昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港  (二)娘

2024-11-29 08:00:27 | 物語り

 四つ角のビル前に所在なく立ちすくむ、まだあどけなさの残る少女に、赤いほほ紅と真っ赤な口紅を無造作に塗りたくった唇に郷愁を覚え、思わず声をかけていた。
 連れだって喫茶店のドアを押した。
 BGMに耳を傾けつつ、男はとりとめもなく話している少女にときおり相づちを打った。
なにか楽しいことを喋っているらしく、ときおりコロコロと笑い転げている。
男には心地よいリズムのように感じられるそのお喋りも、きのうに再就職の件で連絡を取った友人からの情報が気になり、いまは耳に入らない。

 BGMをさえぎって男の耳に飛びこんできたのは、絹だとか糸だとかそういった単語だった。
そしてBGMがテンポの早い曲に変わると、男ははじめて口を開いた。
「で、どうなんだい?」
 少女は、やっと男が口を開いたことが余ほど嬉しかったらしく、自分の話を聞いていなかったことに気づきつつも、満面に笑みを浮かべて言った。

「良かった! おじさん、あたいがキライじゃないんだね。
ズーッとだまっているから、おしゃべりのあたいのこと、きらわれたかと思ったよ」
「ハハハ、バカな。きみみたいに可愛いむすめさんを、だれが嫌いになるもんか」
 男はタバコに火をつけながら、目尻にしわを寄せてやさしく言った。
「じつはね。あたい、カレを……」

 それまでとは打ってかわって肩を落とし、ストローでジュースを飲んだ。
そしてそのストローを男の方にむけ、
「飲まない? おいしいよ、これ。スーッとしてさ。
レモンが入ってるから、体にも良いんだって。
せんぱいがおしえてくれたの、レモンスカッシュっていうの」
と、また目を輝かせた。

「ほくはいいから、きみ、飲みなさい」
 苦笑いしながら男は答えた。
「うわあ、おじさんの歯ってきれいだネ。
あたい、タバコのヤニで黄色くなっていると思ってた。
うちのネ、工場長がそうなんだ。一日にネ、五十本も吸うんだって。
おじさんは?」

 男は、その会話のうつりかわりの速さに戸惑いながら、
「そうだなあ。2日で3箱だから、1日だと30本ぐらいかな? 
タバコのにおいは嫌いかい?」
 と、クルクル回るその目をのぞきこんだ。

「うん。工場長のは嫌いだけど、おじさんのはいいみたい。
タバコが違うのかな? へへへ。うーんと、なんのはなしだったっけ」
「きみの彼氏のことだよ。聞かせて欲しいな」
 男は、深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐きだした。
その煙を、身を乗りだして素早く吸い込むと、すこしむせびながら
「おいしいね、この煙」 と、はにかんだ。

「ハハハ、そうか話したくないのか。それじゃ仕方ない、話題を変えようか」
「いいよ、はなしても。おじさんがこのレスカを飲んだら、はなしてあげる」
 いたずらっぽく鼻に小じわを寄せて笑うと、レモンスカッシュを男の元に押しやった。
「わかった、わかった。それじゃいただくとしよう、ありがたく。お嬢さん」

 男は、娘の口紅がついたストローを口に含み、いきおい良く吸いこんだ。
レモンの香とともに、まだあどけない酸っぱさを喉に感じた。
「さあこれで、おじさんとあたいはギキョーダイだよ。
でも、あたいは女だから、ぎ、ぎ‥どう言えばいいの?」



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