前半から後半への転換が見事
黒澤明監督がエド・マクベインの87分署シリーズの一編『キングの身代金』を大胆にアレンジして映画化しました。映画は、製靴会社重役の権藤(三船敏郎)のもとに突然「あんたの息子を誘拐した」という電話が入るところから始まります。すぐに犯人が連れ去ったのは権藤の運転手の息子だったことが分かるのですが、それでも犯人は3000万円を持って特急こだまに乗るよう権藤に命令します。折しも権藤は会社の実権を握るため、全財産をつぎ込んで自社株の買い占めを目論んでいる最中でした。
前半は、相手を間違って誘拐しても脅迫が成立するのか、権藤は他人のために身代金を出して自ら破滅するのか、というサスペンスをほぼ権藤邸だけで展開させ、まるで密室劇のような緊迫感を感じさせます。そして、こだま号に乗り込む権藤とともにカメラは外に出て、河原での子供の発見シーンで閉塞感から一気に解き放ちます。
一転、後半は徐々に犯人に近づいていく警察の必死の捜査の様子が描かれます。前半から後半への転換が本当に見事です。白黒画面の中に突如現れる煙突から出る赤い煙、ラジオから流れる「オー・ソレ・ミオ(私の太陽)」をバックに現れた、犯人のサングラスに映る月光など記憶に残るシーンが目白押し。伊丹十三の『マルサの女』(87)や『踊る大捜査線2 レインボーブリッジを閉鎖せよ』(03)など、後の映画に与えた影響も計り知れません。