車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 静岡県旧大東町(掛川市) 

2019年02月13日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

旧小笠郡大東町(だいとうちょう)は静岡県の遠州中部に位置した町です。南に遠州灘の海岸線、北に小笠山山系が連なる、豊かな自然と歴史に恵まれ、町域には多数の神社・仏閣があり、人々の信仰を集めています。特に「小笠神社」は、大須賀町の「三熊野神社」・浜岡町の「高松神社」とともに、文武天皇の命により熊野三山から勧請された事から「遠州の熊野三山」と称されています。掛川市、御前崎市、菊川市、大須賀町に隣接。「町の木:松」「町の花:水仙」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、城東郡千浜村・中村・佐束村・岩滑村・土方村・三浜村・三俣村が発足。

1896年、郡制の施行により、城東郡、佐野郡が合併、小笠郡が発足。

1942年、三浜村・三俣村が合併、小笠郡睦浜村が発足。

1943年 - 佐束村、岩滑村が合併、小笠郡佐束村が発足。

1955年 - 佐束村、土方村が合併、小笠郡城東村が発足。睦浜村、大坂村が合併、小笠郡大坂村が発足。

1956年、小笠郡千浜村と大坂村が合併、大浜町が発足。小笠郡城東村が中村を編入。

1957年、城東村大石の一部が小笠町、城東村中の一部が大浜町に編入。

1958年、城東村大石の一部、城東村海戸の一部が小笠町に編入。

1973年、小笠郡大浜町と城東村が合併、小笠郡大東町が発足。

2005年、掛川市、小笠郡大須賀町と合併、掛川市となりました。

マンホールには、「潮騒橋」と「町の木・松」、「町の花「水仙」に町章が描かれています。

「潮騒橋」 

昭和48年10月25日制定の町章は「富士と海を図案化し、大を形どったものです。外の輪は町北部のなごやかな山を表し、富士の下に大東町の海岸線を表徴、融和の精神を表します。」合併協議会資料より

「潮騒橋」は、1995年に開通した国安の菊川河口に架かる浜松御前崎自転車歩行者専用道路橋。 

雨上がりの朝に見る潮騒橋、頬を打つ風も、打ち寄せる浪の色もとてもうそ寒かったのを覚えています。

撮影日:2011年11月15日&2016年12月14日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 静岡県旧大須賀町(掛川市)

2019年02月09日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

旧小笠郡大須賀町(おおすかちょう)は静岡県の西部、遠州地方の東部に位置した町です。南は遠州灘、北は小笠山に接し、袋井市、大東町、浅羽町に隣接。町域には「横須賀城跡」や、遠州七不思議のひとつ「晴明塚」などの名所旧跡が有る事でも知られています。「町の木:松」「町の花:ツツジ」「町の鳥:メジロ」を制定。

モニュメントには大須賀町のキャッチフレーズ「歴史とみどりのまち 大須賀」と刻まれています。

大須賀支所北側に移築された、市指定文化財「横須賀町番所」。建物の屋根の大棟と隅棟には、横須賀城主:西尾家の紋所「櫛松」を表した鳥衾付の鬼瓦があります。

明治22年(1889)、町村制の施行により、城東郡大須賀村・大淵村・笠原村が発足。

1896年、郡制の施行により所属郡が小笠郡に変更。

1914年、小笠郡大須賀村が町制を施行・改称して小笠郡横須賀町となる。

1956年、小笠郡横須賀町と大淵村が合併、小笠郡大須賀町が発足。

1956年、小笠郡笠原村の一部を編入。
2005年、掛川市、小笠郡大東町と合併、掛川市の一地区となりました。

マンホールには「オスカー君」を中心に町の花:ツツジと町の鳥:メジロ。周囲には「町の木:松」がデザインされています。

『オスカー君』は、町の頭文字の「O」を基本に1997年10月24日制定されました。頭は小笠山、首元は遠州灘の波を配置し、これから活力ある未来に向かっていく姿を表現しています。

