もうとおい昔のように感じますが、じつはつい先日なのです、はじめてお会いしたのは。
おそらくは、みなさまはお忘れでしょうがご経験があるはずでございますよ。
ほら、その人を思うだけで胸がチクチクと痛み、キューッと締め付けられる……。
そう! 恋、恋です。
ない? それはそれは、おかわいそうなことで。
この人のためならばなんでもしてやりたい。
できないことでも、なんとか叶えてあげたいと思う、まさしく恋心でございましょ?
家庭教師のこと、いとも簡単に決まったという風にお思いでしょうが、これがなかなかに。
まずはこのところの成績の下落を詫びました。
いえ別に順位が落ちたとか、そういったことではありません。
たしかに、試験の点数は落ちてしまいました。
しかしそれはどなたもご一緒でございます。
そこで、他の上位の方たちは家庭教師が付いてると言いました。そこが違っているのだと。
「しかし女の身でそこまで勉学に励まなければならんのかね」と、父が申します。
そこでここぞとばかりに、女性蔑視の気持ちがあるのね! とかみつきました。
で、とりあえず了承がでたのです。
が、やはり男性の方と、言うのが。
しかも相手宅にお邪魔してのことですから。
いくら一子さまとご一緒だからと説明しましても。それならこちらでという妥協案を父が出してきます。
ですがそれでは……。
帝大生の家庭教師など望むべくもないと、なんども懇願いたしました。
そして、なぜいま家庭教師というアルバイトを考えられたかということも、その理由も用意していたのです。
「ご卒業後には、留学をされたいということなのです。
もっとしっかりと勉強されて、お国のお役に立ちたいということなのです。
といって、やっぱり外国と言うことになると多額のお金がご入り用です。
全額をご両親に用立ててもらうのは気が引けるということでの、ことなのです」
これ以上しつこく言って変に勘ぐられても困ります。
そこで最後の説得材料として、
「足立呉服店さんが信用ならないのですか?
もうご了解はいただいてるのに。
『跡取り息子にアルバイトなどさせられない、面目が立たん』と、一旦はだめだとおっしゃられたのよ。
それに対して、三郎さまがおっしゃってくださったの。
『立派な婦女子になってもらうために、お教えしたいのです。
昨今は勉学に時間を割くことが難しくなっているのですから』。
それでやっとお許しが出たというのに。
お父さんは、小夜子がかわいくないんですね。
お店のことばかりで、正夫だけに世話を押しつけて。
恥ずかしくてなりません!」と、涙を流しながら訴えました。
あのときはおどろきました、わたくしも。
悲しくもないのに涙を流したりしまして。
女優さんになれるかしら? なんて、心内では考えていましたのよ。
結局は、母が味方してくれまして、うまくいきました。
「お父さん。これ以上反対しますと、小夜子はお父さんが嫌いになってしまいますよ。
それに、足立呉服店さんといえば、老舗のお店です。
世間体ということもありますから、万が一なにかありましたとしても、いいお話じゃないですか」
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