昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一章~(一) フランス語は、彼には魔女の言葉だった

2014-08-28 08:37:38 | 小説
(六)

構内における彼は、その無口さも手伝い、異性はおろか同性の友人さえいなかった。
この二流大学に籍を置く学生らは、彼のプライドを充たすものではなかった。
常に学業においてトップを走る彼は、他の学生の試験時における右往左往ぶりが滑稽だった。

日常の会話でナンパの話に明け暮れている彼らを、常に見下ろしていた。
“この大学に籍を置いたのは、間違いだった”
と、常々後悔していた。

令嬢との初詣では、夢見心地で、歓びの絶頂だった。
日頃はワンピース姿の令嬢が、和服姿で現れた折りには、別人と見間違うほどだった。

結い上げられたうなじが彼の目には眩しく、目元もキリリと引き締まり、正視できなかった。
言葉のでない彼に対し、
「どうなさったの?」
と、勝ち誇ったような声も又、さながら鈴の音に響いた。

そして又、彼女の知識は彼を驚嘆させるものだった
。仏文学専攻の令嬢の口から発せられる聞き慣れない横文字の人名は、彼にとって未知の人物ばかりだった。

茂作の命令にも似た指示によって、国文学を専攻する彼には、別世界のことだった。
令嬢の口から柔らかい響きで囁かれるフランス語は、彼には魔女の言葉だった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