小夜子さんは、アナスターシアとか言うモデルでしょうな。
それまで無理をしていたと思いますよ。砂上の楼閣でしたでしょう。
いつくずれるとも分からぬ、ですな。必死の演技でしたでしょう。
それを、アナスターシアというモデルによって、演技ではなくなった。
いや演技をする必要がなくなった。これは大きい。
よろいを身にまとう必要がなくなったんですから。
ところが、突然の死だ。ふわふわの状態に逆戻りだ。
大きな船から、大海原に落ちたもどうぜんだ。飛行機からジャングルの中に落ちたもどうぜんです。
全身から針を出している、やまあらしですよ。
そんな折に、白馬の騎士だ。御手洗武蔵と言う、ね。
ところが、今まで邪険にしてきている。
ほいほい貢いでくれる男ぐらいにしか考えていなかった」
五平の長口舌のあいだ、聞いているのかいないのかわからぬふうの武蔵。
“いいのか、武蔵。小夜子をとられるかもしれないんだぞ。初恋の男だぞ、あの男は。
あの男と結ばれるために田舎をすてた女だぞ、気性の激しさは並じゃない。
いちずな女なんだ、こうと決めたら突きすすむ女だぞ。
戻ってくるとは限らんぞ。良いのか、武蔵”。そんな逡巡の思いもある。
「大丈夫! 武さん、大丈夫ですって。
武さんには、肉体の繋がりがある。こいつは強い。
それに、十分にぜいたくな生活をさせている。
どんなに心がうごいても、今の生活を捨てるなんてできませんて」
五平に肩を叩かれて、「よし! 男が一度決めたことだ、会わせてやろう。調べてくれ、五平」と、語気強く告げた。
それからわずか三日の後、正三と相対する小夜子。
武蔵のおぜん立てで正三との再会をはたすべく、ハイヤーに乗り込んだ。
最新モードに身をつつみ、ぜいを極めた。
「小夜子。明日、佐伯正三に会わせてやる。いや、会ってこい。会って自分の気持ちをたしかめろ。」
驚きの色を隠せない小夜子に、ふだん以上に饒舌になった武蔵だ。
突きぬけるほどに晴れわたった朝、約束の時間ぴったりにホテルに到着した。
運転手によって開けられたドアから降りる小夜子、凛としてご令嬢然としていた。
うやうやしくドアマンがお辞儀をする。
重々しいドアが開けられて、ベルボーイが入り口で待っている。
「ごきげんよう。」
アナスターシアと共に入ったホテル、思わず目頭が熱くなってくる。
知ってか知らずか、武蔵がセッティングしてくれたホテルだ。
ホテル内のレストランを、予約してくれている。
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