空野雑報

ソマリア中心のアフリカニュース翻訳・紹介がメイン(だった)。南アジア関係ニュースも時折。なお青字は引用。

Vegan問題メモ(ANIMAL REBELLIONの話題を利用しつつ)

2022-10-12 17:43:25 | ノート
 教育実践として教室でVeganについて語るということはあろうが、しかし何かしらの注意や留保や…は必要かと思う。何をどう論じるか、など。





 この場合「よく分からない人たち」というのがどんな意味あいか、ちょっと聞いてみる必要があるかもしれない。つまり、前提知識がなく、なにやらニュースか何かでちらっと奇妙な行動をしていたという水準の「よく分からない」か、主張を聞いたうえでなぜそういう行動に至ったのか論理的な必然性が「よく分からない」ひいては「…バカ?」なのか。



 肉食に引け目を感じている可能性がある、と考えることが出来ること自体、ある種のバイアスがかかっているとも言えよう。しかもどういう引け目かという問題もあり得る。ソマリアの飢餓に苦しむ子供たちを思って、自分の飽食を居心地悪く思うというのはありそうだが、これは肉食をすること自体への引け目ではない。よきものを独占していることへの引け目だ。

 ということで、適切な分量の肉食は動物としての人間の健康のためになる・なり得るという前提のもと、食料安全保障への意識・議論をというなら、これは高校現代社会・公共、また中学校の公民以来の問題設定のはずで、仮にも大学生であればそう難しすぎるということはない。とりあえず「みんなまあまあ生きていけるくらいには食べる権利があると思うんです、どうにか実現できないかなあ」くらい言えればまあ、よい。

 それ以上の「いろいろな難しい問題」に入るには、かなーりハードルが高い。
 差し当たり、西欧人・米国人レベルにお肉をばりばり食べると、どうも世界的には食料のエネルギー効率が悪そうだ―と考える・知ってもらうところから始まるかな。日本人としても、恐らくもう10%とか減らすと、より健康かもしれない―と論題提示してみてもいい(そこで昨今の格差問題に関わってくるはずだが)。

 そうして、より持続可能な食糧安全保障のため、もっとプラントベースな食料を―というところまでもっていくのは、うん、例えば90分講義2回くらいで、諸種のデータを示しつつ持っていけるかな。

 ここまではかなり万人に同意可能な・理解可能な範囲と思う。
 しかしここでAnimal Rebellionの派手な活動の映像なんかをSNSで見かけたりすると、そりゃあ、嫌悪の情が沸き起こるのも、そりゃあまあ…。

 …だって日本人の相当部分を、思想や宗教度外視で激怒させるのに最も合目的的な手法って、食い物を無駄にする・食い物に対する敬意なく・食い物を凌辱すること、だろうから。









 え、これ、お金払ってんの…?!あたりから始まり、なんでそこらに牛乳、ぶちまけんの…?と。わけわからない、おかしいひとたち、というのが…まあ…そりゃあ…正直な感想になるよなあ…と…。
 …こういった民族的と言うか、民衆的というか、民俗的というか…そんなハードルを越えて「Veganは倫理的に正しいのです!」と教育するのは、私はあまりの困難さに初っ端から放棄すると思う。そうじゃなく、フードロスを極限まで減らす、といった方向でアプローチすると思う。

 忘れちゃいけないと思うんですが。
 我々日本は、ついこの間までびんぼー国家だったんですよ? 一時的に飽食の国になりましたが、基本メンタルは節制・清貧・言霊と付喪神なアニミズム国家ですよ? 金満国の「いらないもの・あってはならないものはサクサク破壊・廃棄!」みたいなムーヴ、称賛する雰囲気を初手から期待するだなんて、そりゃあ無理だよ…。
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