昭和37年10月25日制定の町章は「合併した3地区を矢羽根で表し、「大」にまとめています。 矢羽根の中にある3本の白線は、それぞれの3地区を流れる、3本の川を表しています。」合併協議会資料より

中央に「井」の文字がある「消防水利」は、消防用の井戸がある場所に設置される蓋。消防法に「常時貯水量が40m3以上、又は取水可能水量が毎分1m3以上で、かつ、連続40分以上の給水能力を有するものでなければならない。」と定められています。

撮影日:2011年11月16日&2016年12月15日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール~規格蓋 in 静岡県掛川市

2019年02月05日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

デザインのないマンホールや、上水道関連の蓋は地味すぎるのが難点ですが、それでも各自治体を現す立派なご当地マンホール。集めて歩くと結構な種類になったので別記事に掲載です。そうそう、ちなみに掛川市役所の敷地内に設置されているベンチの足には、もれなく掛川市の市章がデザインされています(^-^)

それだけではやっぱり地味なので、新東名「掛川PA」の記念スタンプ。「粟(あわ)ヶ岳の茶文字」はとても有名だそうで、運がよければ走る車の中から見ることができます。 

2005年8月6日制定の市章は【掛川市の頭文字「K」をモチーフにして、掛川市の将来像「海と山と街道がつながり、夢・未来を創るまち」をキキョウの花の形でイメージ・デザインしました。公式HPより

でも・・一枚しか見つけられなかった(^^;)

旧掛川市の市章は昭和31年2月28日の制定で、「雲霧城(掛川城)の桔梗御紋を引用したものです。」

微妙な違いで恐縮してしまいそうですが(笑)、意外と沢山ありました(笑)

仕切弁・電気・電話の市章の花びら部分ですが、丸くなくて、剣菱のようにとがっています。 たまたまこのようになったのだと思いますが、蓋によって微妙な違いがあり、それもまた興味深いです。

これは掛川城近くで見つけた「耐震貯水槽・消火栓」ですが、自治体を示すものは何もありません。おそらく整地の際に設置された規格蓋でしょう。

撮影日:2011年11月14日&2016年11月14日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホールとマンホールカード in 静岡県掛川市

2019年02月04日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

掛川市(かけがわし)は静岡県の西部、牧之原台地のすぐ西に位置しており、掛川城の城下町として発展してきました。袋井市・島田市・菊川市・御前崎市・森町に隣接。地名の由来は、中心部を流れる逆川の流れが、切り立った崖のように見える事から「缺(か)けた川」のようであり、それが次第に略されて「懸(かけ)川」となり、後に現在の「掛川」と改名されました。「市の木:金木犀」「市の花:桔梗」「市の鳥:鶯」を制定。

高速道路から見えた「粟ヶ岳の茶文字」。この茶文字ですが、茶の草かんむりの横棒だけでも100メートル以上あるとか。昭和7年頃、東山のお茶のPRのために、茶業組合や村民が力を合わせ、粟ヶ岳の急斜面にマツの樹を植え付けたのがはじまりとか。その後、松の木がマツクイムシの害にあい、ヒノキに植え替えられ、今も定期的にメンテナンスが行なわれているそうです。

キャッチフレーズは「海と山と街道がつながり、夢・未来を創るまち」「 ~ 健康・安全・安心、幸せ感じるまち 掛川 ~」

明治22年(1889)、町村制の施行により、佐野郡掛川町・南郷村・大池村・栗本村・西山口村・曽我村・東山口村・西郷村・倉真村・日坂村が発足。城東郡上内田村が発足。

1893年、佐野郡南郷村下俣・南西郷・結縁寺地区を編入。

1895年、掛川町南西郷・結縁寺・下俣の一部が分立して佐野郡西南郷村が発足。

1896年、郡制の施行により城東郡と佐野郡が合併、小笠郡が発足。

1925年、小笠郡大池村を編入。

1950年、小笠郡上内田村を編入。

1951年、掛川町、西南郷村、栗本村、西山口村が合併し、新たに小笠郡掛川町が発足。

1954年、小笠郡西郷村・倉真村が合併、小笠郡三笠村が発足。

1954年、小笠郡曽我村、東山口村を編入し、市制を施行、掛川市が発足。

1955年、小笠郡日坂村と合併。

1960年、小笠郡三笠村を編入。

2005年、掛川市、小笠郡大東町、大須賀町が合併、新たに掛川市となりました。

マンホールには、復元された「掛川城天守閣」と、「市の花:桔梗」が描かれています。(掛川駅南口付近のタイル歩道上)

