「ああ、わるいんだ。ばちがあたるよ!」
りんご飴を、さも愛おしそうになめながら、静子がもどってきた。
口のまわりを毒どくしく真っ赤にして、同じく赤い舌でペロペロとなめている。
えものを紙でまいて、愛おしげにみつめている。
やっぱり吸血鬼に見えた。
しかしこんなかわいい吸血鬼なら血をすわれてもかまわないなと、心うちでつぶやいた。
「ねえ。あっちにね、おばけやしきがあるの。はいってみない?」
「おばけやしきって、またか? このあいだはいったばかりじゃないか。
こわいこわいってぼくにしがみついて、一歩もうごけなかったろうが。それなのに、またか?」
「いじわる! でもまた、はいりたいんだもん。このあいだのは、西洋のおばけだったでしょ?
ここのは、日本のおばけみたいなの。日本のおばけは知ってるからさ、そんなにこわくないんじゃない?
ねえ、行こうよ。
あ、そうそう。さっき新一が言ってた呼びごえって、そのお化けやしきじゃなかったの?
頭のはげあがったおじさんが、一生懸命大きなこえをはりあげてたわよ」と、目をかがやかせて、ぼくの手をひっぱる。
ひといち倍こわがりのくせに、こわいものみたさではいりたがる静子だった。
立ちならぶ屋台を過ぎると、うっそうとした樹木が両脇にある。
10メートルほどの間隔だろうか、街灯がたっている。
裸電球のまわりを無数の蛾やらの虫が飛びかっている。
虫によわいぼくは、できるだけ上を見ないようにしながら、それでもぼくを攻撃したりはしないよなと考えながらあるいた。
「はやく、はやく」とぼくをせかせる静子は、虫にたいする嫌悪感がまるでなく――というより、信じられないことに、好きだという。
故郷の熊本では、毎日のように虫収集にあけくれたという。
夏やすみみの課題は、あたりまえのように昆虫採集で、大きな菓子箱のなかにびっしりとピン止めしたらしい。
さらに信じられないことには、それらの箱を、就職時に岐阜までもちはこぼうとまで考えたことだ。
ひと箱ふた箱どころか、両手の指でも足りないほどの箱数だったという。
さすがに古いものは虫たちも朽ち果てていたとか。
しっかりと防腐剤処理し始めた三年ほど前のそれらは、なんとか原形をたもっていたらしい。
で、それらだけでもと考えたものの、母親に止められてあきらめたのだという。
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