空野雑報

ソマリア中心のアフリカニュース翻訳・紹介がメイン(だった)。南アジア関係ニュースも時折。なお青字は引用。

「教養」ネタのメモ

2021-05-02 22:19:02 | Weblog
「教養」ネタ



 それはそれで分るが、もはやいわゆる教養部が消滅して20年以上である。25年は経っているだろう。すると、中の人たちは相当部分入れ替わっているわけで、教養部を潰した当の本人が言っているわけでは(かならずしも)なく、言われてもコッチだって困る、と言うのも尤もではなかろうか。



 そういう例を:







 炎上マーケティングの一種であろうか:



 ところで簡単には、「は」と「が」と「だけが」という数文字の機能について勉強してみたら、もっと文章は光るのじゃないかとか。



 まあ、目的によるよねえとか。

 あとまあ、日本の場合、「東大生」とかいうと20歳前後くらいの若造なんだが、ちょっとした文章書きしているひとが「オレは二十歳のガキよりうまい文章を書けるぜ!」と宣言するあたりは、やっぱりどういう層にどういう文章を売って商売するつもりなのかとかなんとか。

 学者なら新書あたりを書いて儲けたいものだし、ゆるゆるに受けまくりたいというならけものフレンズ方針でいくとよさそうだし、意識タカイ系に売ったりするっぽい方向ならまたそれなりの芸風というものが。



 どうも自分こそが基本的な知識人であると思いがちなものらしく。





 いうところの「教養」が何のどんなレベルを言っているのか。たまに立ち止まって考えるとよいのです、きっと。
 とりあえず私は、高卒水準のそれを市民的な「教養」と理解しておきたい。社会生活をするにあたっての基盤は中学校の教育内容にあるが、多少込み入った話になれば高校の教育課程のそれにはいる。大卒者には、高校の学習内容をちょっと超える領域まで進展していて欲しいかなあ―と思うが―例えば、核分裂の話は高校課程では入らないと聞いたかな―。
 …とはいえ、理系修士博士に、マルクス(資本論の)が通じなかったことを思い起こしても、まあ、その、なんだ、という気もする。おおい、おっちゃぁん。君の青春時代にはまだ、ソ連があったじゃないかあ。
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