「東海の名城」と呼ばれた掛川城、1994年に日本初の「本格木造天守閣」として復元されました。

「日坂(にっさか)宿」地区の農業集落排水の蓋には、駕籠に載って峠越えする旅人が描かれています。

「秋葉路地区」のマンホールは、「秋葉山」と「常夜燈二基」がデザインされています。

上内田地区の農業集落排水の蓋には、上内田の文字が中心から外側に放射状にデザインされています。

掛川市公式キャラクターは『二宮金次郎』をモチーフにして誕生した『茶のみやきんじろう』。頭の天辺にあるのはお茶の新芽「一芯二葉」で、今日もせっせと「お茶のまち掛川」をPRしています。

掛川市社会福祉協議会のマスコットキャラクター『キョーちゃん』。市の花の桔梗がモチーフ、お茶の葉の尻尾がチャームポイントです。

撮影日:2011年11月14日&2016年11月14日

------------------------00----------------------

マンホールカード、頂きました

2019年12月14日、第11弾として全国63自治体で66種類(累計502自治体605種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「掛川市」のマンホールカードは、「東神楽町役場」でいただけます。

1994年に設置開始されたマンホールには「掛川城」と「ききょう」がデザインされています。

「掛川市の観光名所のひとつである「掛川城」と市の花である「ききょう」を描いたマンホール蓋です。 掛川城は室町時代、駿河の守護大名であった今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのがはじまりです。 その後、戦国時代には、山内一豊が城主として大改築を行いました。 マンホール蓋には、平成6年(1994年)4月に「東海の名城」と呼ばれた美しさそのままに、日本初の「本格木造天守閣」として復元した姿を描いています。 また、掛川市内にはこの他にも地区ごとのデザインマンホール蓋が点在しているため、それらを探していただくのもおすすめです。」

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホールとマンホールカード in 静岡県吉田町

2019年02月03日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

榛原郡吉田町(よしだちょう)は静岡県の中部に位置し、大井川河口から下流域右岸側に広がる町です。町域の大半が大井川と坂口谷川に挟まれた平野部で、湯日川や大幡川が駿河湾に面する吉田漁港に注いでいます。この吉田漁港はシラスの揚がる港としても知られ、周辺にはシラスの加工場が点在。また吉田たんぼといわれる条里制遺跡があり、今日でもレタス栽培がおこなわれ、ダイヤ印ブランドのメロンと共に、町の特産品として出荷されています。島田市、焼津市、牧之原市に隣接。町の北西部は牧之原台地の支脈・湯南原台地の東端で片岡原とも呼ばれます。「町の木:松」「町の花:菊」を制定。

キャッチフレーズは「水と緑と花、えがおいっぱい 吉田町」「人と人、心やすらぎ 健康で住みやすいまち吉田町」

明治12年(1879)、吉田村・片岡村・川尻村・神戸村・大幡村が第六組合を結成。

明治22年(1889)、町村制の施行により、第六組合が榛原郡吉田村として発足。

1949年、吉田村が町制を施行、榛原郡吉田町となりました。

マンホールは、しらす漁で有名な「駿河湾の荒波とかもめ」「住吉海岸の松並木」。(スーパーカネ八住吉店近くのタイル歩道に設置)

吉田町川尻にある「吉田公園」のみに設置されている蓋で、中央が「町の花:菊」、周囲には「サツキ」がデザインされています。

昭和47年9月1日制定の町章は【住吉、川尻、片岡、北区の4つの地区を示す外側の“ヨ”は、丸く形どり、この4つの“ヨ”で“吉”を表しています。さらに、“田”を示す真ん中の十字を軸として、固い団結と限りない発展を表現しています。】HPより

