昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (六) 焦点の合わない眼の茂作が

2014-12-08 08:49:45 | 小説
「あら。早苗ちゃん、帰るの? お夕食を一緒にしないの?」
ただならぬ気配に気付いた母親が、台所から顔を出した。
早苗は何も言わず、そのまま外に駆けだして行った。

「お母さん、良いんですよ。早苗の為にも、僕との事をはっきりさせておかなくちゃ」
彼は、きっぱりと言い切った。
そんな毅然とした態度を、母親についぞ見せたことのない彼だった。

”この子も、少しは成長したのね”
少し淋しさを感じつつも、頼もしくも思えた。

「そうね、早苗ちゃんには可哀相だけど。恋に恋する年頃ですものね。さあ、お爺さまを呼んで来てくれる」
「はい。今夜が最後の夜ですから、お爺さま孝行しますよ」

彼が茂作の部屋に入ると、焦点の合わない眼の茂作がいた。
「お爺さま、夕食の支度ができましたよ」
彼の問いかけに、茂作はすぐには返事をしなかった。
じっと彼を見るだけだった。

「さぁ、起きてください。行きましょう」
二度目の問いかけでやっと、茂作は彼を認識したようだ。
「おうおう、タケシか。そうだった、帰って来ていたんだな。そうかそうか、もうご飯か」

気だるそうな表情で、おもむろに床の中から起き上がった。
彼はすぐに、茂作の後ろから体を支えた。
そして抱きかかえるようにして、茂作を床から起き上がらせた。


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