「村長、わたしがお供しますわ」
ここぞとばかりに、助役が手を上げた。
別段、役場の人間がしゃしゃり出ることでもない。
「おうおう、そうしてもらおう。助役さん、それじゃ車を出してくれるか?」と、繁蔵が呼応する。
「山田くん、すぐ車を回すように」
眉間にしわを寄せる村長を後に、二台の車が走る。
「助役の奴、でしゃばりが過ぎる」。はき捨てるように呟くと、固まっている職員たちを怒鳴りつけて部屋にもどっていった。
「いいわねえ、玉の輿こしね」
「ほんとよね。言っちゃなんだけど、正三さんも勝てないわよ」
「それにしても、都会に行くとあんなに変わるものなのかしら」
小夜子の幼なじみである二人の事務員が、大きくため息を吐いて、席に戻った。
「元がちがうよ、元が」。一人が小声で呟くと、「姫と侍女みたいなもんだったからな」と、すぐに同調する声がとんだ。
キッと睨みつける二人に、肩をすぼめながらも、他の同僚たちに同意をもとめる仕種をくりかえした。
「きみちゃん、そのへんにしな。高田くんもやめろ。所詮は高嶺の花だったろうが」
上司からの声がかりで、みなが席にもどった。
「映画を見せてもらったようなもんだ」。最年長職員のことばが、職員たち全員の納得感を得た。
「小夜子嬢のご尊父さまに、小夜子嬢との婚姻のご了承をえたく、本日は失礼を顧みずに……」
怪訝そうに武蔵を見る茂作だった。
時代がかった武蔵の挨拶が、茂作の耳には異国語になっている。
小夜子の嫁とりについては、先日の五平によって知らされている。
外堀はおろか内堀すら埋められている。もう、茂作に否やの余地はない。
茂作の不機嫌な表情に、小夜子が武蔵を制して「だからね、あたしをお嫁さんに欲しいから、お父さんの了解が欲しいということなの」と、付け加えた。
「今さらそんなこと。あの加藤とかいう、ご仁にいわれたわ。
わしが反対することなんぞ、ありゃあせん」。肩を落として、呟くように言う茂作だった。
囲炉裏の灰をいじりながら、「てっきり、正三の嫁になると思うとっとたが。
いつ、心変わりをしたことやら。そんな娘だとは、ついぞ思わんかった」
腹立たしまぎれに、ぐさりと小夜子の心をえぐる言葉を、投げつけた。
正三の嫁に、という思いがあったわけではない。
そう願ったわけでもない。「三国一のむこさんを」が、茂作の口ぐせではあった。
が、特定の者を意識してのことではなく、「べっぴんさんになったもんじゃ」という周囲の羨望に対しての返しことばにすぎなかった。
そもそも、「嫁にだす」ということは、まるで念頭になかったのだ。
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