静岡県営吉田公園は、2001年開催の「しずおか緑・花・祭」の会場跡地に整備された公園。

吉田公園にいたる花園橋の欄干には、美しくレリーフされた静岡県内・各自治体の花。

またカラーマンホールがある通りの街灯のレリーフは、「奴道中」で使われるお道具がモデル。 7月中旬の土、日、吉田町川尻に鎮座される「八幡津島」の夏祭り、きっと賑やかでしょうね。

吉田町PR部長の『よし吉』は、吉田町を流れる大井川の湧き水から誕生した水の妖精。特産品の「しらす」「うなぎ」「レタス」を身につけています。頭の帽子は小山城をデザインしました。

撮影日:2011年11月15日&2016年12月12日

------------------------00----------------------

マンホールカード、頂きました

2020年12月17日、第13弾として全国50自治体で50種類(累計557自治体717種類)の マンホールカードの配布が開始されました。「吉田町」のマンホールカードは、「しらすのまどぐち」でいただけます。

1919年に設置開始されたマンホールには「よし吉」と「小山城」、「チューリップ」「富士山」がデザインされています。

「吉田町PR部長である「よし吉(きち)」に、「チューリップ」「展望台小山城」「富士山」を配したマンホール蓋です。 よし吉は特産の「しらす」「レタス」「うなぎ」のデザインを身に着けた水の妖精。 豊かな水に恵まれた吉田町は春には、小山城では美しい桜を、吉田公園では約10万本のチューリップを見ることができます。 小山城からは町内を一望でき、ふもとの小山城売店「しらすのまどぐち」では町内で水揚げされたしらすなどの特産品が購入可能。 富士山は小山城からも見えますが、町内には富士見幹線や富士見橋といった富士の名を冠する場所があり、多くの場所からその姿を楽しめます。」

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 静岡県島田市・旧島田市

2019年01月28日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

島田市(しまだし)は静岡県中部、志太平野を流れる大井川の両岸に位置する都市です。 江戸時代より東海道の宿場町として盛え、市内を流れる大井川は、江戸の防衛上の理由から架橋を禁止されたため、人足による川越制度が敷かれていました。静岡市、浜松市、藤枝市、掛川市、菊川市、牧之原市、焼津市、吉田町、川根本町、森町に隣接。駿河国と遠江国の境界線である大井川沿いに位置するため、自然地理的にも人文地理的にも、島田市が東西の境界線となっており、島田市から西と東では地形地質も食文化も大きく異なっています。「市の木:茶」「市の花:バラ」「市の鳥:オオルリ」を制定。

キャッチフレーズは「人と産業・文化の交流拠点 水と緑の健康都市 島田」

戊辰戦争が終わり、職を失った将軍警護隊たちは遠江国の一部に広がる牧之原台地の開墾に着手。 これによって牧之原台地は全国有数の大茶園地帯となり、島田市緑茶化計画の発信元となりました。

島田市役所前に設置された緑色のポスト。

日本書紀にもその名が見られ、また箱根馬子唄に【箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ】と歌われた大井川。島田市南2丁目に架かる「蓬萊橋(897.422m)」は、「世界最長の歩行者専用木造橋」として1997年12月にギネスブックに登録されました。

