「もちろんのことです。あたしの独断で動けるものじゃありません。
第一、この話は山勘さんから出たことじゃありませんか。
お忘れですか、あの夜のこと。あたしが愚痴ってしまったことを。
ほら、あの百貨店の部長に、接待の場、そう、ここですよ。どんな悪態をつかれたか、女将だって知ってますから。
で、ですね。副組合長には、田口商事さんと内海商店さんにお願しようかと考えているんです。
もちろん、山勘さんのご承諾を得られたらのはなしですが。
わたし、わたしですか? わたしは一兵卒で結構ですよ。とにかく、あの部長に一泡ふかせたいだけですから」
「いいのかい、それで?」
半信半疑の表情を見せつつも、武蔵を睨みつける眼光はするどかった。
“若造には、荷が重かろうさ”。そんな思いが、ありありと顔にあらわれていた。
しかしながらこの計画も、結局は頓挫してしまった。
組合ができはしたものの、たんなる親睦団体的存在にすり替わってしまった。
百貨店側とタッグを組んだ小売業者側の脅しに、かんたんに腰砕けになってしまった。
交渉相手を武蔵とせずに山勘とした小売業者側の、作戦勝ちだった。
さらには、表面にはでずに裏で山勘ら幹部を恫喝した百貨店側の狡猾さに、老舗だとあぐらをかく山勘では相手にならなかった。
そんな早々と白旗を上げた山勘に対し一部の業者が徹底抗戦をうったえたが、その業者たちも飴とムチ作戦に陥落してしまった。
ひとり孤軍奮闘した武蔵だったが、死屍累々の屍をこえて行きつづけるのは無理だった。
とどめは、百貨店側からの仕入先への恫喝だった。
業を煮やした百貨店側が、製造メーカーとの直接交渉に入った。
それは逆に、単なるいち卸業者に過ぎぬ富士商会ではあるけれども、無視できぬほどの力を持つに至っている証明ともなった。
結局のところ、メーカーの仲介では武蔵もおれざるをえない。
しかし反旗をひるがえした富士商会にたいしてなんらかの制裁を求める百貨店側だったが、その横暴さに忸怩たる思いがあったメーカー側の思惑もあり、逆に富士商会へのバックマージンの利率アップという優遇が決められた。
それを聞き知ったほかの業者たちが、武蔵を責め立てた。「このことを狙ってのことか!」と、いき巻く業者もいた。
「そんな姑息なことをする男だと思うのか!」。武蔵の一喝で、そんな非難も尻すぼみとなった。
しかしこの事もまた、武蔵への怨嗟のひとつにはなった。もちろん、小売業者側にも恨みはのこった。
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