昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

ボク、みつけたよ! (五十六)

2022-04-10 08:00:32 | 物語り

 結局は手っとり早く収入を得るためにと、母が夜の商売に身を投じました。
父は昼間にも仕事をし、夜は夜とて皿洗いのバイトに時間をついやしました。
母の迎えをかねてのことだったようです。
ですので、わたしたち兄弟はふたりだけで夜を過ごすことになり、ますます母とのつながりがうすくなりました。

 そうそう、思い出でした。父がよく映画館に連れて行ってくれました。
そのおりはわたしだけで、兄は留守番――というより、中学3年生でしたから受験勉強にはげんでいたのでしょう。
その甲斐あって、岐阜県でも一番の進学校に入学できましたから。

ああそういえば、ひとつだけ母との思い出がありました。
虫歯です。歯のいたみにたえかねて、なんどもなんども歯ブラシでゴシゴシとしました。
そんなことで痛みが収まるはずもありません。
ですが、なにかしていなければたえられません。泣きながら、涙を流しながらゴシゴシとやったものです。
真夜中になって、やっと母が帰ってくると、「いたい、いたい」と訴えたはずです。
ところがふしぎなもので、母のむねにやさしく抱かれると、あれほどにひどかった痛みが嘘のように消えたのです。
その夜は、母のふとんの中で眠ったとおもいます。

  母の家出――あの海水浴場での後には、年中行事になってしまいました。
夏と冬、毎年のようにくりかえされたものです。
そしてそのたびに「母ちゃんがお前たちを捨てた」と、父になじられたものです。
なぜ家出をくりかえしたのか、本当のところは定かではありません。
父が言うように、貧乏生活に耐えられなくなったのか、それとも他に因があるのか。
母の口から聞かされないかぎり、わからないことでしょう。
ただひとついえることは、海水浴場近くの病院での入院――手術がきっかけだったことは間違いないことです。
その手術がわたしの疑念どおりだとしたら、父に対する恨みごころを持ったであろう母が、哀れではあります。

 けれども……。
 母さん、ごめんなさい。
 あなたがわたしを見捨てたんじゃない。わたしが、あなたを捨てたんだ。
あの警察署の、ただっ広い部屋の片隅で、仕切り板――現在ならパーテーションと呼ぶのでしょうが――に区切られた一角で、だるまストーブが赤々と燃えさかるそばに、あなたがいましたね。
磨りガラスの向こうに見えたシルエットが、背を丸めて座っている人影がみえました。“ああ、かあちゃんだ”。すぐにわかりました。

 中学3年生になる直前の、春3月のことでした。
 部屋に入ったとき、あなたはわたしを見つけて、まるでバネ仕掛けの人形のように、ピョンと椅子から立ち上がりました。
みるみる目に涙を浮かべて、わたしのもとにかけ寄り抱きしめようとしました。
でもわたしは、それを拒絶した。
さっと体を交わして、あなたに肩透かしを食らわせた。
じょうだんじゃない、今さら母親面するのはやめてくれ、とばかりに冷たく言い放ちました。



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