHK」も国民がライブ中継を望んだ、昨日の、衆院の財務金融委員会を中継しなかった。

同委員会で、国民が注目する日銀の福井俊彦総裁を呼んで異例の閉会中審査を行ったのだ。

昨日だけではない。
 
福井総裁が出席した15日の参院予算委員会も生放送しなかった。  
 
ちなみに、委員会が開かれていた時間帯に流されていたのはニュースを除けば、再放送の趣味番組と、毒にも薬にもならない情報番組だった。
 
NHKと同じ特殊法人仲間である日銀のトップが野党につるしあげられている様子を国民に見せるのは忍びないと配慮した、といわれても仕方がない。

これが、無料ならとやかく言わない。

公共放送を自称し、受信料をとりにくる以上、「国民の知る権利」にこたえる番組を優先して流すのが筋だろう。

大手メディアの腰のひけた報道が目に付く一方、堀江被告が残したライブドア・ニュースが頑張って福井総裁の一問一答を報じた。

頑張れライブドア・ニュース !

 

経済総合
livedoor

「1つだけ残ってしまった…」

投資問題で反省するも辞任せず 日銀総裁一問一答
「1つだけ残ってしまった…」
東京都中央区にある日本銀行本店(資料写真:徳永裕介)
【ライブドア・ニュース 06月21日】- 「中央銀行総裁としてより慎重に判断していれば、異なる結論に至ったかもしれず、深く反省している」──。日本銀行<8301>の福井俊彦総裁は20日の緊急記者会見で、村上世彰容疑者が運用していた投資ファンド(村上ファンド)に1000万円を拠出していた問題について、繰り返し反省の弁を述べた。その一方で「日銀のコンプライアンス(法令遵守)ルール上、問題があることではない」と強気の姿勢も見せ、総裁を辞する構えは一貫して見せなかった。

 膨らんだ村上ファンドの運用益が05年末時点で1473万円に達したことを示したほか、商船三井<9104>、キッコーマン<2801>、富士通<6702>、三井不動産<8801>、新日本製鐵<5401>と日本を代表する名門企業5社の株式計3万5000株を現在まで保有していることも公表。直近の時価総額で約3400万円にのぼる安定銘柄を保有していることがわかった。

 日銀で行われた会見には、約150人の報道陣が詰めかけた。1時間20分にわたるやりとりの中で、記者が強く説明を迫る場面もあったが、福井総裁は終始淡々と答えていた。そのやりとりの一部は次の通り。

── どの部分が問題だと認識しているか。

 端的に言えば、総裁就任にあたって、民間時代のコミットメントを整理したつもりだったが、1つだけ残ってしまったということ。当初の時点では(村上世彰容疑者が事件を引き起こすことは)判断できなかったが、このようなことになった結果については深く反省している。

── 今回、政府・与党に借りを作ったことで、金融政策の独立性が揺らぐとの見方もある。今後どのように信頼回復していくか。

 政策委員会メンバーに対しては、私の行ったことについてすべて率直に話し、私の立場を十分理解をしてもらった上で、従来通り金融政策運営をしっかりやっていこうと確認した。もともと金融政策の決定、実施は政治の思惑、プレッシャーから完全に切り離されて動いている。今後もそれを守り、経済動向に忠実に前進的な政策を実施することで信頼の基礎を改めて強固にしたい。

── 国会答弁で「大した額ではない」としてきたが。

 2005年12月末に2231万円となるそれ以前は1100万円前後で推移していて、02年は特に959万円と目減りをしている。持ち分の残高が急に大きくなっているという感覚が最近までなかったのが正直なところ。04年12月から05年12月にかけて大きな残高のジャンプがある。報道を咀嚼(そしゃく)している限り、最近(村上容疑者の)当初の志が逸れた方向に行った疑念があったが、それを数字が裏付けているかもしれない。前年の数字とのギャップに驚いた。だから解約したというわけではないが、疑念を強めた材料の一つにはなっている。

── あらゆる立場から中立でなければならない中央銀行の総裁が、ひとりのファンドを立ち上げた若者に対して、支援をし続けてきたことに国民は疑念を抱いている。不適切だと思わなかったのか。

