昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

ボク、みつけたよ! (五十四)

2022-04-03 08:00:39 | 物語り

 やっと包帯もとれて前歯のはりがねも外され、なんとか声を出すことができるようになったときのことです。
病室で母に事故の話をしました。いやがる母でしたが、「ボク、鼻からジゴがでてたよね。いっぱい、たくさん」というわたしのことばに血相を変えて「誰に聞いたの!」と叱られました。
そのあまりの剣幕に、わたしの目からどっとなみだがあふれ出て「ごめんなさい、ごめんなさい」としゃくり上げたんです。
 すぐさま母もキツイ言い方だったと気づき、ほほのなみだを拭いてくれながらあやまってくれました。

「だれにきいたの、そんなこと。そんなことはなかったわよ」。こんどは、やさしく言って聞かせるような口調でしたが、わたしは見ていたんです。
母は化粧パックの途中だったらしく、目の下と鼻の横、そして口元に少しパックが残っていたのをおぼえていました。
パックは、なにかの粉に卵の白身だったか黄身だったかを混ぜてつくっていたような気がします。
ジゴですか? 鼻血のなかに、イチゴのつぶつぶが混ざっているようなものですが。
ご存じないですか? というより、ジゴということばそのものがありませんね。
変ですねえ、おかしいですねえ。方言というわけでもないみたいですし。

 そんなことより、そのおりの母の出で立ちをすこしお話ししますわ。
半そでの開襟シャツのえりを、汚れ防止のためでしょうが手ぬぐいをかけていましたね。
真っ白いシャツなのに、わたしの吹き出した血で真っ赤に染まっています。
鼻から吹きでている血を止めたいのでしょうが、呼吸音がほとんどきこえない状態ではふさぐこともできなかったのでしょう。
しっかりと頭を胸におしつけて、とにかく速く速くとはしるので精いっぱいだったようです。
ですので、知り合いの声かけにも声を返さなかったはずです。

 ああ、すみません。なぜわたしが知っていたのかをお話ししていませんでした。
もう気が付かれているでしょうけれども、例のことですよ。
上から見ていたんです。信じてもらえなくてもけっこうですから、話だけはさせてくださいな。
母のうしろから、となりのおじさんが付いてきています。
となりは、なんていうのか、夏はかき氷やらソフトクリームやらを売っていて、冬になると焼きそばやらお好み焼きをつくってくれるお店なんです。

 母がいないときや忙しいときには、その店に行ってすきなものを食べています。
そうそう、こんなことがありました。わたしと兄にソフトクリームをごちそうしてくれたのですが――このときの経験から、わたしのソフトクリーム好きが始まったのでしょうね。
ルーツというやつですわ――わたしのとんがりはすこしで、兄のとんがりはわたしの2倍も3倍もあるんです。
「ズルイ!」と口をとがらせたら、「お兄ちゃんのは、うしろがないんだよ」とごまかされました。
多分、おなかをこわされてはという配慮だったんでしょうがね。



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