科研費の問題は、選挙で選ばれた政治家が税財源の配分に関われず、文科省の担当者と学振に出入りしている学者の間で決まってしまうことだ。学者に政治的に色がついていれば、配分も色がつくことになる。
— Victor2017 (@hogehog84441092) 2018年4月1日
学振に出入りって、あの長大な審査員リストのひとたちが出入りしてたら、よほどのスペースがないとキャパオーバーになるぞ。だいたい私はいまだに学振がどこにあるかもしらない。
ちなみに上にあげたツィートには面白い論点が隠れている。正統性の根拠を選挙で選ばれることにおいている。選挙で選ばれることで、学術分野においても優越的な地位を占めることができる、という論理に展開するなら、まあいろいろ面白い話になりそうよね。
…少なくとも私は物理法則のほうが優越する場面がかなりあることを認めるなあ。民意によって選ばれた政権が民主主義の擁護のためにベトナムで戦争した場合、民主主義を守るアメリカ人民の強烈な意志が敵弾の運動エネルギーを支配するとは思わん。
…それぞれの分野でそれぞれに固有の運動法則があり、大枠で民主主義的社会のなかに納まっている限りについては相互に介入をさける・尊重する…といったあたりで動くのが通例と思うが。
ん?政治家が関与したら、もっと政治的な色がつくのでは??
— 琥珀?@サクスペ・DQ・FF好き (@ruri_shinju) 2018年4月2日
見事なつっこみである。
あと、人文社会科学の研究については、研究成果以前に、研究テーマの設定自体で「色がついている」というイチャモンをつけることもできる。慰安婦の研究は典型だろうし、適当だが「貧困を生む社会経済構造の研究」なんかでも、貧困は自己責任だという人からすれば「色がついている」ことになるだろうし
— Shotaro TSUDA (@brighthelmer) 2018年4月2日
科研費は幅広く研究を育てるための基本的な予算なので、明らかに自分と意見が違う研究者や反目する研究者がいたとしても、その人達が研究費を獲得できるようでなければならない。色があっても良い。ピアレビューに耐えられれば、予算が獲得できる。それこそが我が国を強くする。 https://t.co/r6c651HQr4
— Masakazu Sekijima (@m_sekijima) 2018年4月2日
そんなわけで、まあ実際の審査の場面などは、それはそれで政治的立場と別にやるというポリシーでやってたりもしますので。
「科研費話(非主流派でもそれなりには回るので、公平性はそれなりに目に見えると思う派)(2018-03-09)」
もちろん、政治的に近い人にプラスポイントをつける人もいるだろうが、当然、その反対派のひとも審査員に入る可能性も十二分にあり、下手な傾斜が見破られるとパージされたり復讐されたりするでしょうね。
なお私は「無能を落とす」ポリシーで生きている。「計画の形式的な完成度」を基準にする人もいる。
「科研費話(ポピュリズムの果てに文革かポルポトかなにかに陥りかねないなあとか)(2018-03-09)」
…この記事の時点くらいだと、杉田氏は科研費審査員名簿が公開されていることを知らなかった可能性。
科研費について、よく、「いったいだれが審査してるの?」と聞かれます。実はこのページに科研費の審査委員の名前が全て公表されています。とても見づらいのと膨大な人数がいらっしゃるので整理しきれませんが。https://t.co/H7QegFZl5g https://t.co/H7QegFZl5g
— 杉田 水脈 (@miosugita) 2018年3月29日
杉田氏はようやくリストの存在を知ったらしい。
やはり。杉田水脈の狙いは牟田和恵など「慰安婦」問題やフェミニズムやポストコロニアリズムの研究者への攻撃だけではない。むしろ攻めたい本丸は、科研費の審査委員や日本学術振興会のスタッフや文科省や萎縮しそうなインテリであるはず。朝日バッシングの本質が他のマスコミ萎縮にあるのに似てる https://t.co/ArpmLgockQ
— 梁英聖@『日本型ヘイトスピーチとは何か』(影書房) (@rysyrys) 2018年3月30日
そこまで計画的かなあ、とも。「朝日バッシングの本質」は、「他の」朝日と同類の主張の「他のマスコミ萎縮」にあるものか、とも。調べてもみていないが、名を聞いた「ニュース女子」とかいうのを支持するひとと産経支持者は同じ枠であることが多そうだし、これらの人々は朝日とその同類(と彼らが見做したところのもの)を攻撃するが、マスコミでもある産経の萎縮を求めてはいないだろう。
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