昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~ (九十四) 医師が言葉をかける

2014-08-01 09:05:07 | 小説
(一)

「奥さん、奥さん。僕が、分かりますか?」

その声に、小夜子の目が開く。
上から覗くようにして、医師が言葉をかける。

「大丈夫だからね。僕が付いているから、大船に乗った気でいなさい。
でね、僕の言うとおりにしてくださいよ。
『イキんでー』って言ったら、下っ腹に力を入れてよ。
『休んでー』って言ったら、どうするかな? そう、力を抜くんだねえ。
よく分かってるねえ、良い妊婦さんだ。そうすればね、少しでも楽なお産になるからね」

時折看護婦への指示を混ぜながら、小夜子に声をかけ続ける。
小夜子の視界から医師が消えても、おかげで不安な気持ちにならずにすんだ。

「先生、まだ生まれないんですか? 陣痛、随分と前から始まったんですけど。
あ、来た来た、また来た。先生、イキムんですか? まだ早いですか?」

小さな声で、懇願するように言う小夜子。
次第に陣痛の間隔が狭まり、その痛みに脂汗さえかいている。

「そうだね、そうだよね。痛いよね、痛いよね。
でもまだ、いきまないでね。今ね、赤ちゃんね、産道を通るための準備をしているんだ。
それはそれは狭い産道を通るんだよ。
ところが、赤ちゃんね、大きくなり過ぎちゃったんだ。
たくさん栄養を摂ったものねえ。旦那さんが用意してくれたんだよね。
良い旦那さんだね。でも、ちょっと摂り過ぎちゃったんだよね。
だから赤ちゃん、大きくなっちゃったんだよ。
でも、大丈夫。奥さんなら、大丈夫だよ。
そう、小夜子さんだ。小夜子さん、僕が付いてるから」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