昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

小説・二十歳の日記  八月二十九日  (曇り)

2024-10-20 08:00:48 | 物語り

八月も終わりの日曜日のきょう、彼女に連絡をとらなかったことが悔やまれる。
おなじ会社とはいえ、ぼくは現場で、彼女は事務所。
ほとんど顔をあわせない。
連絡方法は、いつも彼女から。
連絡メモをとどけるふりをしてのこと。
最近はタイミングがわるく、いつもぼくのそばにだれか居る。
内緒の付き合いだからなあ。
ぼくとしては、だれに知られても構わないけれど、彼女がいやがる。
やはり、年上だということを気にしているのか? 
それとも、ぼくなんかとの事を知られたくないのか。

ぼくのポケットの中には、千円札が二枚ある。
すこし、金持ちの気分だ。
チューインガムも入っていた。
もちろん、口に入れた。でも、空があいにくのくもり空のせいか、かみごこちが悪い。
生暖かいコーラを飲んだときの不快感だ。
長くポケットに入れていたせいかも?

なんの変わり映えもしない町並み―タバコ屋・八百屋・そしてパン屋。
商店街の喫茶店にでも、行こうとしていたんだ。
そんなとき、うしろからぼくを呼ぶ声が……・。
えっ、彼女? まさか! と半信半疑にふりむく。
いぶかしげな表情だっただろうぼくの目に、たしかに彼女が見えた。
ニッコリと満面に笑みをたたえて、彼女がかけよってくる。
いままでの不快さもどこへやら、ぼくの顔はニヤけたと思う。

でもホンのもう少し早く出かけていたら、彼女に会えなかったかも? 
喫茶店に入りこんでしまい、すれちがうことに……。
「君の名は」になるところだった。
危ないところだった。あの喫茶店のことは、彼女は知らないもんな。
そう考えると、ゾッとするよ。
でも、きょうのデートは最高に楽しかった。満足!
「智恵子抄」の映画が良かったこともあるけど、なんだか、彼女とのきょりがグッと縮まったような気がする。
ピッタリとくっついて、一心同体になったような気がするんだ。
だって立ち見だったんだし、すごい人だったし。
押されおされて、あやうく離ればなれになりそうだったし。

そうだよ!
とちゅう、ふと盗み見した彼女のほゝが濡れていたんだ。
大きなつぶの涙が、音が聞こえでもするように、ツツーッとほゝを伝っていたんだ。
ぼく自身が泣けそうだったから、嬉しい。

帰りが遅くなってしまったので、彼女を自宅まで送った。
でも、なんど町内を回ったことか。
話がとぎれそうになると、また新しい話題が出てくるんだ。
おかげで、こんやは足のうずきで眠れそうにない。
そうそう、夜空の星がまばたいて――光ったり消えたりして、まるで、星の女神さまのウィンクのようだった。

なんど、衝動にかられたろう。だけどいちどの衝動に負けて、サヨナラになるのは嫌だ。グッとこらえた。
接吻、あゝ!!
彼女のくちびるに触れる。柔らかいくちびる唇にそっと……。
そして、薄くくちびるが開き、ふるえる歯がちいさく音を立てあう。
その音に恥じらいを感じて、目を閉じたままで……・。
ただ、触れ合ったままに。
どうしょう、いつ離れていいものかわからない。
そのまま……の状態が……。

そのうち、息苦しさに耐えきれなくなり、鼻で息をしてしまうだろう。
そしてそれにはじかれるように、どちらからともなく離れる。
きっと、耳たぶまで真っ赤になっている彼女はかわいいさ。
そしてしっかりと抱き合って、こんどは深くふかくキスをする。
お互いをつよく感じ合う。

こんやは、ねむれそうにもない……

 



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