観光特急しまかぜの車内にいるふたり。沙織のこころないに焦りがうまれていた。
「玉の輿だね」。うらやましがれるかつての学生仲間に、いまさら「別れたの」とはいえない。
とにかく、ここのところの正男とのぎくしゃくとした関係を修復したいのだ。
そのために、いやがる正男を無理矢理に引っ張りだした。
最近の正男といえば、何かというとホテルに入りたがる。
「それしかないの!」となじる沙織に、平然として「わかいんだ、おれたちは」とこたえる正男だ。
「草食ばっかしなのに、うらやましいわよ。あんまり拒否してると、浮気されちゃうわよ」
「浮気ならまだいいわよ。逃げられちゃうわよ、そのうち。玉の輿なんでしょ?」
大学を卒業してからもつづいているふたりの友人との会話だ。
たがいの彼氏を刺身のつまに週に一度は会っている、気の置けぬ二人からの忠告を聞いての旅行なのだ。
新幹線内では寝不足だからと眠りこけた正男だった。
名古屋での乗り換え時には、時間が押していてあわてて駆け込んだふたりだった。
先頭車両が大きなガラスを前面に配した見晴らしの良いハイデッカー車両となっていて、フロントビューの景色を贅沢たのしめる。
横に一席プラス二席の車内は広びろとして豪華で、沙織の気持ちを浮き浮きとさせた。
しかし正男は相変わらず不機嫌な顔つきを見せている。
なにが不満なのかと問いただしても、分かってるくせにと答えようとしない。
個室で予約した正男の思いは、沙織にも分かっている。
しかし一泊旅行なのだ、と沙織は考えている。
せっかくの超豪華な電車なのだ。フロントビューからの景色を存分にたのしみたかった沙織だった。
互いの気持ちのズレが、少しずつ大きくなっていることが気になる沙織だった。
前回のデートのおりにも、ホテルへという正男に対し「ズルズルとした関係はイヤ!」と拒否してしまった。
その折、正男からプロポーズらしきことは言われたのだが
「いまみたいなフリーターはやめてよ。キチンと就職してくれなくちゃ」と嫌みにとられかねないことを言ってしまった。
すぐにその真意を話したが、正男の引きつった顔が変わることはなかった。
結局のところ、ビュッフェ車両で昼食を摂ることになった。
沙織が伊勢エビ、正男は松阪牛のステーキを注文した。
舌鼓を打つうちに、しだいに正男の機嫌もなおりはじめた。
沙織が渡す伊勢エビを食したところで「ごめん」と、思いもかけぬことばが正男からでた。
正男から沙織の口にステーキが入れられたとき、沙織の目から大粒の涙があふれでた。
「けっこんしよう。キチンとしゅうしょくするよ」
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