明治22年(1889)、町村制の施行により、志太郡島田町、六合村、大津村、大長村、伊久身村、榛原郡金谷町、五和村、下川根村、初倉村が発足。

1948年、志太郡島田町が市制を施行、島田市となる。

1955年、島田市が志太郡六合村、大津村、大長村、伊久身村南部を編入。榛原郡川根村が町制を施行、川根町となる。

1957年、榛原郡金谷町と五和村が合併、新たに榛原郡金谷町が発足。榛原郡初倉村大字湯日・牧之原のそれぞれ一部が分離し金谷町に編入。

1961年、島田市が榛原郡初倉村を編入。

2005年、島田市と榛原郡金谷町が合併、新たに島田市が発足。

2008年、榛原郡川根町を編入。現在に至ります。

マンホールには、浮世絵に描かれた「大井川蓮台越」が美しく描かれています。

金谷宿川越し場跡「大井川蓮台越えの図」と、「八軒屋橋」のレリーフ

三年に一度の「島田大祭帯祭り」が描かれたマンホール。「鹿島踊」と「大奴」が美しくデザインされています。

帯祭り:大奴の路上タイル

プラスチック製の枡蓋には、簡略化した市章と「市の花:バラ」がデザインされています。

「市の花:バラ」の路上タイル

2005年7月14日制定の市章は「SHIMADASHIの『S』の文字をかたどり、東海道の中心から全国に広がる躍動感を表現し、青は大井川を、緑はお茶を表し、豊かな自然をイメージしています。」公式HPより

仕切弁

消火栓

空気弁

側溝蓋

旧島田市

大正4年10月23日制定の旧市章は【全体は「シマダ」を図案化したものであり、「マ」を四つ組み合わせて、「島」を意味し、それを円で囲んで「田」を表したもので、町章として制定されたものを市制施行後に継承した。】HPより

防火貯水槽

仕切弁

大上水

消火栓

空気弁

旧市章と「旧市の花:銀木犀」がデザインされた側溝蓋。

単に「ガス」蓋を表しているのか、固有の会社の徽章なのか不明。

島田茶PRキャラクター『えい茶くん』は、日本にお茶を広めたとされる『栄西禅師』がモデル。 左手に新芽、右手に湯のみ茶碗を持ち島田茶を全国に広めようと旅をする男の子です。

モデルとなった『栄西禅師』は、島田駅前で黄金の茶葉を高く掲げ、島田茶の存在をアピールしています。

金谷地区で生産される金谷茶イメージキャラクターは『金谷茶のかなちゃん』。旧金屋町時代には「茶子ちゃん」と呼ばれていましたが・・いつの間にか改名されていました(笑)

島田市川根町、NPOまちづくり川根の会のマスコットキャラクターは、フクロウをモチーフにした『チャリムくん』。背中に背負っているのは「お茶カゴ」だそうです。

島田髷を結った浮世絵美人が描かれた「島田市茶葉振興協会」のステッカー。

「島田髷発祥の地」として「島田髷祭」が催される島田市の商工会キャラクター『おしまちゃん』。髪の毛は島田髷。市章入りのかんざしに、お茶のかざりとバラの髪飾り。大井川を表現した水色の着物の胸元にはSL。島田の文字入り法被を着て広報活動に励んでいます。

撮影日:2011年11月14日&:2013年10月14日&2016年12月12日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 静岡県旧岡部町(藤枝市)

2019年01月25日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

旧志太郡岡部町(おかべちょう)は静岡県の中部、静岡市と藤枝市の間に位置した町です。江戸時代には東海道の宿場町として栄え、現在でも静岡市との境界にある宇津ノ谷峠は交通の要衝であり、旧街道、明治・昭和初期・昭和中期・平成のトンネル全てが、利用可能な状態で利用されています。町域にある、新舟・朝比奈地域は、京都の宇治、福岡の八女と並び、「玉露」の三大産地の一つとして有名であり、また2年に一度の「朝比奈大龍勢」では勇壮なロケット花火の打上げがみられる事でも知られています。

静岡市・焼津市・藤枝市と隣接。「町の木:モクセイ」「町の花:梅」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、志太郡岡部町・朝比奈村が発

1955年、志太郡岡部町と朝比奈村が合併、新たに志太郡岡部町が発足。

2009年、藤枝市に編入され現在に至っています。

玉露の産地でもある岡部町のマンホールには「茶壷」と、周囲に「お茶の花」が描かれています。

岡部宿にあったカラー側溝蓋には「町の花:梅」。

「たけのこ」が描かれた仕切弁ですが、それぞれのたけのこの先が別方向を向いて描かれています。 自治体名を表すのもは有りませんが、藤枝市岡部町の子持坂付近にのみ設置。