 結果的に好ましくない状況に終わっているということなので、振り返ってその点は深く反省している。村上容疑者だけを応援したわけではなく、民間に出てからは苦労して先端を切り開こうとしている多くの若者を応援してきた。彼のように突出した人は少ないが、地道に努力している若者はたくさんいる。それにお金を出しているというわけではないが。

── 05年の利益には村上ファンドがニッポン放送株、TBS株<9401>の取引で得た利益が入っている可能性がある。ニッポン放送株については、結果的に刑事事件となった利益が含まれ、総裁にリターンしているとも考えられるが。

 株取引の内訳は分からないので、勝手に推測はできない。しかし、悪いものが含まれているかもしれない。全てを私のためには使わないと決めている。

── 結果として村上容疑者に裏切られたという気持ちはあるか。

 法令違反に問われる事態は、気持ちとしては今でも想定外。私はそう簡単に人に裏切られたという気持ちにはならない。きちんと罪を償ってきれいな身になって出てきてほしい。

── 一般人が出資できない特権的なファンドにお金を出すことは、日銀総裁として問題はないか。

 (拠出したのは)民間時代のことであり、そういうファンドの存在を嗅ぎつけて無理に扉をこじ開けたといったことではない。身近な人が通産省を辞めて、独り立ちすることに、自然にそういう気持ちになった。村上容疑者から要請も受けていない。

── 元本の1000万円についても慈善団体に寄付する理由は。

 私の気持ちとしては、元々儲かるとは思っておらず、もしかしたらなくなるかもしれないというのが出発点。利益を生み出す元が正常なファンドの投資活動であれば、元本は放棄する必要なかった。何の確証も私にはないが、世の中のみなさんが不適正な投資だったのではないかと思えば、元本を戻すことは私として気持ち悪いためだ。だが、元本が汚れていたとは思わない。【了】

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サッカーは夏のスポーツではない!

2006-06-23 07:37:43 | 県知事選

やはり神風は吹かなかった。

4-1で王者ブラジルの余裕勝ち。

試合前、ブラジルの弱点はロナウドだ、と屈辱的言辞を浴びたかつてのエースは二得点で意地をみせ。

ワールドカップ最多14点得点のロナウドは、ゲルト・ミュラー(西ドイツ)に並び、勝利に花を添えた。

試合終了後、ジーコ監督がブラジル監督に何か話し掛けそれに答えるブラジル監督のえがををテレビは映した。

ジーコは向う向きで表情は読み取れなかった。

今大会唯一のゴールを決めた玉田は「自分のゴールで相手が本気になったのが表情でわかった」と試合直後のインタビューで語った。

藪をつついて大蛇を出してしまったのか。

冷静に考えれば順当な負けだろう。

世界の強豪ブラジルとの三試合まで僅かとはいえ望みを持たしてくれたジーコジャパンにご苦労さんと言ってあげたい。

少なくと試合前に予選敗退し第三試合が消化試合だったら、例え相手がブラジルでも興味半減、いや、朝起き間でしてテレビにかじりつく事は無かっただろう。

キザに聞こえるのであまり使いたくないが、こういう場合にはこれしかないだろう。

「ジーコジャパンよ、夢をありがとう」。

負けてしまえば何を言っても負け犬の遠吠えになってしまうが、クロアチア戦後、ジーコは一戦、二戦とも現地時間の午後三時と言う猛暑の中での試合を強いられたことに怒りを表したと言う。

暑さと、体力とスタミナが敵だと当日記でも述べたが、これは相手チームにも言えること。 

ジーコも負け犬の遠吠えだったのか。 いや、そうではない。

「不運にも、テレビ局の都合でこの時間にやらざるをえなかった」と、ジーコ監督がW杯の日程を批判した。

初戦の豪州戦に続き、日本での放送時間に合わせて暑いさなかの午後3時試合開始。

2試合続けてこの時間に試合したのは、ほかにトーゴなど2チームだけでジーコ監督の怒りはもっともだ。

そのトーゴも予選で敗退している。

テレビ優先がまかり通る日本のスポーツ界。

現地時間が「夏の午後三時」と言う異常な時間にニ試合も過酷な日程を強いられた日本チームの敵はまさに「暑さ、体力、スタミナ」そしてそれを強いた日本のテレビ会社だった。

