(僧侶 一)
山中にて。
その日は風のひどい日で波も高く、西の方から黒い雲が近づいてきている。
浜から見る山は雨になっているのか、煙った状態になっていた。
「やまにはぜったいにはいるな。とてつもないけものがいっぱいおる、おとなだってはいらんぞ」
口酸っぱく言い聞かされたごんすけには、山中に逃げ込むのが助かる唯一の道だと思えて、うっそうと茂った樹木の間を―けもの道を走った。
時折木の根やら草に足を取られそうになりながらも、走り続けた。
ガサガサと音がする度に、生きた心地がしない。
地面に伏してじっと辺りを伺い、風のいたずらだと分かるまで、じっと伏せた。
そんなことを幾度か繰り返す内に、辺りが次第に暮れてきた。
どこをどう歩けば隣村のある麓にたどり着けるのか、さっぱり見当が付かない。
来た道を戻ろうにも、それすら分からなくなっていた。
今さらながら山の中に逃げ込んだことを後悔した。
あのまま浜辺沿いに進み、大きな川を渡りきってしまえば諦めてくれたのではないのか、そんな思いが消えなかった。
ひくひくとしゃくり上げる自分を、泣いても誰も助けてくれるもんかと叱りつけるが、涙は止まらない。山を下りればいつか麓に着くんだと己に言い聞かせながら、ただただ歩き続けた。
「こっちゃに来い」
「ほれほれ、水がほしくないか」
「お腹空いたろ、お食べ」
そんな声が、風に乗って聞こえる気がする。
右から左からと、あちこちから聞こえてくる気がする。
そのたびに声のする方向を見るが、木々が風に揺れているだけだ。
うっすらとした月明かりの下、目をこらしてみるが、木々の間に見えるのは、同じような木々だけだ。
まっすぐに伸びたそれは、見上げるごんすけを拒絶するがごとくに、多くの葉っぱで隠している。
その隙間から見える星空は、近くにも見えるし遠くにも見える。
「おとお……」
思わずこぼした声は、暗闇の中に消えていく。
「おとおー!」
思い切り叫んだときに、ごんすけの背を叩くものがあった。
心の臓がとまるほどの驚きを感じ、思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
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