昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

小説・二十歳の日記  七月一日  (くもりのち雨)

2024-09-01 08:00:37 | 物語り

とうとう雨になった。ぐずついているとは思ったが。
梅雨なんだ、仕方ない。でも天気予報では、明日のはずだったのに。
雨のなかの紫陽花はきれいだ。
いつもの帰り道なのに、きょう、はじめて気がついた。
商店街前のバス停でおりて、アーケードのなかを通ると、すこし遠回りだけど雨からにげられる。

それともその奥の肉屋さんでコロッケなんかを買ったりして。
美味しいんだよな、あそこのコロッケは。
他よりは五円高いけど、それだけのことはある。
やっぱり中の肉がちがうのかな?
「かさを買って帰ろうかな」なんてチラリと思ったけど、きょうはどうしても濡れて帰りたかったんだ。

わかる? やっぱり。
かっこつけるわけじゃないけど、泣いてるぼくを、だれにも見られたくなかったんだ。
それにもう、けっこうびしょ濡れだしね。
バスのなかでも、空いてたけど席に座わんなかったし。
だって次の人が座われないよ、きっと。

商店街入り口の百貨店、大きなショーウィンドウのなかに、ずぶ濡れのぼくが映ってた。
白い開襟シャツ、グレーのズボン、そしてうす汚れた白い短靴。
会社の制服だ。
事務の女子たちは、グレーのスカートに白いシャツ、そしてグレーのチョッキ。
靴は、くつは……。知らない、そんなとこ見てないモン。

外まわりの営業さんは、Yシャツにネクタイをして、グレーのズボン、そして黒い革靴。
ボクが歩けば、ペタペタ。けど営業さんは、コツコツ。
そしてたばこを、ぷかぷかと。
おなじ二十歳でも、ずっと大人にみえる。

でも良かった。
まいにち通ってたみちなのに、いままで気がつかなかった花壇をみつけた。
雨に打たれてる花を見てたら、いまにも蝶々が飛びだしてきそうに思えた。
白・紫・黄…、色んな色の花があって。
みながそれぞれに個性を持っているくせに、キチンと紫陽花の花になっている。
おもしろい!

いいんだ、もう。すぐに返事をくれたんだ。もういいんだ。
いいんだ、誤解がとけただけでも。
べつに強い願望でもなく、できれば…という気持ちだったんだから。
こんやはもの悲しい。
断られたことがショックには違いないけれど、それよりも、独りよがりの夢に酔いすぎたことだ。
部屋の空気が重いせいもあるだろう。
無限の宇宙に、なにかがおおいかぶさっている、ってか。

しかし、なんのために手紙を書いた? 
あの人に、ぼくのことを「お坊ちゃんですね」と、言わせるためなんかじゃなかったはずだ。
もっとも、こんなぼくなんかと文通しても、なんの面白みもない。
話題といえば、文学のことぐらいだし。
気の利いたことばなんて、書けやしない。
だけど、答えてもらえなかったのが残念だ。
「うたっているときのあなたのこころには、いったいなにがあるのだろう?」

どうしてきょうに限って雨なんだ! 
部屋のなかまで、どしゃぶりだ。
なにもかもが歪んで見える。



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