昭和47年5月23日制定の町章は「全体で「オカベ」を図案化、富士山と左右で鳩を意匠化しています。」

町章が描かれた岡部町の消火栓二種類。

岡部町商工会キャラクターの『おかべぇ』。頭はみかん、体は茶畑、いつもニコニコ岡部の町を歩いています。

2016年12月の静岡車中泊の旅では、道の駅「玉露の里」を利用させていただきました。 真夜中のWCはとても明るく安心できた事が印象に残っています。

車で旅をする者にとって、こうした施設は、本当にありがたく大切な場所です。

改めて、その折は有難うございました m(__)m

撮影日:2011年11月&2016年12月

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホールとマンホールカード in 静岡県藤枝市

2019年01月23日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

藤枝市(ふじえだし)は静岡県中部の志太平野に位置する市です。北は南アルプスを望む赤石山系の森林地帯から、南は江戸時代「越すに越されぬ」と言われた大井川の一部まで広がり、江戸時代には田中藩の城下町として、また東海道藤枝宿と岡部宿の宿場町として栄えてきました。静岡市、焼津市、島田市に隣接。「市の木:松」「市の花:藤」「市の鳥:鶯」を制定。

市名の由来は、江戸時代の若一王子神社の社伝に、源義家が奥州下りで「若一王子神社」に立ち寄った際、裏山の古い松の木に藤のつるが絡まり、藤の花が咲き誇っているのを見て詠んだ和歌【松に花咲く藤枝の 一王子 宮居ゆたかに いく千代をへん】に由来すると言われています。
市庁舎の玄関部分、吹き抜けの窓には一面の藤の花のステンドグラスが施され、それは見事です。

また「サッカーの町 藤枝」としても知られており、少年野球が全盛であった大正時代に、旧制志太中学校の校技として採用されたことに始まります。

キャッチフレーズは「元気供奏・飛躍ふじえだ ~元気つながる、笑顔ひろがる。~」

明治22年(1889)、町村制の施行により志太郡藤枝町・葉梨村・稲葉村・青島町・大洲村・高洲村・瀬戸谷村・広幡村が発足。

1954年、志太郡藤枝町・葉梨村・稲葉村・青島町・大洲村・高洲村が合併、藤枝市が発足。

1955年、志太郡瀬戸谷村を編入。

1957年、志太郡広幡村を編入。

2009年、志太郡岡部町を編入、現在に至っています。

マンホールには市の花「藤」を背景に、「富士山」市の木「松」市の鳥「鶯」が描かれています。

「藤枝市浄化センター」展示マンホール

「藤枝市浄化センター」展示マンホール

市の木「松」、市の花「藤」、市の鳥「鶯」に市章がデザインされたおしゃれな消火栓。

昭和29年9月11日制定の市章は「市の花である藤に見られる高潔な気品を藤枝の姿として、永遠に汚れない清潔な市として躍進と発展を遂げることを願い制定されました。」公式HPより

市章のみ、もしくは自治体名に、それぞれの用途が記載された、いわゆる規格蓋。 消火栓、防火貯水槽、仕切弁。

樹脂弁(腐食性環境や金属などが使用不可能なラインにおいて使用できるプラスチックで構成されたバルブ)。

撮影日:2011年11月14日&2016年12月11日&2018年11月06日

------------------------00----------------------

2018年8月11日、第8弾として全国76自治体76種類(計364自治体418種類)のマンホールカードの無料配布が開始されました。藤枝市のマンホールカードは「藤枝市郷土博物館・文学館」で頂けます。

2015年に設置開始されたマンホールには「市の花:藤」「市の鳥:うぐいす」「市の木:松」「富士山」がデザインされています。本音を言えば何故シールタイプにしたのか・・マンホール大好きな私としてはかなり不満。

【わがまち藤枝を連想する、市の花「藤」、市の木「松」、市の鳥「うぐいす」、背景には静岡県を象徴する「富士山」がデザインされています。 「藤」は平安時代の武将八幡太郎源義家の歌にも詠まれており、「藤」は昔から藤枝の地と縁が深いのです。 「松」は東海道の松並木、日蓮上人のお手植えの「久遠松」があります。 街中では「うぐいす」の鳴き声が聞こえ、その姿を見ることができます。 カードのマンホールは蓮華寺池公園前交差点内に設置されています。 公園内には他のマンホールもあり、公園内を散策することで、マンホールや景色、花を楽しみながら、藤枝の魅力を感じることができます。】

訪問日:2018年11月6日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホールとマンホールカード in 静岡県焼津市

2019年01月17日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

焼津市(やいづし)は静岡県中部、志太平野(大井川の扇状地)の北東に位置する市です。高草山などの丘陵部を境に静岡市、西に藤枝市、大井川を挟んで吉田町と島田市に隣接。静岡市との境には「東海の親不知」とも言われる大崩海岸があり、深海湾と呼ばれる駿河湾に面した焼津漁港を中心に発展。「市の木:松」「市の花:サツキ」「市の鳥:ユリカモメ」を制定。 市名は日本神話の【『日本武尊』が東征の途中で地元の賊衆に襲われた時、草薙剣で葦を薙ぎ倒し、そこで賊衆を迎えうち、火を放って難を逃れた。その様相が烈火のように見えた、あるいはその火で葦が焼け燃え盛ったという伝承から「焼津」と命名された。】

遠洋漁業や水産加工業が有名で、中でも漁獲量の多い「マグロ」や「かつお」は、市内の至る所で目にすることができます(笑)

焼津漁港で水揚げされる魚たちは太平洋だけでなく、噴水の水浴びもやっちゃえば、温泉にだって入ります。

そして何と言ってもすごいのは、焼津のカツオは・・・・なんと!!空を飛ぶのです(^^;)・・・なんか焼津市のプロフィールからどんどん遠ざかる。

キャッチフレーズは「人がキラリ 海がキラリ まちをキラリ ~活力と自然の恵みに満ちたまち 焼津~」

明治22年(1889)、町村制の施行により益津郡焼津村・西益津村・東益津村・広幡村・大井川町が発足。志太郡豊田村・藤枝町・大富村・静浜村・ 相川村・吉永村・和田村・小川村が発足。

1896年、郡制の施行により志太郡・益津郡の区域をもって、改めて志太郡が発足。

1901年、焼津村が町制を施行、志太郡焼津町となる。

1951年、焼津町が市制を施行、焼津市となる。

1952年、小川村が町制を施行、志太郡小川町となる。

<form id="tsf" class="tsf" role="search" action="https://www.google.com/search" autocomplete="off" method="GET" name="f" data-submitfalse="q">
 
</form>

1953年、焼津市が志太郡豊田村を編入。

1954年、藤枝町と西益津村が合併、改めて志太郡藤枝町が発足。

1954年、焼津市が志太郡藤枝町大覚寺上・大覚寺下地区を編入。

1955年、焼津市が志太郡東益津村、小川町、大富村、和田村を合併。

1957年、焼津市が志太郡広幡村越後島地区を編入。

2008年、焼津市が志太郡大井川町を編入、現在に至ります。

マンホールには、太平洋を回遊する魚群、荒波から顔を出す「かつお」が鮮やかに描かれています。

 
 
 

中央に「市の木:黒松」と「市の鳥:ユリカモメ」、その周囲を沢山の「かつお」が回遊しています。

「富士山」と「白波」海面をはねる「カツオ」のデザインは、マンホールカードにも採用されました。

 

プラ汚水枡のデザインは、「富士山」と「波」「カツオ」、「ユリカモメ」です。

昭和27年11月制定の市章は「カタカナの「ヤイヅ」を図案化したもので、市民の協力と伸びゆく市勢を象徴しています。」公式HPより

火消し半纏が描かれたカラー消火栓。背中には焼津市の市章、左右に纏が描かれています。

焼津市の市章がある「温泉」用の小型蓋。

焼津市の消火栓は他に、市章のあるもの、自治体名だけのものなど場所によって色々です。

 

花沢の里で見かけた「逆止(ぎゃくし)弁」(流体の背圧によって体が閉じて逆流を防止するもの)

