昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百四十六)

2024-10-22 08:00:17 | 物語り

 武蔵時代には、つねに開いていた社長室の扉が、不在時でもあいていたとびらが、いまは閉じられている。
小夜子が不在時はもちろん、在室中でもとじられている。
そして誰であろうと入室がかなわない。
専務である五平すらはいれない。

〝まだ哀しみから立ち直られていないのよ〟
だれもがそう思っている。
たしかにそうとも言えるのだが、つい5日ほど前に、内装の回収業者がはいった。
殺風景だった内装が、いまは女性特有の柔らかい素材をつかっての壁となった。
無機質な白だけだったかべの色が、上下に2色がつかわれていた。
 
 小夜子としては淡いピンク色を使いたかったのだが、ここは事務室だ。
プライベートな空間ならともかく、とあきらめた。
で、薄めの紫色を上段にすることにして、下段もまったくの白ではなく、こちらもうすめのグレーとした。
 壁にかけられていた富士山の額はそのままのこし、裸婦画ははずした。
そして大きな机の上には、自宅に咲きほこる季節ごとの花をかざることにした。
武蔵が愛用したソファはそのままとして、小さなガラスのテーブルを置き、その上に真っ白なレースの敷物をのせた。

 様変わりしたへやなのだが、小夜子がその部屋の主となることはなかった。
社長就任のあいさつまわりに、ほぼ1ヶ月を費やした。
どこに赴いても、下にも置かない歓待ぶりを受けた。
そしてその後もなにやかやと理由を付けては営業回りをともにし、下っ端の社員たちをよろこばせた。
荷届けのおりにも帯同して、取引先を驚かせることもしばしばだった。

「すこしは社長室でごきゅうけいください」と竹田に進言されても、
「社員のみんなばかりを働かせるわけにはいかないわ」と、まったくとりあわなかった。
疲れがないといえば嘘になる。きょう1日をしずかに過ごしたいと思わないでもない。
しかしそのときには、会社ではなく自宅でときをすごしていた。
自宅に残る武蔵のにおいとは似てもにつかぬ、社長室なのだ。
武蔵のすべてをしっているつもりだった小夜子だが、会社における武蔵のこと、そして社長室にただよう異質のにおい。
どうしても小夜子には受け入れがたいものだった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