1729年に発生した能登・佐渡地震ですがその後にどのような地震が有ったのかについても気になりましたので見てみると次の通りです。
引用開始(一部抜粋)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)#18%E4%B8%96%E7%B4%80
1729年8月1日(享保14年7月7日) 能登・佐渡地震- M6.6 - 7、死者少なくとも5人。
1730年11月11日(享保15年10月2日) 常陸沖で地震 - M7.3、津波で船の流失あり。
1731年10月7日(享保16年9月7日) 宮城県南部で地震 - M6.5、死者数名、家屋が倒壊。
1741年8月29日(寛保元年7月19日) 寛保津波 - M6.9(Mt8.4)、死者2,033人。北海道西南沖の大島で火山性地震。大津波発生、佐渡・能登・若狭にも津波。
1751年5月21日(寛延4年4月26日) 高田地震 - M7.0 - 7.4、死者1,541人。越後・越中で地震。高田で火災など。
1762年10月31日(宝暦12年9月15日) 佐渡沖地震 - M7.0程度、死者あり。液状化現象、津波による家屋流出など。
1763年
1月29日(宝暦12年12月16日) 宝暦八戸沖地震 - M7.4 - 7.9、津波あり。三陸沖北部の固有地震[103]。
3月11日(宝暦13年1月27日) 八戸東方沖で地震 - M7.3、津波あり。宝暦八戸沖地震の最大余震[103]。
3月15日(宝暦13年2月1日) 青森県東方沖で地震 - M7.0。宝暦八戸沖地震の余震[103]。
1766年3月8日(明和3年1月28日) 津軽地震 - M6.9あるいはM7+1⁄4±1⁄4、弘前城損壊など。死者約1,500人。津波が千葉県の銚子に届いたとの記録あり。
引用終了
まあこのパターンで今後も同様な大地震が発生するのかどうか、と言うのは全くわからないのですが、気になるのはやはり、
1763年
1月29日(宝暦12年12月16日) 宝暦八戸沖地震 - M7.4 - 7.9、津波あり。三陸沖北部の固有地震[103]。
3月11日(宝暦13年1月27日) 八戸東方沖で地震 - M7.3、津波あり。宝暦八戸沖地震の最大余震[103]。
3月15日(宝暦13年2月1日) 青森県東方沖で地震 - M7.0。宝暦八戸沖地震の余震[103]。
1766年3月8日(明和3年1月28日) 津軽地震 - M6.9あるいはM7+1⁄4±1⁄4、弘前城損壊など。死者約1,500人。津波が千葉県の銚子に届いたとの記録あり。
あたりでしょうか。
何しろ東日本大震災でプレートの歪が解消されたエリアの北側隣接域なわけなので。
それと、
1762年10月31日(宝暦12年9月15日) 佐渡沖地震 - M7.0程度、死者あり。液状化現象、津波による家屋流出など。
と言うのも気になります。
更に、
1730年11月11日(享保15年10月2日) 常陸沖で地震 - M7.3、津波で船の流失あり。
1731年10月7日(享保16年9月7日) 宮城県南部で地震 - M6.5、死者数名、家屋が倒壊。
と言うのもまあ東日本大震災で危険な部分は対策済の所が多いとは言うもののやはり気になります。
今後、どうなるでしょうか。
それは今の技術では誰にもわかりません。
引用開始(一部抜粋)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)#18%E4%B8%96%E7%B4%80
1729年8月1日(享保14年7月7日) 能登・佐渡地震- M6.6 - 7、死者少なくとも5人。
1730年11月11日(享保15年10月2日) 常陸沖で地震 - M7.3、津波で船の流失あり。
1731年10月7日(享保16年9月7日) 宮城県南部で地震 - M6.5、死者数名、家屋が倒壊。
1741年8月29日(寛保元年7月19日) 寛保津波 - M6.9(Mt8.4)、死者2,033人。北海道西南沖の大島で火山性地震。大津波発生、佐渡・能登・若狭にも津波。
1751年5月21日(寛延4年4月26日) 高田地震 - M7.0 - 7.4、死者1,541人。越後・越中で地震。高田で火災など。
1762年10月31日(宝暦12年9月15日) 佐渡沖地震 - M7.0程度、死者あり。液状化現象、津波による家屋流出など。
1763年
1月29日(宝暦12年12月16日) 宝暦八戸沖地震 - M7.4 - 7.9、津波あり。三陸沖北部の固有地震[103]。
3月11日(宝暦13年1月27日) 八戸東方沖で地震 - M7.3、津波あり。宝暦八戸沖地震の最大余震[103]。
3月15日(宝暦13年2月1日) 青森県東方沖で地震 - M7.0。宝暦八戸沖地震の余震[103]。
1766年3月8日(明和3年1月28日) 津軽地震 - M6.9あるいはM7+1⁄4±1⁄4、弘前城損壊など。死者約1,500人。津波が千葉県の銚子に届いたとの記録あり。
引用終了
まあこのパターンで今後も同様な大地震が発生するのかどうか、と言うのは全くわからないのですが、気になるのはやはり、
1763年
1月29日(宝暦12年12月16日) 宝暦八戸沖地震 - M7.4 - 7.9、津波あり。三陸沖北部の固有地震[103]。
3月11日(宝暦13年1月27日) 八戸東方沖で地震 - M7.3、津波あり。宝暦八戸沖地震の最大余震[103]。
3月15日(宝暦13年2月1日) 青森県東方沖で地震 - M7.0。宝暦八戸沖地震の余震[103]。
1766年3月8日(明和3年1月28日) 津軽地震 - M6.9あるいはM7+1⁄4±1⁄4、弘前城損壊など。死者約1,500人。津波が千葉県の銚子に届いたとの記録あり。
あたりでしょうか。
何しろ東日本大震災でプレートの歪が解消されたエリアの北側隣接域なわけなので。
それと、
1762年10月31日(宝暦12年9月15日) 佐渡沖地震 - M7.0程度、死者あり。液状化現象、津波による家屋流出など。
と言うのも気になります。
更に、
1730年11月11日(享保15年10月2日) 常陸沖で地震 - M7.3、津波で船の流失あり。
1731年10月7日(享保16年9月7日) 宮城県南部で地震 - M6.5、死者数名、家屋が倒壊。
と言うのもまあ東日本大震災で危険な部分は対策済の所が多いとは言うもののやはり気になります。
今後、どうなるでしょうか。
それは今の技術では誰にもわかりません。