昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ 新(三百四十)

2023-04-19 08:00:17 | 物語り

 しばらくして、百貨店に対抗するための組合作りに奔走しはじめた武蔵だったが、その反応はにぶいものだった。
「その趣旨や良し」と賛同はするのだが、設立の段になると二の足をふみはじめた。
富士商会の独壇場になるのではないか、との危惧が消えさらないでいた。
富士商会が日の本商会との商い戦に勝利して以来、だれも物いえぬ状態になってしまっていた。
「富士商会のやつ、調子にのりやがって」
「みんな、殿さまの家来になっちまったよ」
「百貨店にも腹がたつが、富士商会の意のままにってのも業腹なことだし」と、愚痴のこぼし合いがつづいた。
 同業者たちの組合の件でお会いしたい、と料亭に呼び出された。
根回しだろうとは思ったものの、正面切って反発するわけにもいかない。
なにせ取引先としての富士商会は重宝だ。
第一に取りあつかう品揃えが格段に多い。
また在庫管理がしっかりとなされているところから、欠品ということがまずない。
これは竹田の功績であり、武蔵が信頼を寄せる最大の因だった。
五平に任せていたおりにはうっかりが多く、武蔵の悩みのたねだった。

「御手洗さん、少しゆるめなさい。このままじゃ、あんたひとり、浮いてしまうよ。
同業者間で、あんた、殿さまって称されているのをしってなさるかい。信長さまともね、言われてますよ」
「何言ってるんです、わたしにそんな気はありませんよ。
山勘さん。きょうお伺いしましたのは、他でもありません。組合の代表のことなんです。
どうにも誤解がおおくて、困りはてているんです。
組合長にはね、山勘さん。あなたになって頂きたいんですよ。
わたしはまだ若輩だし、正直のところ敵もおおい。
とてもじゃないが、わたしではまとめきれません。そんなことぐらい、いくらなんでも承知していますよ。
その点山勘さんは老舗だし、人望も厚い。あなたしかいませんって」
 腰をふかく折って懇願する武蔵だった。
警戒心をもって接する相手にたいし、会社経営のむずかしさを口にし、「あなただけには愚痴をこぼせますよ」とくすぐる。

“自分が組合長?”
まんざらでもない山勘だが、傀儡にされるのでは? という危惧もある。
その反面、この若造をおさえつけられるという自負もある。
「そりゃねえ、あんたよりは年はくってるよ。創業も、なんてったって明治時代にまでさかのぼる。
うちは老舗中の老舗ですよ。けどねえ、この話はあんたが立ち上げたんだしねえ。
ほかのみんながね、なんと思うだろうかね。
いまお話を頂いてもね、たんなる神輿に見られてしまわないかねえ。
はじめからあたしも参画してリゃね、話に乗りやすくはあるけどねえ」
 暗に、傀儡は嫌だよと告げる。そして、組合設立の発起人としての立場を強く打ちだせと迫りもした。
“ちっ、この狸親父が。まあ、はじめのうちは立ててやるよ。
しかしま、二、三年後には、俺の思いどおりにさせてもらうぜ”


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