えそらごと(十一)
店に戻ってダメ元だとばかりに、
「いつもにくらべてエンジン音が違っているし、アヒルの鳴き声みたいなんです。
それに、ブレーキの効きが悪くなってますし…」と主任に車の異常を報告した。
「音だって? お前さんの運転ではうるさいわな。
ブレーキ? そんなことは自分のジマンの腕でどうにかしろ。
急ブレーキをかけなきゃいいことだし、サイドにしたってギアをローに入れておけば問題ない」
と、予想通り相手にしてもらえなかった。
(ケッ、なんとまあ調子のいいことを。自分の腕でカバーしろだって。
いつも『人間の勘とか腕だとか、そんなものに頼ってはいかん。
おかしいと思ったらすぐに報告するように』なんて、いつも言ってるじゃないか)。
心内で愚痴りながら、うしろ向きの姿勢で思いっきり舌をだした。
苦笑しながら話を聞いていた事務員のひとりが「また叱られたわネ」と声をかけてきた。
口をとがらせながら「べつに」と、いつものことさと口笛をふきだしかねない風にこたえて
「あしたの休み、車でスカッとしようかな」と、(借りられるよう、頼んでくれるかな)と目で合図した。
元来女性との会話がにがてな彼なのだが、ふしぎに五歳年上の女性事務員の貴子とは苦にならない。
いつも軽口をたたき合っている。
「社長令嬢だよ、かりにも。すこしはことばづかいを考えたら」と岩田が忠告するが、
「関係ねえよ、そんなの」と受けあわない彼だ。
「いいわよ。ただし、わたしも連れてってよ。そんな怪訝そうにしなくていいの。
わたしだけじゃなく、もうひとりいるの。新入りの真理子ちゃんもよ。
ひとりでは恥ずかしいから、三人でのデートをしたいんですって。この、色男が!」
突然のことになんと返事をしていいのかわからず、ただドギマギして口ごもってしまった。
「じゃあ、あす十時に会社の駐車場ね。そういうことで、キマリ!」
一方的に取り仕切られて終わった。
自分の行動を他人に仕切られることを極端にきらう彼だが、今回はちがった。
自分の決断ではなくても腹が立たない。
すでに頭の中では、あしたの走るコースを色々と思いめぐらせていた。
(彼だって、軽口を、いやもっと辛辣かも……)
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