昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

歴史異聞  第一章 『 我が名は、ムサシなり!』 (四) 山寺にて

2020-05-11 08:00:52 | 小説
体力の回復を待って長崎の地に送り届けるつもりの僧侶だったが、ごんすけにその旨を問い質した。
「いまさらなんばんにいっても、だれもおらん。おれは、ここのほうがいい。
大きくなってりっぱになって、お父をさがすよ。お父は、ひとりしかいねえ」
 涙ながらに訴えるごんすけに対し、僧侶の言葉は冷たかった。
「ごんたのことは諦めることだ。実を言うと、おまえは捨てられたのだ。
村から逃げ出すときに、村の子どもを痛めつけたであろう。そのことから、こっぴどくごんたは殴られてな。
それが元で、もう漁のできぬ体になってしまったのじや。分かっておる、おまえが悪いのではない。
ごんたも責めてはおらぬ。しかしもう一緒に暮らすことはできぬということじゃ」

 おいおいと泣きじゃくるごんすけの背を優しく撫でながら、
(嘘じゃ嘘じゃ、ごんたはお前のことを常に考えておる。じゃが、こらえてくれ。今は耐えることじゃ。
いつの日か、ごんたに会えることになるやもしれぬ)と、心の中で呟き続けた。
「いんや! うそだ、うそだ。お父はそんなことはしねえ。
まさか、まさか、死んじまったのか。かえる、むらにかえる。
そんでもって、お父のかたきをうつ。くそっ、むらのやつら」

 怒りにまかせたごんすけの言葉の中に、恐ろしいほどに燃え上がる怨嗟の炎を感じた僧侶は、
「ごんたは死んではおらん。生きておる、生きておるぞ。
お前が大人になったときには、人として一人前になった折りには、必ず会わせてやる。約束じゃ」
と、ごんすけの頭を抱きかかえた。

 昨夜のことだ。
 ごんすけの話を聞いた住職が「沢庵和尚さま、なぜにそこまで肩入れされるので」と、沢庵和尚に尋ねた。
「ごんすけという小童の行く末が楽しみでのお。とにかく利発なのじゃよ。
思いもかけぬ事を考えつきよる。
しかしまたそれが、逆に憂慮せねばならぬことにもなりかねぬ。
南蛮人では、村に溶け込むことはできまいて」
 相好を崩して話す沢庵和尚だったが、南蛮人だと言うことが気がかりでならぬと目を伏せた。

 毎朝のお勤め前に、住職が
「今日は佳き日よ。沢庵和尚がお見えになっておられる。皆も知ってのとおりに、行脚が大の好物という御仁じゃ」
と、本堂の入り口に飄々とした風貌で立つ沢庵和尚を指さした。
 仁王立ちしている沢庵和尚に、皆の目が一斉に注がれた。
背後の強い光が沢庵和尚を黒い物体として浮かび上がらせ、その斜め後ろに立つ棒きれのような物体もまた目に入った。
大きなどよめきと共に、訝しがる視線が向けられた。

「上がらせてもらうぞ」という声と共に、のっそりと沢庵和尚が歩を進めた。
後に続いたごんすけには、あちこちが破れたヨレヨレの着物を身にまとい、擦り傷だらけの手足に、「なんだこいつは」とでも言いたげな蔑みのこもった視線が向けられた。


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