昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

奇天烈 ~赤児と銃弾の併存する街~ (一)いつもの穏やかないち日を

2024-09-21 08:00:29 | 物語り

いつもの穏やかないち日をえられるはずだった早朝に「コン……コン」と、遠慮がちにドアをたたく音がきこえた。
“こんな朝はやくに、なんの用だ”
不快なおもいをかかえて、けだるい体をゆっくりと起こした。
のっそりとベッドから降りて、ランニングシャツとトランクス姿ではぐあいが悪いとばかりに、ズボンをはいた。
ポロシャツもと思いもしたが、早朝なのだから勘弁してもらうことにした。
この棟いち番のお洒落者となっているわたしだ、へんな格好はできない。
正直のところ、ありがたくない風評なのだが、わけありで演じざるをえなくなっている。

すこし前のことだ。
ハローワークで紹介された就職先の面接にでかけるおりに、バッタリと井戸端会議のおばさんたちにでくわした。
かるく会釈をしてたちさろうとするわたしに、そうはさせじとばかりに老婆ふたりが立ちふさがった。
満面にえみをうかべて、これ以上の退屈しのぎのえものはいないとばかりに話しかけてきた。
「えっと…たしか、先月こしていらした…」
「はい、山本です」

はらだたしい気持ちになったが、グッとがまんの子でこたえた。
時間が気になっているわたしは「申しわけありません。ちと急ぎでして」と、ふたりの間をすりぬけようとした。
「あら、そうなんですか」
ことばではすまなさそうな意味をただよわせるのに、その表情はまるで鬼瓦だ。
とてものことに、そのまますり抜けるわけにはいかなかった。

「これから面接でして」
ほうこくする義務など、とうぜんのことありはしない。
しかし時間におわれるいまの状況を説明する上でピッタリのことばだと思ったのだが、裏にはいってしまった。
「山本さん、失業中でしたの? どちらをたいしょくなされたの? 
退職金なんか、たっぷりとお受けとりになったでしょうね?」

やつぎばやの質問だ。しかしわたしには、いちいちこたえる時間は、とうていない。
「ほんとに、もうしわけないです。お昼すぎには戻ってきますので、またそのおりにでも」
平謝りにあやまって、ようやくその場をのがれることができた。



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