21世紀中年

昭和オヤジのときめき、ひらめき、感激、嘆きを思いのままに書き連ねます

マスターズウィークで自動起床

2024-04-12 04:45:53 | 語るスポーツ
 今朝、4時に目が覚めた。もう少し寝たいと思ったが、完全に目が覚めてしまい、寝床からはい出した。さて、何をしようかと考える。そういえば、マスターズ開幕のニュースを昨日、目にした気がする。さっそくTVのスイッチをオンにする。
 おお、やってる。そうか、それで目が覚めたのか。マスターズと全英オープンはゴルフを始める前から、そして10年前にゴルフをやめた今でも、欠かさずライブで見てきた。無意識で、頭が起きろ、見ろと判断したのだろう。
 松山にバーディーが出ていない。一つ出ればトントンという気がする。アーメンコーナーが今年の明暗を分けそうだ。がんばれ!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダルの戦争に…同感!

2023-02-06 05:30:52 | 語るスポーツ

 WBCに向けたインタビューでダルビッシュが「戦争に行くわけじゃないので」と答えたが、ホントその通りだ。ダルは選手に伝えたいと言っていたが、むしろファンの側にこそ聞いてほしい言葉じゃないか。

 サッカーW杯では、選手が日の丸を背負ってと言う言葉に、国民の多くが熱狂し、正直、危機感すら覚えたが、ダルビッシュの真のアスリートにふさわしい言葉に救われた。活躍を期待している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

道新スポーツ休刊に思う

2022-10-12 07:08:26 | 語るスポーツ

 「道新スポーツ休刊へ」の報に、軽いショックを受けている。30代前半にフリーランスで活動していた時期があり、縁あって1年ほど細やかなコラムを書かせてもらったこともアリ、食えない時期にお世話になった感謝媒体だった。

 北海道のスポーツ紙界は、早くから本紙の紙面提供を受け地場資本による会社が紙面を発行していた日刊スポーツの独壇場であり、サンスポから紙面供給を受けて北海道新聞(道新)が発行した道新スポーツは後発だった。他紙はというと、スポニチが毎日新聞支社、報知が読売新聞支社に支局を置きローカルニュースに対応しており、会社として編集、印刷、発行を独自に行っていたのは日刊と道スポの二紙のみだった。

 道内では日刊の独壇場だったスポーツ紙市場に、ブロック紙の雄、道新が満を持して斬り込んだ格好だったが、日刊の圧倒的シェアを脅かすまでは至らず、奮起する日刊は逆に自社工場を建設するなど順調に体制を強化していった。さらに時代は、インターネットの時代に移り、ついに道スポは紙媒体発行を断念せざるを得なくなった。今後はネット媒体に転換するという。

 思うに「道新」という、北海道では中央でいう「読売」的な鼻持ちならない傲慢さで、道内マスコミの寡占化をもくろんだかにも思えたが、そもそもマスコミは複数のライバルによってバランスが保たれる状態が健全であって、一社だけ抜けるというのは不健康極まりない状態なのだ。見方によっては、日刊スポーツは、普通紙でいえば道新のような存在になってしまったといえる。かつてのライバル、北海タイムスが倒産し、道新の独壇場となったが、それと同じことがスポーツ紙界で起こった。なんとも皮肉な話である。

 こんな逸話がある、道新がスポーツ紙発行を決めたとき、その媒体名を当初は「北海道スポーツ」を考えていたが、すでに当時進出を目論んでいた東スポが商標登録をしていて、やむなく自社の愛称をつけたという話である。このあたりも安易と言うより傲慢さが目に付くわけで、せめて「道民スポーツ」にしていたら結果も違ったかもしれない。

 いずれにしても、道内でサンスポ紙面が読めなくなるのはちと寂しい。古い話ではあるが、私がテンポイント骨折の悲報で涙したのは喫茶店のサンスポだったし、昔の話だが暮れの最終レースでサンスポ名物佐藤洋一郎の穴予想に乗っかり、大逆転したこともある。残念!

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アナハイムの遠い思い出

2022-07-13 10:33:49 | 語るスポーツ

 TVでエンゼルス戦を見ていて、古い記憶が蘇ってきた。

 あれはいつだったか、たぶんロス暴動の翌年か、翌々年ではなかったか。仲良くしていた編集者に誘われて急に旅行雑誌の取材で、ロスに行くことが決まった。

 当時はバブル末期で、私にとって最悪の時期だった。それより4年前に成り行きで仲間と始めた会社が崩壊寸前で、実は海外取材どころではなかった。当然、断ろうと思っていた矢先に、ロス行のチケットが送られ来て、同時に解約不可の格安チケットだからと念押しのFAXがロスから届いた。結局、あわてて、パスポートを取得した。しかも、その翌日が出発日というとんでもないスケジュールだった。

 夜、成田から飛び立つと、不思議と「これでよかったのだ」という開放感に包まれた。当時は、海外でもつながる携帯事情も無く、海外に出ることは日常からの解放そのものだったのだ。

 そんなわけで、あれほど躊躇した西海岸の取材は現実逃避には絶好の休息となった。西海岸特有の抜けるような青空の下、先乗りしていた件の女性編集者とバカンス気分であちこち車で駆け回った。その時、滞在した場所がアナハイムの日本人ガイドの家で、アナハイムスタジアムの脇を何度も車で通りすぎた。

 スタジアムの中に入ることも試合を観戦する機会もなかったが、一度だけ取材で訪れたドジャーススタジアムよりも、愛着を感じていた。当時はカリフォルニアエンゼルスという球団名で、野茂がドジャースにはいったのはそれから1、2年後だったと思う。つまり、その頃、メジャーリーグは日本ではまだまだ遠い国の出来事だったのだ。

 その何度も前を通り過ぎたスタジアムで、今、大谷が躍動している。感慨深いものがある。

 せめて、中に入っておけば良かったと今にして思うが、あの頃はまさか日本人のスターがここでプレイするなどとみじんも考えていなかった。何しろ30年も前のことである。

 たぶん、最近の円安傾向が、1ドル150円だった当時を思い出させたのだろう。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

全米女子OPしぶこVまっしぐら!

2020-12-15 00:55:53 | 語るスポーツ

 渋野が5番でピンチ脱出!ラッキーなことに火曜が仕事休みで、心おきなく全米女子OPを見ていられる。そういえば、全英のときも、翌日仕事休みで最後まで見ることができた。これは、まさしく吉兆としかいいようがない。もう優勝しかない。がんばれ!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする