昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百四十二)

2022-06-07 08:00:02 | 物語り

「婿さんよ、ちょっと」
 ひとつの座から声がかかった。
「なんでしょう?」
 茂作の口撃に辟易し始めていた武蔵が、すぐに席を立った。
「婿さん、あちらではおモテになるでしょうな」
「どんな具合ですかの?」
 嫁を娶っていない村人が、目を輝かせて聞いてきた。
「都会のおなご子らは嫁さんになっても、やっぱりあれですかの?」
「小夜子よりべっぴんは、おらんですかの?」

「いやいや、都会の女は、いかんです。男をすぐに、値踏みします。
金持ちには媚を売って、貧乏人は鼻にも引っ掛けません。
けしからんもんです、まったく。
わたしもね、今は儲けていますから良いんですが。
不景気風の吹いている折は、散々でした。
見向きもしません。しかし小夜子は違いました」
「へえへえ。違いますか、田舎の娘は」
 涎をたらさんばかりに、身を乗り出してくる。
「小夜子は違いました。どんなに金を見せても、初めはなびきませんでした。
驚きましたよ、実際」

 気付くと、二重三重の人垣になっている。
他の座から、若い男たちが来ている。
都会生活のことを知りたがる者もいれば、都会の女を嫁にできないかと考える者もいた。
「おやめなさい。生き馬の目を抜くところです、やめた方がいい。
社会もそろそろ落ち着いてきました。
ひと山当てるには、ちょっと遅いですよ。
失礼ですが。大学出ならばいざ知らず、まともな教育を受けていない者では。
戦後の混乱は、もう収まりましたからね。
今から勉学に勤しむ気概を持っているなら、わたし、応援しますよ」
「いやあ、今さらなあ。力仕事ならいざ知らず、勉強はもう……」
「そうですかあ、都会の女はだめでかか」
 落胆の色を見せながら、それぞれの座に戻った。

「ううむ……」
 ひとり唸っている茂作に、繁蔵が声をかけてきた。
「茂作、良かったぞ。大婆さまの許しも出たから、これからは本家にも遊びに来い。
初江が気にしとるから」
「いや、わしも色々とあって。まあしかし、寄るかもしれんが……」
 気乗りのしない口調で答える茂作だが“村長選のことかい? まあ、応援はするがの”と、大婆の腹の内は分かっていた。

「武蔵と言う男、中々の男じゃないか。ツボを心得とる男だ」
 ポンポンと肩を叩きながら、繁蔵が満足げにうなずく。
しかし茂作には、武蔵のやることなすことが、腹立たしくてならない。
茂作自身が小夜子に対してしてやりたかったことを、いま武蔵が為している。
“わしだって先物がうまくいったならば、このくらいこと、いやもっと派手にやってやったわい。
たまたまうまくいったのが、この男というだけじゃ”
 恨めしげな視線を、武蔵に向ける茂作だった。



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