「東海ガス株式会社」のガス専用蓋。

焼津市マスコットキャラクターはカツオの『やいちゃん』。かたくちいわしとトマトが大好物です。この巨大な『やいちゃん』を撮るにあたっては、焼津市観光協会の皆様の暖かいご協力を頂きました。おかげで貴重な横顔もばっちり、わがままに真剣に付き合って下さいました事、個人の小さなブログ上ですが、心からお礼申し上げます。 

「焼津市観光協会」のスタッフの皆さんは、とても温かい心の方達ばかりで本当にほっと寛げる場所です。焼津に行かれた際には是非立ち寄ってみてください(⌒∇⌒)

撮影日:2011年11月&2016年12月&2018年11月

------------------------00----------------------

2017年12月9日、第6弾として全国64自治体で66種類(累計252自治体293種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。焼津市のマンホールカードは焼津駅前にある「焼津市観光協会」で頂けます。

1993年に設置開始されたマンホールには「富士山と荒波」と、日本で一・二の水揚げを誇る「カツオ」が二匹デザインされています。

【焼津市は遠洋漁業の基地として、主にカツオやマグロ、近海・沿岸のアジ・サバなどが水揚げされる焼津漁港を中心に、古くから栄えた港町です。 焼津漁港は、水産業の振興上特に重要な漁港を指定した「特定第三種漁港」のひとつに数えられ、その水揚げ量は全国有数。 特にカツオの水揚げ量は国内一、二を争うほどです。 焼津市のマンホール蓋には、焼津漁港の背景にそびえる「富士山」と「焼津海岸の白波」、そして、海面をはねる活きのいい「カツオ」をデザインしました。 市内には富士山のビューポイントが多数ありますので、マンホール巡りと一緒に楽しんでみてはいかがでしょうか。】

訪問日:2018年11月14日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご当地マンホール in 静岡県旧由比町(静岡市)

2019年01月15日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・静岡県

旧庵原郡由比町(ゆいちょう)は静岡県の中部に位置し、歴史地理学的には関東政権(江戸・鎌倉・小田原)と東海政権(駿府)の境界となってきた町です。静岡市、富士川町、芝川町に隣接。「東海道の親不知」と呼ばれる断崖に位置し、江戸時代には東海道由比宿の宿場町として栄えてきました。現在では、サクラエビとシラスの漁業基地としても有名で、桜えび漁の許可証をもつ船は、由比・蒲原・大井川地区の合計で 120隻ほどであり、国産の桜えびは、100%駿河湾で水揚げされたものになっています。歌川広重:由比の浮世絵には、難所を越える旅人や、駿河湾・富士山などが描かれています。「町の木:モクセイ」「町の花:桜」「町の鳥:鶯」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、庵原郡由比宿と近隣10ヶ村が合併し、由比町が発足。

2008年11月1日、静岡市に編入、清水区の一部となりました。

独自のマンホールはありませんが、桜海老と富士山がコラボしたデザインの仕切弁があります。

この富士山と桜海老のデザインは、由比町のシンボルマークだったのでしょうか?町章代わりのように防火貯水槽に使われています。

これは由比本陣公園で見かけた絵ですが、富士山が擬人化した以外は上のデザインとほぼ同じに見えます。

昭和25年2月18日制定の町章は「ミカンの花の中に「由」を描き、雄蕊を11個を配し、周囲にカモメを象徴したものです。11個の雄蕊は、町村制に伴って合併した11の町村をあらわしています。」合併協議会資料より

失われてゆく旧自治体の町章が残された蓋類を見つけると、それが何であれ非常に嬉しいです。

中央に自治体名が記された防火貯水槽の蓋ですが、今は存在しない町名がある・・これも私のような物好きには貴重です。

最後はピンクの桜海老が可愛い、由比町商工会のマスコットキャラクター『さくらゆいちゃん』。 左手のハートのステイックは「幸せを呼ぶ」魔法のステックなんだそうですよ(*^^*)

撮影日:2011年11月12日

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする