今 佇む時に(2009.12.14日作)
この文章は十年前 平成二十一年に書いたものですが
平成の終わりに当り今 掲載したく思います
昭和二十一年 1945年8月15日
この国は自らが引き起こした
あの愚かな戦争に敗れた
この年の四月 わたしは
国民学校の一年生になっていた
現在 平成二十一年 2009年
七十一歳になったわたしの眼に 心に
見えて来るものは
行き止まりの人生 わたし自身の
生涯の姿 混迷を極め
衰退の色彩を色濃く滲ませる
この国の姿だ
もはや 活力に満ちたかつての
日々の輝きは
わたし自身にも この国の姿にも
見る事は出来ない
峠を下り行く道筋を見つめ
やがて辿り着くであろう場所に
思いを巡らし 茫然と立ち竦んでいる
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昭和二十年代 この国は
開戦から敗戦に至る過程の中で
荒廃し 疲弊し切っていた
わたしは父や母 兄妹たちと住んでいた
東京 深川の家を
昭和二十年三月十日未明の
東京大空襲で焼かれ
母の故郷の九十九里の海に近い村に
疎開していた
物の乏しかったあの時代
今日を生きるのにさえ困難を極めた
あの時代
人々は貧しさからの出口を求め
懸命に生きていた
いつかは きっとーーー
荒廃した国土の中で
明日を夢見て生きていた
ただ ひたすらに がむしゃらに
今よりもっと上へ
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それでも あの頃にはまだ
夢見る事の出来る明日があった
希望があった
平成二十一年 2009年現在
あの愚かな戦争と それに続く
敗戦により
悲惨な日々を強いられ
それでも逞しく戦後を生き抜いて
この国を支えた最初の世代の人たちの
多くは亡くなり わたしの両親も亡くなり
そして今 この国を支えた第二の世代とも言える
戦後に子供の時代を過ごして
この国の復興と共に青春を生きた
わたし等もすでに
老いの時代を迎えている
ーーーーー
昭和二十年代 1950年代
この国は敗戦後の
困難な時代を乗り越え
ようやく 新たな時代への手掛かりを
掴み始めていた
それでもなお 豊かさとは程遠い日常の中で
人々は働き蜂と言われ
ウサギ小屋やマッチ箱の家に住む国民と
他国に揶揄され 嘲られながら
ひたすら明るい未来を信じて
明日に向かい 突き進んでいた
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やがて この国にも
戦後の奇跡と言われた復興が訪れる
曲折はあったにせよ
一億総中流化と言われる時代が来た
平成二十一年 2009年現在
この国が羨望の眼差しで見詰める
巨大な国土を持つ隣国の
年率八パーセントを超える成長をも凌ぐ
年率十パーセントを超える成長を
何年にもわたって果たし
更に 二度にわたる
オイルショックと呼ばれた苦難の時代をも
懸命な努力と 創意 工夫で乗り越え
空前の好景気に沸くバブルの時代を迎えた
人々は 世界第二の経済大国と呼ばれ
次の世紀は この国の世紀だと
遠い国の誰かが言った言葉に
さしたる疑念も抱かずに
豊かさに酔い痴れ 我が世の春を謳歌して
わたし等もまた 飽食 享楽に馴れ親しんで
もはや 欲しい物はない と豪語するまでになっていた
ーーーーー
しかし 時の流れの永遠に留まる事は
いつの時代にもあり得ない
まれに見る国家の繁栄下
この国を支えた第二の世代も 次第に年老い
若き日の活力と輝きを失い始めた頃
この国にもまた 衰退の影が忍び寄っていた
平成二年 1990年
戦後の奇跡とも言われ
一億総中流化と言われた時代の中で
積み重なった幾多のひずみが一挙に露呈して
さしもの国家の繁栄も 崩壊の過程に至っていた
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以来 十数年間
この国は宴のあとの始末に追われ
失われた十年とも二十年とも言われるまでの
経済の低迷にあえぎ
平成二十一年 2009年の今なお
未来への明るい展望を描けずにいる
のみならず 飽食 一億総中流化時代の中で
豊かさを当然の事として生きた来た
今の時代を支える世代には
かつての世代が見せた がむしゃらに時代を生き抜く
覇気もなく 活力もなく
豊かな時代が僅かに残した富とも言えるのか
かつての世代には見られなかった
身に備わった洗練さとも言えるものを
垣間見せる裏に
ふと 顔をのぞかせる ひ弱さ 脆弱さが
逞しく がむしゃらに貧しい時代を生き
今はただ 迫り来る人生の終わりの時を目前に
たたずむだけのわたし等の
不安を誘う
この国は何処へ ?
