昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (百九十二)

2022-02-02 08:00:10 | 物語り

「なにを言うんじゃ! 先夜の佐伯ご本家にたいする失礼も、このことからじゃろうが! 
お前がなんと言おうとこの話はまとめるんじゃ! これは竹田本家の命じゃ」
 普段ならば、ここでシュンとしてしまう茂作だ。
しかし、ことは小夜子の結婚話とあっては、茂作も引き下がれない。
「小夜子の一生のこと、いくらご本家といえども口出しは無用にお願いしたいものですわ」
「まあまあ、繁蔵さん茂作さん。落ち着いて話しましょうや。
じつはな、茂作さん。わしがついてきとるのは、ご報告がありましての。
実は、今日お見えになった加藤さんから、村に寄付金をいただきましたんですわ。
ご本家と茂作さんお二人さまからと言うことで、それぞれ十万円をの」

 寝耳に水のことだった。茂作だけならず竹田本家名での寄付など、思いも寄らぬ。
外堀を完全にうめられては、いかんともし難い。
蜘蛛の巣にかかった蝶のように、逃げ場を失っていく。
「ううぅリーダー」と、茂作が唸り声を上げる。
「お婆さまも、大喜びじゃ。でかした! と、おほめの言葉をいただいたしの。
茂作のしつけをほめてみえた。もう上機嫌での、明日にでも本家に来いとのこどしゃから」
 繁蔵の言葉も、耳に入らない。大きく頷く助役が、憎らしく見える。
「いね! いねえぇ!」。しぼり出すような茂作の声に、これ以上の長居は無用と立ち去った。
「いいか、明日にでも顔を出すんじゃぞ!」。
重蔵の帰りぎわの声が、茂作の耳につき刺さった。

 二人が帰ったあと、すぐに戸口のかんぬきをかけた。
「タキ、タキよ。だめじゃ、もう。盗られちまったよ、みたらいとかいう馬の骨に」
 肩をがっくり落とした茂作は、ふらふらと立ち上がり、断っていた酒に手を伸ばした。
アナスターシアのおくってくれたウィスキーを、湯のみ茶碗に並々と注いだ。
琥珀色の液体を、ぐいっと喉に流し込む。
“グオッ! ゲホッ、ゲホッ……”
「な、なんだこれは。のどが痛い、ひりつくぞ」
 アルコール度数の高いウィスキー、水で割るとは知らぬ茂作だ。
あわてて、焼けつく胃袋に水を流し込んだ。
「うー! 東京者はこんな酒をのんでおるのか。
うーむ。気取った連中ばかりじゃと聞くが、変なものを飲むもんじゃ。
小夜子も、こんなものを飲んでおるのか? 小夜子やあ」



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