ジーコ監督は「サッカーはビジネスで、選手が犠牲を払っている」とも指摘した。

サッカー通達が当然のこととして看過するソボクな疑問を虚空に吼えて、ワールドカップの悔しさに終止符を打ちたい。

「サッカーという過酷なスポーツは夏のスポーツではない」。

「少なくとも夏の午後三時にやるスポーツではない」。

                                      ◇



┏┓━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗★ ロナウド2発で通算最多タイ14得点に
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ブラジルが後半に大爆発して、鮮やかな逆転勝ちを収めた。日本に先制された
が、前半ロスタイムにFWロナウドの今大会初ゴールで同点。後半は、MFジュ
ニーニョ、DFジウベルトが立て続けにゴール。最後は再びロナウドが決めた。
ロナウドはW杯通算14得点目で、史上最多のゲルト・ミュラー(西ドイツ)に
並び「最高の気分。身体的にも技術的にも調子が上がってきた」とご満悦。
エースが目覚めた最高の展開で、決勝トーナメントに進出。27日にF組1位と
してE組2位のガーナと対戦する。


┏┓━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗★ ジーコ監督「オーストラリアの1敗が効いていた」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 日本のドイツW杯は、王者ブラジルに完敗して終わった。前半34分にFW
玉田が左足で先制ゴールを決めたが、同ロスタイムに同点に追いつかれた。後半
は防戦一方で3失点。試合終了後にMF中田英はピッチに倒れ込み、目を赤く
腫らしてしばらく立ち上がれなかった。
 ジーコ監督は「オーストラリア戦での1敗が効いていた。(1点取っても)
ブラジル相手に2点差をつけなければいけない状況だったから…。本当に悔しい
です」と振り返った。MF中村も「残念です…」と声を絞り出した後は、言葉が
続かなかった。最終順位は1分2敗の勝ち点1でF組最下位だった。


┏┓━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗★ 俊輔「課題が残る大会」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 MF中村俊輔は最後まで“らしさ”を見せられなかった。1-4の後半41分
にゴール正面25メートルのFKは、わずかに右にそれ、初戦以来の得点はなら
なかった。
 引きあげてきた中村は、現在の心境を聞かれると長い沈黙の後に「残念です」
と一言。さらに「課題が残る大会でした。相手が一枚も二枚も上だった。最初は
しのいでいたけど、ロスタイムに決められたのが痛かった」と話した。


┏┓━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┗★ 中田、試合後ピッチで横に
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 MF中田は試合後、ピッチに横になったまま動けなかった。目を真っ赤にして、
ショックの大きさをうかがわせた。
 「1回目(98年フランス大会)はW杯がどういうものか分からず、2回目
(2002年日韓大会)はホームで戦い、3回目でW杯を戦っている実感があっ
たが、こういう結果になって残念だ」と話した。


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┗★ 玉田鮮やか先制ゴールも…
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 先発に起用されたFW玉田が結果を出した。前半34分、左サイドから突破
した三都主からのスルーパスに反応して相手DFの裏に出て左足で強烈にゴール
ネットに突き刺した。王国から先制点を奪う展開に期待が高まったが、見せ場は
そこまでだった。
 試合後は「悔しいです。…それだけです」と今にも泣き出しそうな様子。
「(自分の先制ゴールで)ブラジルを本気にさせちゃったかなとも感じる。
(相手の)顔つきも変わったし。大きい舞台では1つでも勝つのは難しいという
のを実感した。(ゴールは)自信になると思うが、これで終わってはいけない。
これで成長したい」と話した。

