産経新聞 迷った岸田氏、何も得ず 首相は不信感、宏池会冷遇も 2018.7.25 05:30
「9月の自民党総裁選への不出馬を表明した岸田文雄政調会長は、悩みに悩んだ末に安倍晋三首相(党総裁)支持を決めた」
「しかし、早期に支持を得たかった首相の不信感が最高潮に達した後では岸田氏が得るものは乏しく、遅きに失した判断となった」
2ページ目には「丁寧に物事を進める岸田氏の持ち味が結果的にあだとなった格好だ。「決められない男」との印象だけが残り、禅譲はおろか、総裁選後の党役員人事や内閣改造で岸田派は冷遇される可能性もある」とさえあり、
勝負勘のなさが印象付けられる結果といおうか…。
産経新聞 「一人も閣僚のクビ取れず…」今国会、野党の戦果ゼロ? 立憲民主と国民民主は対立激化 2018.7.25 07:00
「約半年間にわたった今国会は「モリ・カケ問題」や財務事務次官のセクハラ問題による辞任など、野党にとっては追及材料に恵まれた。しかし、最低限の目標としていた麻生太郎財務相兼副総理(77)の辞任すら叶わず「戦果ゼロ」に等しい結果に終わった」
それは「取れ高」のないテーマなのとちがいますか、という…。
記事の後ろのほうには
「国民民主党はIR法案自体には反対していたが、政府にギャンブル依存症の治療や社会復帰対策などを求めた付帯決議を自民、公明、日本維新の会とともに共同提出した。決議を読み上げる矢田氏に対しても「なぜそんなものを読むのか!」と「身内」から容赦ないやじが浴びせられた。
矢田氏と並んで記者会見に臨んだ国民民主党会派の舟山康江参院国対委員長(52)は「聞き捨てならないやじも聞こえてきた。品格を落とすような行為は同じ立法府の人間として残念だ」と憤った」
とまあ…共闘するにも感情的なもつれがえらいことありそうでもあり。
ところが反アベのひとたちもニセ科学スキーな向きがいい確率でみられるようでもありまして。
おめーら、ほんと、仲がいいなあ、と思う。小梨の安倍君をいびる姿も一緒なんだから、仲良くしてればいいのに。我々とは違う場所で。
「正常」の定義にもよるが、たとえば男性のホモセクシャル傾向は精々8%位がmaxだとか言う。つまり9割の多数派は異性愛傾向だとざっくり切ってみよう。女性についても同様だと見てみよう。では、あとは数学の問題だ―。
我々異性愛者が、異性であることを理由に「ヤリたい」とは思わないように、ホモもレズも好みというものがあり、しかも実数が少ない以上、好みの相手と信じる者と出会う確率は低く、こちらの系統は衰退する。異性愛者は数が多い分、好みも妥協の幅も広く、従ってこちらが増えるだろう。
この場合、男女カップルは一定程度以上成立し、かつ子供をなし、その愛着から家族を形成しがちだろう。この9割に対して「さあ、お前の子供を国に差し出せ」と主張する政府は、一体、なにを基盤に成立するのか?
まあその、ホモレズそのほかを、別に完全無欠の正常様と認める必要もない。ハゲデブ等々と同レベルに揶揄や嘲笑の対象になるのも、まあンなもんだろう、そうした水準くらいの少数派ではある―あたりであって、別に特段の差別的措置を設定する必要も必然性もまあねえよなあという、当然の話である。不合理な差別があるならそれを除去するために資源が必要なのであり、別に促進するために特段の特別措置を要する特権階級では無いという程度の話である。
他方、同性愛を促進しようとしても、これまた無理である。同性愛者が本質的にそうなのであり、治療の対象ではないというならは、異性愛の人々もまたその本性そのものが異性愛傾向なのであって、治療や教育で同性愛者にはならんだろう、だってそれはその人にとっては非本質で外在的なものなのだから―という。
となると、ざっと92%の異性愛者たちが、「ああ、ぜひとも男女カップル成立は減らさねばならず、我々は結合しない決断を下すべきなのだ!」だとか「我々はあたりまえのように家族制度を放棄すべきなのだ!」だとか考えた上、「ああ我々はフリーセックスをこそ希望すべきなのだ」として「そして生まれた子供は公的管理のもとに置くべきなのだ」という―社会的合意を形成する可能性は、さてどんなもんなのだろう…?
「五手六手先まで考え」てもいいが、その間の論理的必然性とか実現可能性とかも一緒に考えるといいなあ、と。そうでないと、ありえなさそうな未来を理由に現在のアレコレに反対だけ言い募る、それは君たちがキライな朝日新聞とかが得意の手法でないのかねえ、とか嫌味をいわれちゃうよ、と思うのだが。
「9月の自民党総裁選への不出馬を表明した岸田文雄政調会長は、悩みに悩んだ末に安倍晋三首相(党総裁)支持を決めた」
「しかし、早期に支持を得たかった首相の不信感が最高潮に達した後では岸田氏が得るものは乏しく、遅きに失した判断となった」
2ページ目には「丁寧に物事を進める岸田氏の持ち味が結果的にあだとなった格好だ。「決められない男」との印象だけが残り、禅譲はおろか、総裁選後の党役員人事や内閣改造で岸田派は冷遇される可能性もある」とさえあり、
良心的な方だし頭も良い方なのでしょうが、最高指導者に必要な「勝負勘」があるのかどうか。こればかりは鍛えてどうなるというものでもないように思います。 https://t.co/HJNgVd89FJ
— Koji Matsui 松井孝治 (@matsuikoji) 2018年7月25日
勝負勘のなさが印象付けられる結果といおうか…。
閣僚に必要な資質は、能力と良心。
— Koji Matsui 松井孝治 (@matsuikoji) 2018年7月25日
総理に必要な資質は、度胸と愛嬌。
産経新聞 「一人も閣僚のクビ取れず…」今国会、野党の戦果ゼロ? 立憲民主と国民民主は対立激化 2018.7.25 07:00
「約半年間にわたった今国会は「モリ・カケ問題」や財務事務次官のセクハラ問題による辞任など、野党にとっては追及材料に恵まれた。しかし、最低限の目標としていた麻生太郎財務相兼副総理(77)の辞任すら叶わず「戦果ゼロ」に等しい結果に終わった」
それは「取れ高」のないテーマなのとちがいますか、という…。
記事の後ろのほうには
「国民民主党はIR法案自体には反対していたが、政府にギャンブル依存症の治療や社会復帰対策などを求めた付帯決議を自民、公明、日本維新の会とともに共同提出した。決議を読み上げる矢田氏に対しても「なぜそんなものを読むのか!」と「身内」から容赦ないやじが浴びせられた。
矢田氏と並んで記者会見に臨んだ国民民主党会派の舟山康江参院国対委員長(52)は「聞き捨てならないやじも聞こえてきた。品格を落とすような行為は同じ立法府の人間として残念だ」と憤った」
とまあ…共闘するにも感情的なもつれがえらいことありそうでもあり。
ニセ科学筆頭のEM菌信者の環境省副大臣とかギャグでも笑えないわ。 https://t.co/aTpRvVwNS5
— 水牛・sui (@suigyu703) 2018年7月25日
これはだめだろこれは。環境省の副大臣がEM菌とか馬鹿にもほどがある。アベガーな人らはこれこそ安倍首相に対し任命責任を問うべきなんではなかろうか。つかほんと安倍政権は安倍さん筆頭にニセ科学スキーが多くて辟易する、>RT
— 水牛・sui (@suigyu703) 2018年7月25日
ところが反アベのひとたちもニセ科学スキーな向きがいい確率でみられるようでもありまして。
おめーら、ほんと、仲がいいなあ、と思う。小梨の安倍君をいびる姿も一緒なんだから、仲良くしてればいいのに。我々とは違う場所で。
LGBTIQPZM…を「正常性癖」と認めるとどうなってしまうのか。結論を申せば、男女カップルの成立が減り、少子化に拍車がかかる。日本人の人口が減る。家族制度が崩壊。子づくりはフリーセックス。そして、子どもは国の所有物になり、日本は共産化する。五手六手先まで考えよ。 https://t.co/7ALTNJPeG1
— はすみ としこ (@hasumi29430098) 2018年7月25日
「正常」の定義にもよるが、たとえば男性のホモセクシャル傾向は精々8%位がmaxだとか言う。つまり9割の多数派は異性愛傾向だとざっくり切ってみよう。女性についても同様だと見てみよう。では、あとは数学の問題だ―。
我々異性愛者が、異性であることを理由に「ヤリたい」とは思わないように、ホモもレズも好みというものがあり、しかも実数が少ない以上、好みの相手と信じる者と出会う確率は低く、こちらの系統は衰退する。異性愛者は数が多い分、好みも妥協の幅も広く、従ってこちらが増えるだろう。
この場合、男女カップルは一定程度以上成立し、かつ子供をなし、その愛着から家族を形成しがちだろう。この9割に対して「さあ、お前の子供を国に差し出せ」と主張する政府は、一体、なにを基盤に成立するのか?
まあその、ホモレズそのほかを、別に完全無欠の正常様と認める必要もない。ハゲデブ等々と同レベルに揶揄や嘲笑の対象になるのも、まあンなもんだろう、そうした水準くらいの少数派ではある―あたりであって、別に特段の差別的措置を設定する必要も必然性もまあねえよなあという、当然の話である。不合理な差別があるならそれを除去するために資源が必要なのであり、別に促進するために特段の特別措置を要する特権階級では無いという程度の話である。
他方、同性愛を促進しようとしても、これまた無理である。同性愛者が本質的にそうなのであり、治療の対象ではないというならは、異性愛の人々もまたその本性そのものが異性愛傾向なのであって、治療や教育で同性愛者にはならんだろう、だってそれはその人にとっては非本質で外在的なものなのだから―という。
となると、ざっと92%の異性愛者たちが、「ああ、ぜひとも男女カップル成立は減らさねばならず、我々は結合しない決断を下すべきなのだ!」だとか「我々はあたりまえのように家族制度を放棄すべきなのだ!」だとか考えた上、「ああ我々はフリーセックスをこそ希望すべきなのだ」として「そして生まれた子供は公的管理のもとに置くべきなのだ」という―社会的合意を形成する可能性は、さてどんなもんなのだろう…?
「五手六手先まで考え」てもいいが、その間の論理的必然性とか実現可能性とかも一緒に考えるといいなあ、と。そうでないと、ありえなさそうな未来を理由に現在のアレコレに反対だけ言い募る、それは君たちがキライな朝日新聞とかが得意の手法でないのかねえ、とか嫌味をいわれちゃうよ、と思うのだが。
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