快気分析

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仕組みとアプローチ -  信長のソロバンと斎藤利三のソロバン その計算結果が本能寺の変だったのか

2020-01-19 17:30:20 | 明智光秀
 信長が仮に斎藤利三に家康ら一行を討たせる教唆をしていた場合、そのソロバンは次の通りです。
 「四国の長曾我部攻めは確かに(信長)自身が当初の約束を反故にしている面は有るので体裁は確かに良くないかも。なので長曾我部攻めは家康一行が斎藤利三らに討たれた事を名目に諦め、代わりに死んだ家康の徳川所領を織田家のものできればトータルプラスマイナスでややプラスか。その構想を斎藤利三に言えば土岐氏、石谷氏との関係でおそらくこの話に乗って来るのではないかな。ついでに家康の正室である築山殿と嫡男信康を消すことを自分が指示した事を知っているのは確かな酒井忠次あたりも一緒に口封じで消してしまえば自分はキレイになるかな。でも本多忠勝あたりは野戦のノウハウがすごいから決して殺さないように捕らえたいな」という所でしょうか。
 一方の斎藤利三のソロバンは「長曾我部一族が安泰なら家康ら一行の襲撃も仕方ないかな。でも信長は約束を反故にするかもしれないし、切腹命令を解除しても後々またクレームつけて死罪を言い渡して来るかも。別に信長の案に乗らなくてもそもそも信長がいなくなれば長曾我部討伐は一旦中止になるだろう。なら後者の方に賭けた方が勝率は高い。ならば家康にこの計画の話をし、そして助けて恩を売っておき、セキュリティ面で弱点を晒している信長と信忠はとりあえず消してしまえば後は成り行き次第でもしかしてチャンスも有るかも」という感じではなかったかとも考えられます。
 安土桃山時代に限らず、動乱の時代では誰もが独自のソロバンで利益と損失やリスクを考えてどれがベストかを選択していたのではないでしょうか。
 

仕組みとアプローチ -  信長は斎藤利三を使って家康と重臣ら一行を討とうとしていた、と考えてしまう理由

2020-01-19 11:37:40 | 明智光秀
以前に記事の中で書いた事があるのですが、信長から死罪(切腹命令)を言い渡された斎藤利三が何故か捕らわれずにほぼ自由に動いていた事について、信長にしては随分と杜撰な管理だなと思ってしまいます。
 江戸時代以前の史料によると信長の側近の取り成しで死罪は一応免れたような話も残っているようですが、このあたりを考えて行くと次のような仮説も成り立つのではないか、と思い記事にしてみました。
 その仮説とは結論から言うと「信長は斎藤利三を中心とする明智勢に家康ら一行を討たせようとした」と言うものです。
 本能寺の変の前、家康が堺に行き接待されましたがその目的は堺商人との商談、そして四国の長曾我部攻撃の部隊に合流させるつもりも有ったのではないか? と最近の記事で書きました。
 仮にこれが当時既に決定されていてそれが斎藤利三にも伝わっていたとしたら、斎藤利三は果たしてどうしたでしょう?
 「戦上手で旧武田勢の一部も配下に入れて大軍となっている徳川勢が加わったら長曾我部氏はひとたまりもないのは明らかで、そうなる前に家康ら一行を少人数で来ているのを良い事にまとめて討取ってしまえば、残るはそれ程の特に戦上手と言う程でもない信孝と丹羽長秀、そして後は寄り合い程度の色彩が濃かったと言われる将兵だけなのでまだ長曾我部氏は何とかなるかも知れない。ならばここで家康ら一行を襲撃してしまおう」・・・と斎藤利三は考えたかどうかはわかりませんが、それだけでなく実は信長が斎藤利三にこれに近い話を持ち出して「家康と重臣ら一行を襲撃して討取れば死罪(切腹命令)は完全に解除してやる」と伝えたならば果たして斎藤利三はどうしたでしょう。
 いくら家康の側室である西郷局が土岐氏系であるとは言っても血縁の面では斎藤利三とはかなり離れたものであり、別に斎藤利三が家康ら一行を討っても親族間の争いとはならないのです。
 そして信長は「家康ら一行が堺から京都に帰って来てから長曾我部攻めに徳川勢の加勢を命じて公表し、家康ら一行の宿泊する所とその時間、そして信長自身は別の所にいる旨などを斎藤利光に伝え、確実に家康ら一行を討てるような計画」を斎藤利三に話した。
 仮に信長が斎藤利三へ言い渡した死罪(切腹命令)の完全解除が公表されず、そして家康ら徳川勢の長曾我部攻め加勢が公表されれば、世間は「信長の意に反して斎藤利三が勝手に家康ら一行を襲撃して討取ってしまった」となるわけです。
 そこで斎藤利三は次のように迷ったのではないでしょうか。
 「信長の言う通りにすれば命は助かるし家康の所領が織田家のものになる分、斎藤利三に多少は利益も供与されるかも知れない。しかし信長は約束を反故にする事が多いし、佐久間信盛のようにあれだけ信長に貢献したのに多少の事にクレームをつけ、それまでの功績はリセットして追放してしまう。更に信長は一度疑ったら必ず滅ぼすと言いう(中川清秀の言った事を知っていたのかどうかはわからないのですが)傾向から見て、一度死罪を言い渡されたら長期的にはもう助かる事はないのではないか? では家康を助けたらどうだろう。信長の今後の居場所はわかっているし、茶会に出席した公家衆などからも本当の信長の居場所は確認できる。ならばイチかバチかで家康を助けよう。つまりいずれにしろ長曾我部を滅ぼそうとしている信長を討ってしまう方が自分にとっては生存率を上げる事になるかもしれない。」
 
 斎藤利三の娘である福(後の春日の局)に対して家康がその後に尋常でない厚遇をした事などから考えても、この仮説の真実味が更に増してしまうように思えるのです。