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県民かく戦えり! 大田実少将の遺言

2006-06-22 07:41:28 | ★改定版集団自決

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事件は会議室で起こっているんじゃない!」。

「現場で起こってるんだ!」。

これは、映画「踊る大捜査線」の織田祐二扮する青島刑事の名セリフ。

本庁の幹部達が会議に明け暮れる中、事件の現場に乗り込み凶器に倒れる青島刑事の後姿と共この言葉が観客の胸を打った。

映画では特捜本部に本庁からやり手の女性本部長が送り込まれる。

彼女は青島刑事の現場主義を批判する。

そして有能な幹部が会議室から出す的確な指示・命令こそが最重要と言い放つ。

現場は余計なことを考えずその指示・命令に従えば事件は解決すると云うのだ。

言わば、現代日本のあらゆる組織が持つ、現場派と会議室派の葛藤がこの映画のテーマである。

                     *

この現場と会議室の葛藤は現代だけの問題ではない。

組織が持つ現場派と会議室派の葛藤は遠く明治の時代から、先の戦争の軍隊組織においても見られた。

62年前の沖縄戦で、現場の指揮官をしていた大田実海軍少将は、東京の会議室で現場に指令を出す海軍次官に遺言ともいえる長文の電文を送った。

レインボーブリッジの現場に立つ青島刑事と同じく満腔の怒りを込めて。

戦争は作戦室で起こっているんじゃない!」。

「現場の惨状を作戦室は知れ!」と。

今月の14日の沖縄タイムスは、戦地現場である海軍壕で自決した大田実司令官と戦没将兵4000人の慰霊式典を報じた。

太田実少将が豊見城の海軍壕で自決したのは1945年(昭和20年)6月13日。

毎年この日には遺族が集まって何故か密やかに慰霊祭が行われる。

現場の司令官や将兵の慰霊祭と言う理由で地元新聞の取り扱いは他の戦没者慰霊祭に比べて扱いが小さい。

沖縄戦で戦没した朝鮮人の慰霊碑でさえ建立して大々的に報じるのに。
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/6344846c2b9598aab
7c7271321c54283

しかも大田司令官が命を賭して東京の「会議室」に現場・沖縄の惨状、住民の命がけの協力を打電し、「県民斯く戦えり。 今後のご高配を」と結んだ事には新聞は一言も触れていない。

県民が戦争に協力したのは平和運動にはそぐわない」というのが地元メディアの大田司令官への冷遇の原因らしい。

平和学習として沖縄の戦跡を修学旅行に取り上げる学校が増えているが、沖縄戦の現場の報告を血を吐く思いで東京の会議室に報告して自決した大田司令官の終焉の地「海軍壕跡」は平和学習コースからは何故か外されている。

沖縄の戦後復興についても気にしながら自決した大田実司令官について沖縄のメディアは冷めたい。

沖縄タイムス 2006年6月14日(水) 
 
旧海軍司令部壕慰霊祭

 沖縄戦で、旧海軍司令部壕やその周辺壕などで亡くなった旧日本海軍関係者や現地招集された住民など四千余のみ霊を慰める「旧海軍司令部壕慰霊祭」(主催・沖縄観光コンベンションビューロー)が十三日、豊見城市の旧海軍司令部壕公園で開かれ、県内外から参列した約九十人の遺族らは献花や焼香をし、冥福を祈った。
 同ビューローの仲吉朝信会長は「尊い命や文化遺産が失われた悲しみは癒えない。戦争体験を風化させず、平和な沖縄を次世代へ引き継ぎたい」と述べた。

 夫が大田實司令官の四男だという大田昌子さん(59)は「国のためといえ、家族を残して先立たなければならなかった義父の気持ちを考えるとやりきれない」と話した。
 


                   ◇

太田実海軍少将が万感の思いで東京の海軍次官宛てに打電した、遺言ともとれる長文の電文を下記に紹介する。

注:読みやすさを考え,原文漢字カタカナ混じり文を平仮名に直し,句読点を付加した。 これを筆者が更に読みやすく書き直した。

◆海軍沖縄特別根拠地隊司令官
大田実少将(自決後中将に昇進)海軍次官宛電文

昭和20年6月6日付け

「沖縄県民かく戦えり!」

「県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを!」

沖縄県民の実情に関して、報告は本来県知事より報告すべき事だが、県には既に通信力はなく、第三十二軍指令部(牛島中将の最高司令部)も通信余力がない。

県知事の依頼を受けたわけではないが、沖縄の現状を見過ごすに忍びないので、私大田司令官が知事に代わってご緊急に報告する。

敵が沖縄に攻撃開始以来、陸海軍とも防衛戦闘に精一杯で、県民を顧みる余裕は殆どなかった。

しかし、私の知る限り県民は青壮年の全てを防衛召集に捧げた。

残りの老幼婦女子は、相次ぐ砲爆撃で家屋と全財産を焼き出され、軍の作戦の邪魔にならない小防空壕に避難、しかも爆撃、風雨に晒される窮乏生活にあまんじた。

しかも若い婦人は率先して軍に協力し、看護婦、炊事婦はもとより、砲弾運び、斬り込み隊をを申し出る者すらあった。

所詮、敵が来たら老人子供は殺され、婦女子は拉致され毒牙にかかってしまうと、親子生き別れになり娘を軍営門に捨てる親もいる。

看護婦に至っては、軍移動に際し、衛生兵は既に出発した後なのに、身寄りのない重傷者を助けて、その行動は真面目で一時の感情で動いているとは思われない。

更に軍の作戦大転換があり遠隔の住民地区が指定されると、輸送力がないのにもかかわらず、夜間、雨の中を自給自足しながら移動するものもいた。

要するに、陸海軍が沖縄に進駐して以来、県民は終始一貫して物資節約を強要され、ご奉公の心を抱き、遂に勝利する事無く、戦闘末期には沖縄島は形状が変わるほど砲撃され草木の一本に至るまで焦土と化した。

食料は六月一杯を支えるだけしかないという。

沖縄県民はこのように戦った。

沖縄県民に対して後世になっても特別の配慮をお願いする。

打電を終え、大田実海軍少将はその一週間後、現場で自決する。

享年54歳。

なお現場の大田司令官が打電した相手、「会議室」の海軍次官・多田武雄(将官議員)は終戦の8年後、62歳で没している。

沖縄戦の現場で県民と共に戦い、県民の蒙った惨状を見かねて戦後の県民の行く末までも心配して「会議室」に報告後自決した大田実少将。

この大田少将に対する県民の態度は冷たい。 これも地元メディアの影響か。

戦後、日本軍批判の先鋒を担いだ「鉄の暴風」と言う言葉の原型は大田少将の「沖縄島は形状が変わるほど砲撃され草木の一本に至るまで焦土と化した」と言う電文に伺い見れる。

「鉄の暴風」で沖縄島の地形を変える程の焦土作戦を行こない無差別に住民を殺戮したのは米軍なのに、何故か戦後この言葉は日本軍人を糾弾するキーワードと化す。

県民は「鉄の暴風」の下手人の米兵の顔を直接見ていない。

米軍は沖縄住を日本人から分断する占領方針から沖縄住民には「優しく」対応するようにしていた。

沖縄住民は、やっと命が助かりほっとした時に、「優しく」年寄りや子供に手を差し伸べる米兵の顔だけを見ている。

自分達は安全な戦艦の中にいて、そこから艦砲射撃という「鉄の暴風」を吹き荒れさして住民を無差別殺戮した米兵のもう一つの顔を見ていない。

一方、自分達を守れず、食料補給もままならず、痩せこけて、圧倒的物量の米軍の前に醜態も晒しただろう敗残兵としての日本兵の顔を沖縄住民は現場で見ていた。

そしていつしか「鉄の暴風」を実行した米軍ではなく、そういう状況に沖縄住民を陥れた日本軍こそ敵だったと言う理屈に一気に飛躍する。

食べ物をくれた米軍は解放軍、「鉄の暴風」を防止できなかった日本軍は敵軍、という理不尽な論理だ。

その結果が、復帰後続く「物呉ゆしどぅ我御主」、「命どぅ宝」の伝説である。

県民と共に戦い、県民の行く末を案じつつ現場に散った大田司令官と海軍将兵の霊に、

合掌。

                   ◇

大田実少将の魂の叫び「県民かく戦えり。 」の電報・原文を煩雑を承知で下記に記録する。。(不明な箇所は□で表わしている。)

沖縄戦関係資料室http://www.okinawa-sen.or.jp/050707/index.html

 沖縄県民斯く戦えり

発 沖縄根拠地隊司令官
宛 海軍次官

 左の電文を次官に御通報方取り計らいを得たし

 沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告せらるべきも、県には既に通信力なく、32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き、本職、県知事の依頼を受けたるに非ざれども、現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる。

 沖縄島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛戦闘に専念し、県民に関しては殆ど顧みるに暇(いとま)なかりき。

 然れども、本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが、相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却せられ、僅(わず)かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、尚、砲爆撃下□□□風雨に曝されつつ、乏しき生活に甘んじありたり。

 しかも若き婦人は、率先軍に身を捧げ、看護婦烹炊(ほうすい)婦はもとより、砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出る者あり。

 所詮、敵来たりなば、老人子供は殺されるべく、婦女子は後方に運び去られて毒牙に供せらるべしとて、親子生き別れ、娘を軍衛門に捨つる親あり。

 看護婦に至りては、軍移動に際し、衛生兵既に出発し、身寄り無き重傷者を助けて□□、真面目にして、一時の感情に駆られたるものとは思われず。

 さらに、軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中に遥かに遠隔地方の住民地区を指定せられ、輸送力皆無の者、黙々として雨中を移動するあり。

 これを要するに、陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫、勤労奉仕、物資節約を強要せられつつ(一部はとかくの悪評なきにしもあらざるも)ひたすら日本人としての御奉公の護を胸に抱きつつ、遂に□□□□与え□ことなくして、本戦闘の末期と沖縄島は実情形□□□□□□

 一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支うるのみなりという。沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。

                  *

★付録①;大田実少将自決前日、最後の電報

発 沖根 昭和20年6月12日 1335

一、朝来、敵戦車および歩兵、当司令部壕外に蝟集(いしゅう)し、煙弾を打ち込みあり
二、我方、およそ刀をもって戦いうる者は、いずれも敵に当たり、然らざる者は自決しあり
三、74高地2か月余りの奮闘も、本日をもって終止符を打つものと認む

発 沖根 昭和20年6月12日 1619
これにて通信連絡を絶つ

 

★付録②大田司令官の三女、愛子さんの歌

身はたとへ沖縄の野辺に朽ちるとも祖国守ると父は逝きにし

参考文献
『沖縄県民斯ク戦ヘリ 大田實海軍中将一家の昭和史』、田村洋三、講談社文庫 

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日銀総裁の頭の中を覗く

2006-06-21 08:34:15 | 県知事選

国会の参考人質問で「(村上ファンドへの投資の)利益は幾らですか」と問われて、

「たいした額ではない」と答えた。

日銀総裁にとって、1000万円に対する1500万円近い利益はたいした額では無かったようだ。 しかし、これは如何でもいい。

人生イロイロ、金銭感覚もイロイロあっていい。

他人が幾ら儲けようがカラスの勝手だ。

ましてや、他所様の懐具合をあれこれ詮索するような品性の卑しさは持ちたくないと日頃自戒して生きてきた。

が、事が日銀総裁となると問題は自ずと違ってくる。

もし閣僚の誰かが今回の日銀総裁のような「ファンド・スキャンダル」に塗れたら、これは紛れも無く大臣の首が飛んでいただろう。 

いや、任命権者の小泉首相も「問題ない」と他人事のように言っておれなかっただろう。

日銀は行政府からの独立を保障されており、総理大臣といえども日銀総裁の首は切れないという。

それほど日銀総裁の立場は責任が大なのだ。

その立場を称してメディアは「究極のインサイダー」とか、当日記でも「存在そのものがインサイダー」、「生きるインサイダー」と貧弱な表現力で精一杯そのインサイダー性を訴えてきた。

読売新聞がこの「インサイダー性」を面白い例えで表現していた。

投資家は誰しも金利動向を探るべく、日銀総裁の頭の中をのぞいてみたい。自分の頭の中をのぞき放題の人が高利回りを享受する投資家でありつづけた。」(読売新聞2006年6月20日編集手帳)

金利を決め、日本の金融政策の細部を知る日銀総裁の頭の中を覗き放題だったら、投資額の2.5倍の利益を得るのもそんなに困難ではないはずだ。

「悪事」が露見した後で福井総裁は、運用益を寄付する意向であるという。

日銀総裁たるもの、胡散臭いが故に寄付せざるを得ないような利益は初めから手にしてはならぬ。

これは決して儲けの下手な男のヒガミではない。

 

 

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テメーらのやってる事は、全てお見通しだ!

2006-06-20 18:14:47 | 県知事選

テメーらのやってる事は、全てお見通しだ

これは人気ドラマを映画化した「トリック」で仲間由紀江扮する主人公が発する決めセリフ。

この言葉を福井日銀総裁と村上被告に捧げたい。

生き字引ならぬ『生きるインサイダー』の日銀総裁と『めちゃめちゃ儲けた男』村上の企みは、全てお見通しだった!

例え小泉首相が「問題ない」と太鼓判を押しても、日銀側が内規に触れないと強弁しても、これは大問題だ。

当日記は14日以来、我ながらしつこく思えるほどこの問題に拘った。

17日には福井総裁の1000万円の投資金はとっくに元手を取るほど儲かっていると「お見通して」いた。http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/b3efa4489573fdb7d5fcb7d55d2ca262

                   ◇

井総裁の村上F運用益は1231万、元利で2・2倍

 日本銀行の福井俊彦総裁は20日、「村上ファンド」に投資していた1000万円の運用状況に関する資料を国会に提出した。

 それによると、福井総裁が富士通総研理事長だった1999年に村上ファンドに投資した1000万円は、2005年末時点で運用益1231万円が加算され、残高は2231万円に増えたとしている。元利合計で約2・2倍に膨らんだ計算となる。

 中央銀行トップが村上ファンドを通じて高利回りで資金運用していた実態が初めて明らかになり、福井総裁への批判が強まりそうだ。

 福井総裁はこれまでの国会答弁で、「利殖目的ではない。国民の皆様に納得いただける使い道に振り向けたい」と説明し、運用益を寄付する姿勢を示している。

(読売新聞) - 6月20日14時37分更新


莫大な運用利益がバレた後になって「、「利殖目的ではない。国民の皆様に納得いただける使い道に振り向けたい」ときれい事を言っても手遅れだ。

最後にもう一度言おう。

テメーらのやってる事は、全てお見通しだ! 
 

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テポドンで日本の安全保障を考える

2006-06-20 09:43:32 | 普天間移設

●「北朝鮮が我々の忠告を聞かない場合は、」・・・昨日19日の記者会見での小泉首相の発言である。

言葉を続けて、仮に発射した場合には、「米国などとよく協議し、厳しい対応をとらなければならない」と発言した。

その具体的な対応の手段については「言わない方がいい」とした。

現実問題として、日本の運命は北の将軍様の胸先三寸にかかっている。

「将軍様が日本にミサイルを打ち込んだら、厳しい対抗手段は『フタク』しかない」という。

フタクとは付託。

何所に何を付託するのか。

国連の安保理に経済制裁を付託するという。

国連安保理の常任理事国には勿論日本は入っていない。

だが、中国は常任理事国の一つだ。

中国が拒否権発動すれば、フタク、もオタフクもあったものじゃない。

大体、付託を辞書で確認すると、≪[名]物事の処置などを任せること。特に、議会で、議案の審査を本会議の議決に先だって他の機関に委ねること。「特別委員会に―する」≫と、物事の解決を他に「マル投げ」することに他ならない。

国の安全保障を自分で考えずに、他に「フタク」、「マル投げ」して良いものか。

それにしてもミサイル発射に対する「厳しい対抗手段」がフタクとは。

                  ◇

 五、六年のことだったか、石原慎太郎が護憲派ー改憲派論争、自主防衛論争に関して刺激的な発言をし物議をかもした。

石原いわく『一度テポドンが、京都の金閣寺にでも落ちてくれたらと思う。』

そこまでの事態にならないと、この国(の護憲派)は軍事の必要性に目覚めないという論理なのだ。

この発言は石原慎太郎・田原総一朗共著「勝つ日本」の中の対談にも出ているが、当時の田原は北朝鮮がテポドンを撃つ可能性は非常に低いと見ているようだった。(「勝つ日本」http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163557202/249-9080934-4878720?v=glance&n=465392

石原と田原の安全保障への認識は違うようで、アメリカを排除すると言う点では奇妙に一致していた。

日本は日米安保によって守られていると思っている人は多いが、いざという時、アメリカが日本を守って戦うなどということがあり得ない事を 二人は共通の認識として所有している。