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次の世紀は この国の世紀と言われた言葉の実現は
もはや 望むべくもなく 遠い夢のように思われ
巨大な国土と国民を持つ隣国を始め
かつてのこの国と同じように今はまだ
貧しさから抜け出せずにいる国々の人たちの
溢れる熱気の前に
茫然とたたずむこの国
この国はもはや それらの国々に圧倒され
この惑星 地球上の片隅に追いやられてゆくだけの
哀れな存在なのか
終わりの時を目前に
茫然とたたずむだけのわたし等と同じように
それが この国の辿る運命なのか ?
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否 ! そんな事はない
それ程に この国の未来に絶望し
悲観する事はない
この国には この国が持つ 独自の力がある
幾世代にもわたって この国の人々が養い 育んで来た
この国独自の文化がある
戦後の困難を伴った あの混乱期を
逞しく生き抜き
二度にわたっての厳しい経済状況にも
見事に耐え 立ち直りを見せた人々の
内に秘めた あの力 あの情熱がある
身に備わった資質
直接 手に触れる事は出来なくても
形として見る事は出来なくても
体の奥に浸み込んだ この国の人たち独自の
あの英知がある
その泉はまだ 涸れてはいない
その証拠に 平成二十一年 2009年現在
この地球上 世界の各地に
この国が持つ文化の力や その文化を生み出す
人々の活躍する姿の浸透してゆく様子が
見えて来ているではないか
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昔日の影を追い求める事だけが
この国の生きる道ではない
小さな国土 減少してゆく人の数
巨大な国土を持ち 巨大な人口を誇る他の国々と
量の 競い合いをする事はないのだ
この国には この国の人たちが持つ資質を活かした
この国独自の生き方がある
小さくても緊密堅固な国
ダイヤモンド国家
石炭よりはダイヤモンド
この国独自の力を持つこの国が目指すべきものが
自ずと見えて来る
新たな道が見えて来る
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もはや 失われたもの
過去の栄光 過去の繁栄
その影を追い求めるだけの生き方は
愚かな生き方だ
すべては移り逝く
未来永劫続くものはない
新たな道へ踏み出す勇気 その努力
今 問われるのはその力
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かつての栄光 かつての繁栄
そこに至るまでの道筋 努力
すでに 終わりの時を目前に
たたずむだけのわたし等には
再び その道を辿り直すだけの時間も力も
残されてはいないが 少なくとも わたし等には
わたし等が困難な状況の中で 懸命に生き
そこで重ねて来た 努力と成功 失敗
そこで得たものはなんであったのか
失ったものはなんであったのか
それを語る事は出来る
今を生きる者たちの前へさし示す事は出来る
その経験が彼等の心につながり
今を生きる者たちの
新たな道へ踏み出すための
力となり 道標となり得るならば
人生の終わりの時を目前に
茫然とたたずむだけのわたし等にも また
新たな存在意義が生まれて来る
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過去から今 今から未来へ
時を継ぐ
過去 幾世代にもわたって受け継がれて来たもの
この国の歴史
この国の人 それぞれが今と向き合い
新たな道を模索して今を生きる
この国の人が持つ叡智 それを傾け
それぞれの人が今を生き切る事で
この国の新たな姿が見えて来る
この国の新たな歴史が創られる
今 この国が 必要としているもの
この国の人たちが持つ叡智と 内に秘めた情熱
新たな道へ踏み出すための勇気と努力
さあ 今から始めるのだ
この国の未来に向けて乾杯
新たな国を夢見て 乾杯
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