昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~ (二十三)(去れば、去るとき、:四) 

2024-09-20 08:00:59 | 物語り

 先ほどの足もとの粗相にしても、ほかにもございます。
お客さまの歩幅をしっかりと確認して、速からず遅からずでご案内せねばなりません。
気をつけねばならぬことはほかにも多々ございます。
廊下の中央を歩いていただくのは当たりまえとして、ほかのお客さまとすれ違うさいの誘導にも気をつけねばなりません。
お客さまに余計な気づかいをいただかぬように、こちらも速からず遅からずでございます。

お子さま連れの場合には、とくに気をつかわねばなりません。
お子さまは、いつなんどき突拍子な動きをされるか、予測がつきません。
ですのでわたくしは、お子さまの手を取ってご案内するようにしております。
そうすれば不規則なうごき等は、極力おさえることができますので。
ただしそのことでご不快な思いをされてもなりませんので、
「坊ちゃん、お嬢ちゃん、手をつなぎましょうか」という声かけを忘れぬようにしておりますが。

 こんなこともございました。
おへやにお膳をはこびましたときに、お客さまと女将が談笑されていました。
なんでも長年のご贔屓さまのようでございまして、お客さまの肩をかる軽くたたかれる仕種をお見受けしました。
お客さまのおからだに触れるなど、仲居にはけっしてしてはならぬことでございます。
ですがそのおりの女将は、長年のいえ、幼なじみとの再会といったご様子に見えました。

お客さまにそそがれる目の色など、ほんとうに少女のようにかがやいて見えました。
ですが、ひと通りのご挨拶がおすみになると、いつものようにわたくしの所作ひとつひとつに注意を払われます。
お茶を卓に置くおりの指のうごきやら、背が傾倒しすぎていないかなど、ピシャリピシャリと容赦ない視線がそそがれます。
着物のそでぐちから前腕がですぎますと、お叱りの光がまたピシャリととどくのでございます。

 そういえば、いちどだけお話をいただけました。
「あなたには艶気があります、これは天性のものです。
女将にとって、いえ女性にとって必須のものです。
望んでも得られるものではありません。大事になさい」。
そうおっしゃってくださいました。

「でもね、それは出してはいけません。醸しだすものです。
品がなくてはいけませんから、お気を付けなさい。
そしておもてなしのこころというものは、押しつけるものではなく感じとっていただくものです。
媚びるものではありませんよ」。

どうやら、三水閣でのけいけんが災いをしているようです。
わたくしを戒めることばだと、ありがたく頂戴いたしました。
ですが、そのおことばを頂いてからというもの、女将の視線を感じることはなくなりました。



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