あれから20年ですか。阪神大震災から。亡くなった人亡くした人命拾いをした人そして失くした人様々な思いがつまった20年。あらためて災害の恐ろしさを思います。1995・1・17午前5時46分でしたっけ。神戸にいた叔父から電話があって「何とか無事だ」と。その時全然実感がなくて正直何を言ってるのか分からなかった。テレビを見て新聞を見てビックリ。まさか神戸でという思いが一番先かな。高速道路がズタズタになったり家屋が倒壊したりの写真に息を呑んだ。「悲惨の一言だよ」と当時生々しい現場を見てきた知人が教えてくれた。「何よりニオイが酷くてね」と。瓦礫に囲まれた街をその人が歩く姿がオーバーラップして見えた。復興できるのだろうかと心細く思ってもいた。でもさすが神戸、復興は思ったよりも早く都会の底力を見せてくれた。日本は地震列島の国との意識がうすうす浸透してきた矢先2011・3・11東北大震災。東日本大震災というのかな。あの津波の恐怖をまざまざと見せ付けてくれた震災だ。それに伴っての原発事故。事故と言うより災害かな。匂いのない目に見えない放射能の拡散。これのため東北の復興は遅々として進まない政府は直ちに影響はないとか1ミリシーベルトの年間被爆許容量を20ミリシーベルトだか100ミリシーベルトだかに広げて大丈夫というけれど誰もそんなこと信じてはいない。それが証拠に政府の役人とか官僚が現場に行きたがらないから復興は進まない。20年たっても3.11は思い出にならない。まだ被爆の現実として広島長崎のように残っているだろう。3.11以後変わったこと。誰も責任を取らなくていい社会が実現したこと。だから殺人者が死体遺棄は認めるけど殺人は認めないなんて自分勝手な主張を堂々と述べる社会が実現した。もう一度振り返るという生活を見直そうという風潮はどこに消えたんでしょうか。忘却の彼方に何があるのでしょう?
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