今朝の参禅は、強い雨から始まりました。
老師は早出の一人に「立禅の指導」が始まっている、
6時の梵鐘の役目は坊守(老師婦人)様のようです。
6時には全員着座、身を整える着座は、ゆっくりゆっくりでよいとの仰せ。
ザブの上にお尻をなじませ「整姿」、
足が収まれば腰を伸ばす、右手のひらを足の上に置き、
その上に左の手のひらを乗せる、法界定印を結ぶ。
「両の拇指、面い相さそう」、親指がかるく接するそこに丸い円ができる。
この手のひらに意識を置く(整意識)、親指の形に留意する。
あごを引いて肩の力を抜く、口は閉じ鼻からのみ息の出し入れをする、
舌を上あごに着ける、口をしっかり結び、耳は肩まで下す線に整える、
目は半眼に開きつぶらない、
そして静かに意識して「呼吸」をする、吸うのは短く素早く、
吸い込んだ空気は下腹迄、吐くのは細くゆっくりと出す
おなかに入った空気をおへその下、丹前あたりまで下す意識。
吐き出す力、これは「息する力、すなわち生きる力」なのです。
この方法は、お釈迦様が禅定に入られた時の呼吸の仕方といわれ
「アナパーナ・サチ」と称される。
これで身を構え、呼吸をととのえたのですが、このことを常に点検する。
(ここからは、今回初めての教え)
身を構えて加える事、
それは「座禅中の顔つきは優しく静かな笑顔も大切」です、
坐禅する姿は、おしゃか様が静かな世界に入られた
その時をまねているのです。
お釈迦様の生活をマネする動作それが座禅です。
自分の我を捨て、仏(お釈迦様)の生活を目標に定めそれに向かう心、
その間の時間を喜びあいたい。
私たちは「何のためにこの世に生まれさせてもらった」のか。
それは、おしゃか様の願生、願われた世界、仏の理想を実現させていただく
努力をするため生まれさせていただいたのです。
日常生活において、そんな願いを姿にしているのも「坐禅」です。
そんな大目標に向かって生活する生き方、その要が仏の教え、佛教です。
ここで小鐘3つ、坐禅正式のスタート(すでに半分の20分は座っている)
しばらく静かに座りましょう。
無言の20分、禅堂屋根からの雨だれの音のみが続く時間でした。
突然「願わくば、この功徳を持って普く一切に及ぼし、
我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」と、回向唱えられた。
小鐘1つで終了。