(一)
♪ふんふん♪
流行歌を口ずさみながら、いそいそと家事に勤しんだ。
“今日はどうしょっかな?英語学校、休もうかな?
最近お掃除、手抜きしちゃってるものね。
お千勢さんが居なくなってから汚くなったなんて言われたら、いやだし。”
それにしても不思議なもので、家事が苦手な筈の小夜子が、
今は嬉々として勤しんでいる。
掃除洗濯は勿論のこと、いつ帰るとも分からぬ武蔵の為に夕食を用意していた。
“将来の為よ。正三さんに、美味しいものを食べて頂く為の練習よ。
そして、アーシアに和食を食べさせるの。
ホテル住まいばかりじゃなくて、どこの国でもいいから……
そうね、やっぱりアメリカかしら。
お家を買うの、お庭の付いてる。
そこであたしが待ってるのよ。
疲れて帰ってくるアーシアに、美味しい和食をたくさん、は、だめなのよね。
いいわ! 少しの量で、たくさんの種類を用意してあげるの。
とにかく、お野菜とお魚と、そしてたまにお肉。
そういえば、アーシアって、お肉は全然口にしなかったわ。
だめなのかしら? 食べちゃ。
嫌い、ということはないわよね。
あぁ、早く会いたいわ。
会いたいと言えば、正三さん、どうしたのかしら?”
二
矛盾を矛盾と感じない小夜子だ。
正三とアーシア、同一人物かのごとくに思っているように見える。
「正三とかいう彼と所帯を持って、
アーシアと一緒に世界を回ればいいじゃない。」
前田が無責任に言ったその言葉を、真に受けている。
“正三さんなら、大丈夫。きっと分かってくれるわ。”
しかしその正三からの連絡は、未だにない。
彼是、ふた月近くが経っている。
“あの情熱的な恋文は、何だったの……”
“やはり、心変わりしたのかしら……”
“それとも、加藤家の方で……”
色々思い巡らせてみるが、驚いたことに小夜子の気持ちの中に、
嘗て程の焦りは浮かんでこなかった。
小夜子の胸は、さ程に痛むことはなかった。
加藤家で世話になっていた折に感じた焦燥感が、まるで湧いてこなかった。
“正三さんを信じているもの……”
己自身に言い訳をしてみるが、熱情が薄れ始めたことを認めない訳にはいかなかった。
しかしそれでも、正三に再会すればすぐに復活すると言い聞かせていた。
“正三さんじゃなきゃ、だめなの。
アーシアと一緒に暮らすためにも。”
あくまで、アーシアなのだ。
アーシアとの生活が全てで、その為の現在なのだ。。
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