田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

「午後のロードショー」『キンダガートン・コップ』

2022-04-01 07:22:23 | ブラウン管の映画館

『キンダガートン・コップ』(90)

シュワルツェネッガーがコメディに初挑戦
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/e643c72465308975d487e229ac8d8183

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「カムカムエヴリバディ」→『ジャズ大名』

2022-04-01 06:19:02 | カムカムエヴリバディ

 「カムカムエヴリバディ」の劇中映画『ベースボール・サムライ』は、現代のアメリカ人が幕末の日本にタイムスリップし、弱小藩の人々とコミュニケーションを取るために、彼らに野球を教える、というものらしい。

 で、思い出したのが、幕末の日本に漂着したアメリカの黒人が、小藩の人々にジャズを教えるさまを描いたこの映画だった。

『ジャズ大名』(86)(1986.7.19.)

 『近頃なぜかチャールストン』(81)から、随分とごぶさたが続いた岡本喜八監督の新作。相変わらずのウイットに富んだ笑いと、アナーキーぶりで健在を示してくれたので、まずは一安心。

 日本の幕末に、ジャズのルーツを持ったアメリカの黒人たちが漂着するなどという、突拍子のなさは、いかにも原作の筒井康隆の世界。だが、その短編から話を膨らませ、アメリカの南北戦争と日本の戊辰戦争という、両国の内戦を、同じ土俵の上で描きながら、それらお国の一大事には全く我関せず、オールナイトのジャムセッション(これがめちゃくちゃ楽しい)に熱中する人々を描くというアナーキーな感じは岡本喜八の世界である。

 随分前の岡本喜八による幕末映画『赤毛』(69)の中で吐かれた「葵が錦に代わっただけじゃないか」という一言に、時の権力に迎合しない、あるいは、権力者が代わったところで、急に世の中がよくなるものでもない、といった諦めの気持ちが込められていたが、そうした精神が、同じ幕末もののせいもあるが、数十年後のこの映画にもつながるところがあった。

 そして、年を取っても、黒澤明のように巨匠然としないで、こうした軽い、B級に毛が生えたような、それでいて抜群に面白く、皮肉の効いた映画が撮れるところが岡本喜八の真骨頂なのだろう。さまざまな出演者の中でも、堅物の家老を演じた財津一郎が絶品だった。

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