「なにを言うんじゃ! 先夜の佐伯ご本家にたいする失礼も、このことからじゃろうが!
お前がなんと言おうとこの話はまとめるんじゃ! これは竹田本家の命じゃ」
普段ならば、ここでシュンとしてしまう茂作だ。
しかし、ことは小夜子の結婚話とあっては、茂作も引き下がれない。
「小夜子の一生のこと、いくらご本家といえども口出しは無用にお願いしたいものですわ」
「まあまあ、繁蔵さん茂作さん。落ち着いて話しましょうや。
じつはな、茂作さん。わしがついてきとるのは、ご報告がありましての。
実は、今日お見えになった加藤さんから、村に寄付金をいただきましたんですわ。
ご本家と茂作さんお二人さまからと言うことで、それぞれ十万円をの」
寝耳に水のことだった。茂作だけならず竹田本家名での寄付など、思いも寄らぬ。
外堀を完全にうめられては、いかんともし難い。
蜘蛛の巣にかかった蝶のように、逃げ場を失っていく。
「ううぅリーダー」と、茂作が唸り声を上げる。
「お婆さまも、大喜びじゃ。でかした! と、おほめの言葉をいただいたしの。
茂作のしつけをほめてみえた。もう上機嫌での、明日にでも本家に来いとのこどしゃから」
繁蔵の言葉も、耳に入らない。大きく頷く助役が、憎らしく見える。
「いね! いねえぇ!」。しぼり出すような茂作の声に、これ以上の長居は無用と立ち去った。
「いいか、明日にでも顔を出すんじゃぞ!」。
重蔵の帰りぎわの声が、茂作の耳につき刺さった。
二人が帰ったあと、すぐに戸口のかんぬきをかけた。
「タキ、タキよ。だめじゃ、もう。盗られちまったよ、みたらいとかいう馬の骨に」
肩をがっくり落とした茂作は、ふらふらと立ち上がり、断っていた酒に手を伸ばした。
アナスターシアのおくってくれたウィスキーを、湯のみ茶碗に並々と注いだ。
琥珀色の液体を、ぐいっと喉に流し込む。
“グオッ! ゲホッ、ゲホッ……”
「な、なんだこれは。のどが痛い、ひりつくぞ」
アルコール度数の高いウィスキー、水で割るとは知らぬ茂作だ。
あわてて、焼けつく胃袋に水を流し込んだ。
「うー! 東京者はこんな酒をのんでおるのか。
うーむ。気取った連中ばかりじゃと聞くが、変なものを飲むもんじゃ。
小夜子も、こんなものを飲んでおるのか? 小夜子やあ」
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