日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

消えた野鳥

2010年12月11日 | 地域
           

名勝・錦帯橋の架かる錦川は標高1,085mの弟見山(おととみやま)を水源とする。流域面積は広く、その水量は豊富で水質もよく、流域を潤しながら瀬戸内海へとそそぐその本流の長さは110km、県下で一番の長さを誇る。

その水量と水質はそれを命とする紙や繊維を初めとする多くの産業を起す源となり、そして地域を発展させた。その昔、岩国藩の財政立て直しに大きく寄与したのは、潮風の当たる地ではなく山村のやせ地に強い楮を育て、豊かな水で漉いた紙だったという記録がある。

穏やかで流域を潤してくれる錦川も幾多の氾濫を繰り返した。戦争で荒れた山林も禍して戦後の台風による被害は記憶に残る。特に1950年のキジア台風による錦帯橋の流失は子ども心にもその怖さを知った。最近では2005年の台風14号、錦川の多くの地域を濁流が襲い大きな被害を出した。このとき錦帯橋の橋脚の一部も流失した。

14号の復旧工事は流域全体にわたって今も続いている。護岸の改修にあわせ堆積した土砂などの取り除き、浚渫が進んでいる。河川の幅が広くなり水深も保たれ、あの時の怖さは解消されるように思う。被害に会われた方は安堵されるだろう。

雑草が茂り、秋にはススキの原となり、無数の野鳥のすみかとなっていた中州、そこは錦川上流から流れ堆積した土砂で成っている。長い年月を要しただろう。その中州が浚渫で次々と姿を消している。後には広大な広場が出現した。

浚渫前にはあれほど見られた野鳥の姿を見ることができなくなった。どこへすみかを変えたのだろう。良いところが見つかっただろうか。写真を撮ろうとするとパット飛び去っていった小鳥たちが懐かしい。

(写真:浚渫の工事現場、手前は広々とした空き地)
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