「婿さんよ、ちょっと」
ひとつの座から声がかかった。
「なんでしょう?」
茂作の口撃に辟易し始めていた武蔵が、すぐに席を立った。
「婿さん、あちらではおモテになるでしょうな」
「どんな具合ですかの?」
嫁を娶っていない村人が、目を輝かせて聞いてきた。
「都会のおなご子らは嫁さんになっても、やっぱりあれですかの?」
「小夜子よりべっぴんは、おらんですかの?」
「いやいや、都会の女は、いかんです。男をすぐに、値踏みします。
金持ちには媚を売って、貧乏人は鼻にも引っ掛けません。
けしからんもんです、まったく。
わたしもね、今は儲けていますから良いんですが。
不景気風の吹いている折は、散々でした。
見向きもしません。しかし小夜子は違いました」
「へえへえ。違いますか、田舎の娘は」
涎をたらさんばかりに、身を乗り出してくる。
「小夜子は違いました。どんなに金を見せても、初めはなびきませんでした。
驚きましたよ、実際」
気付くと、二重三重の人垣になっている。
他の座から、若い男たちが来ている。
都会生活のことを知りたがる者もいれば、都会の女を嫁にできないかと考える者もいた。
「おやめなさい。生き馬の目を抜くところです、やめた方がいい。
社会もそろそろ落ち着いてきました。
ひと山当てるには、ちょっと遅いですよ。
失礼ですが。大学出ならばいざ知らず、まともな教育を受けていない者では。
戦後の混乱は、もう収まりましたからね。
今から勉学に勤しむ気概を持っているなら、わたし、応援しますよ」
「いやあ、今さらなあ。力仕事ならいざ知らず、勉強はもう……」
「そうですかあ、都会の女はだめでかか」
落胆の色を見せながら、それぞれの座に戻った。
「ううむ……」
ひとり唸っている茂作に、繁蔵が声をかけてきた。
「茂作、良かったぞ。大婆さまの許しも出たから、これからは本家にも遊びに来い。
初江が気にしとるから」
「いや、わしも色々とあって。まあしかし、寄るかもしれんが……」
気乗りのしない口調で答える茂作だが“村長選のことかい? まあ、応援はするがの”と、大婆の腹の内は分かっていた。
「武蔵と言う男、中々の男じゃないか。ツボを心得とる男だ」
ポンポンと肩を叩きながら、繁蔵が満足げにうなずく。
しかし茂作には、武蔵のやることなすことが、腹立たしくてならない。
茂作自身が小夜子に対してしてやりたかったことを、いま武蔵が為している。
“わしだって先物がうまくいったならば、このくらいこと、いやもっと派手にやってやったわい。
たまたまうまくいったのが、この男というだけじゃ”
恨めしげな視線を、武蔵に向ける茂作だった。
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