昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百三)

2022-03-08 08:00:45 | 物語り

昨夜のことだ。屈託なくわらう武蔵に、小夜子は頬をふくらませる。
“どうしてなの? 不安に思ってないの? 正三さんに気持ちがうつるとは考えないの?”
「御手洗小夜子だ、と言えばいい。ロビーに、佐伯正三が待っているはずだ。
すこし話をして、それから食事しろ。窓ぎわの席を用意させておく。
ゆっくりと話をしていこい」
「ホテルだなんて、なにを考えているの」
「食事のためさ。いつものステーキの店はだめだ。
あそこは、俺と小夜子のためだけの店だからな」

いま、対峙する二人。やくそくの接吻から、はや三年ほどが経っている。
そして今、やっとの再会だ。
喜びに打ち震える正三に対し、小夜子の高ぶりは、意外なほどにおだやかなものだった。

「本当に申し訳ありませんでした。
すぐにも連絡をとりたかったのですが、連絡先がふめいで。
あとから分かったのですが、手紙をかくされてしまっていまして。
それに入省と同時に特別班に配属されまして。
その部署というのが極秘事項を取り扱う部署で、外部との接触をいっさい禁じられました。
小夜子さんに連絡をとる術もなく、悶々とした日々をおくっていました。
小夜子さん、ああ小夜子さん、どんなにお会いしたかったことか。
でも小夜子さんがお元気そうでなによりです」

連綿と言いわけを並べたあとに、取って付けたように再会のあいさつを言う正三だ。
冷ややかな表情をうかべて聞きいる小夜子を見るにつけ、口数のすくなかった正三が饒舌となっていく。
「きょうの小夜子さんは、一段とおきれいですね。
ベルボーイに案内されてこられたおりは、別人かと思いました。
新進の女優さんかと、みまごうばかりでしたよ。
アナスターシアは気の毒でした。まさか自殺とは、思いもかけぬことで。
いかほどの衝撃だったことか、推察するにあまりあります。
でもお元気そうで何よりです。

その洋服は、最新モードですね。
やはり、ディオールのオートクチュールですか? 
たしか、Hラインと思いますが。夜子さんならではのチョイスだ。
おにあいです、本当に」
知りうるかぎりのファッション用語をならべたてる正三。
源之助に聞かされていた小夜子とは、まるでちがう小夜子に動揺をかくせない。
そして正三が思い描いた小夜子ではなかった。
“変わってしまった。この女性は、小夜子さんじゃない”



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