ひとみの差し出すグラスを手にし、口に運んだ。
「な、なんだ、これは。酒か、こんなものが。苦いし、泡だらけじゃないか!」
「初めてなん? ビールというお酒ですよ。おいしいですやん、うち好きやし」
正三からグラスを奪い取ると、一気に飲み干した。
「お前の、その顔。ひげが生えてるぞ、あははは!」
ひとみの口の周りの白いリングに、思わず笑い出した正三だ。
「ほんなら、しょう坊にも作ってあげるし」と、また吸い付いてきた。
「あらあ、だめやん。そうや、正坊も飲んでみいて。
そうしたら、白いおひげができるし」と、溢れるほどに注がれたグラスを差し出した。
「いやぼくは……。こんな酒は苦手だけれど」と言いつつも、ちびりちびりと口にした。
「だめやって! ぐいっといかな、あかんて! ごくごくと喉を鳴らして飲み干しいな」
「君はどこの生まれだ、どうにも言葉づかいが変だ」
「関西ですう、兵庫県の明石という所ですわ。
これでも、お父はんは子爵でしたんえ。
けど戦争に負けてしまっては、あきません。
もう、毎日毎日愚痴ばっかりで。
暮し向きも立ち行かんようになってしまい、お母はんは病に倒れてしもうて。
それでまあ、長女であるうちに一家の生計が伸し掛かってきた言うわけです。
とは言うても、中々に厳しゅうて。
子爵という面子が邪魔しまして、あちらではどうにもならず。
で、こっちゃならいいかな? と思って来てはみたものの、ここもまた難しゅうて」
「子、子爵さまあ? そ、そんなお方の娘が?……」
あっけにとられる正三を、またひょっとこ顔にして吸い付いてきた。
「けはは。引っかかりましたな、しょう坊も。
もうこっちゃの殿御は、みんな引っかかりはるわ。けはは……」
大きく口を開けて、屈託なく笑うひとみ。
呆気にとられる正三、といってまるで腹が立たない。
むしろ特有のアクセントとも相まって、正三も笑ってしまった。
「坊ちゃん、ご機嫌のようで」
「何ですか、このやせっぽちは」
「坊ちゃんは、色気たっぷりの女が好みだろうに」
「いいんだ、いいんだ。たまには、茶漬けもいいさ」
「茶漬けって、しょう坊! そんな言われ方したの、初めてやわ!
やっぱり、いけ好かんたこやわ!」
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