軍備には、「攻撃のための軍備」と「攻撃されないための軍備」がある。

後者の軍備をも必要なしとするのは、将来日本が外国に攻め入られたとして、その時「まったく抵抗致しません。」という意思表示でしかないのだ。

これでは負け犬と同じである。 日本はこのような国であってはならない。

「攻撃されないための軍備」とは、必ずしも軍備を使うことを意味しない。 いや使わないで済めばそれ以上の外交的勝利は無い。

軍備所有という事実そのものが、高度に政治的な駆け引きとして通用するのである。

外交的駆け引きの重要なカードになりうるのだ。

カード無き外交は、何度「平和的話し合い」を続けても相手国の条件を「マル飲み」する以外に無い。

                   ◇

更に30年近く時代を遡る。

ロンドン大学の森嶋教授と言うだけで記憶が曖昧ながら、国の安全保障に関して「ソ連に侵攻されたら戦わずして降伏すれば良い。死なずに済むから軍備は入らない。 (奴隷になったらどうする、という反論には)死ぬよりは奴隷として生きるほうが良い」と言ったような意見を雑誌で読んで驚いた事を想いだした。

ネットは便利なもので30年ほど前の曖昧な記憶を検索で明瞭にさせてくれた。

≪森嶋通夫【ロンドン大学教授】
「不幸にして最悪の事態が起きれば、白旗と赤旗をもって、平静にソ連軍を迎えるより他ない。34年前に米軍を迎えたようにである。そしてソ連の支配下でも、私たちさえしっかりしていれば、日本に適合した社会主義経済を建設することは可能である。」
出典元:1979年3月9日『北海道新聞』より≫


                  ◇


小泉首相も「奴隷の平和」について国会で発言していた。

2003年6月5日の有事法制参議院特別委員。

田英夫社民党議員との討論は記録に留め置くべき名討論だ

7:47 社民党の田英夫氏の答弁開始

田英夫君:(略)・・・・、だんだん戦争体験者が少なくなってきた。そういう中でもうそろそろ憲法改正していいじゃないかというような気持ちが総理を始め皆さんの中にあるとすれば、私は死ぬわけにいかない。いつまでも生きていかなくちゃいけませんよ。この戦争体験者の、そしてまた戦争犠牲者の貴重な体験というものをもっと大事にしていただきたい。いかがですか。

内閣総理大臣(小泉純一郎君):(略)・・・自衛隊がなく、いかなる戦力も保持しない、非武装だから平和が守れるんだ、独立が守れるんだという考え方もあるのは承知しております。しかし、そういう考え方には私は同調できません。諸国民の公正と信義に信頼して、日本は武力を持たない、自衛隊を持たない、いざ侵略勢力があったら何も戦わないで降参しますということが相手への侵略を防げるかとは思っておりません。

諸国民の公正と信義、その公正と信義のない国もあるのも過去の歴史が証明しております。つい最近、イラクもクウェートを侵略しましたね。あるいは様々な国々はこの歴史の中で何回も侵略を繰り返し、戦争、紛争を繰り返しております。だから、日本だけが戦力を持たない、自衛隊を持たない、軍隊を持たなければ相手も安心して何もしないというのは余りにも危険ではないでしょうか。

私は、実験が利かないんです、これ。一度侵略されちゃったら、後どうもできない。かつてのソ連の後の圧制に苦しんだ国々がどれだけあったか。ソ連が今ロシアに変わって民主主義みたいな政界、政体に変わろうとしているのは私も歓迎しておりますが、一たび全体主義、独裁主義に羽交い締めされた国がどれほど自由を失ってきたか。

こういうことを見ると、私は単なる奴隷の平和じゃなくて、平和であったらやっぱり自由に基本的人権を謳歌しながら日本の平和と独立を維持しなきゃならない。戦争は嫌だ、侵略された方がいい。確かに戦争をしなければ侵略されて、その国の独裁に任せれば戦争は起こらないかもしれません。それだったらもう奴隷の平和です。私は奴隷の平和は選ばないやはり平素から日本の平和と独立を侵そうとする勢力に対しては断固たる決意を持って抵抗するという、その備えがあって初めて戦争は防げるんじゃないでしょうか。

小泉さん お見事  

 


 

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