昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… えそらごと(十一)

2024-01-28 08:00:42 | 物語り

えそらごと(十一)
 
 店に戻ってダメ元だとばかりに、
「いつもにくらべてエンジン音が違っているし、アヒルの鳴き声みたいなんです。
それに、ブレーキの効きが悪くなってますし…」と主任に車の異常を報告した。
「音だって? お前さんの運転ではうるさいわな。
ブレーキ? そんなことは自分のジマンの腕でどうにかしろ。
急ブレーキをかけなきゃいいことだし、サイドにしたってギアをローに入れておけば問題ない」
と、予想通り相手にしてもらえなかった。

(ケッ、なんとまあ調子のいいことを。自分の腕でカバーしろだって。
いつも『人間の勘とか腕だとか、そんなものに頼ってはいかん。
おかしいと思ったらすぐに報告するように』なんて、いつも言ってるじゃないか)。
心内で愚痴りながら、うしろ向きの姿勢で思いっきり舌をだした。

 苦笑しながら話を聞いていた事務員のひとりが「また叱られたわネ」と声をかけてきた。
口をとがらせながら「べつに」と、いつものことさと口笛をふきだしかねない風にこたえて
「あしたの休み、車でスカッとしようかな」と、(借りられるよう、頼んでくれるかな)と目で合図した。
元来女性との会話がにがてな彼なのだが、ふしぎに五歳年上の女性事務員の貴子とは苦にならない。
いつも軽口をたたき合っている。

「社長令嬢だよ、かりにも。すこしはことばづかいを考えたら」と岩田が忠告するが、
「関係ねえよ、そんなの」と受けあわない彼だ。
「いいわよ。ただし、わたしも連れてってよ。そんな怪訝そうにしなくていいの。
わたしだけじゃなく、もうひとりいるの。新入りの真理子ちゃんもよ。
ひとりでは恥ずかしいから、三人でのデートをしたいんですって。この、色男が!」

 突然のことになんと返事をしていいのかわからず、ただドギマギして口ごもってしまった。
「じゃあ、あす十時に会社の駐車場ね。そういうことで、キマリ!」
 一方的に取り仕切られて終わった。
自分の行動を他人に仕切られることを極端にきらう彼だが、今回はちがった。
自分の決断ではなくても腹が立たない。
すでに頭の中では、あしたの走るコースを色々と思いめぐらせていた。

(彼だって、軽口を、いやもっと辛辣かも……)



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