翌日に、父にはないしょで母のもとにいきました。
前夜しこたま叱られた兄が、もうおまえの相手はしてられんとばかりに、母親に投げたわけです。
うち沈んだ表情をみせる母親にたいして「かあちゃん、ズルイぞ。じぶんだけたべて!」と、部屋にはいるなり、なじりました。 . . . 本文を読む
じっと黙したまま、正三のことばを聞きつづけた小夜子。
蝶ネクタイ姿の正三をまのあたりにして、三年という歳月がみじかいものではないことを知らされた。
口べたで、おのれの思うところの半分、いや十分の一も語れなかったはずの正三。 . . . 本文を読む
昨夜のことだ。屈託なくわらう武蔵に、小夜子は頬をふくらませる。
“どうしてなの? 不安に思ってないの? 正三さんに気持ちがうつるとは考えないの?”
「御手洗小夜子だ、と言えばいい。ロビーに、佐伯正三が待っているはずだ。 . . . 本文を読む
昭和33年でした。わたし、9歳です。小学3年生です。
ミスターこと長嶋茂雄さんがプロデビューされた年です。
母を講師とした「お化粧教室」なる企画で、あちこち田舎をまわりました。 . . . 本文を読む
小夜子さんは、アナスターシアとか言うモデルでしょうな。
それまで無理をしていたと思いますよ。砂上の楼閣でしたでしょう。
いつくずれるとも分からぬ、ですな。必死の演技でしたでしょう。 . . . 本文を読む
いや武蔵ばかりではない、実のところは小夜子にも分からないのだ。
いや、ひとつは分かっている。正三に対する不実さを認めたくないのだ。
しかしそれだけではない。まだ他のなにかが小夜子を苦しめている。 . . . 本文を読む