昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百二)

2022-03-03 08:00:47 | 物語り

 小夜子さんは、アナスターシアとか言うモデルでしょうな。
それまで無理をしていたと思いますよ。砂上の楼閣でしたでしょう。
いつくずれるとも分からぬ、ですな。必死の演技でしたでしょう。
それを、アナスターシアというモデルによって、演技ではなくなった。
いや演技をする必要がなくなった。これは大きい。
よろいを身にまとう必要がなくなったんですから。
ところが、突然の死だ。ふわふわの状態に逆戻りだ。
大きな船から、大海原に落ちたもどうぜんだ。飛行機からジャングルの中に落ちたもどうぜんです。
全身から針を出している、やまあらしですよ。
そんな折に、白馬の騎士だ。御手洗武蔵と言う、ね。
ところが、今まで邪険にしてきている。
ほいほい貢いでくれる男ぐらいにしか考えていなかった」

 五平の長口舌のあいだ、聞いているのかいないのかわからぬふうの武蔵。
“いいのか、武蔵。小夜子をとられるかもしれないんだぞ。初恋の男だぞ、あの男は。
あの男と結ばれるために田舎をすてた女だぞ、気性の激しさは並じゃない。
いちずな女なんだ、こうと決めたら突きすすむ女だぞ。
戻ってくるとは限らんぞ。良いのか、武蔵”。そんな逡巡の思いもある。

「大丈夫! 武さん、大丈夫ですって。
武さんには、肉体の繋がりがある。こいつは強い。
それに、十分にぜいたくな生活をさせている。
どんなに心がうごいても、今の生活を捨てるなんてできませんて」
 五平に肩を叩かれて、「よし! 男が一度決めたことだ、会わせてやろう。調べてくれ、五平」と、語気強く告げた。

それからわずか三日の後、正三と相対する小夜子。
武蔵のおぜん立てで正三との再会をはたすべく、ハイヤーに乗り込んだ。
最新モードに身をつつみ、ぜいを極めた。
「小夜子。明日、佐伯正三に会わせてやる。いや、会ってこい。会って自分の気持ちをたしかめろ。」
驚きの色を隠せない小夜子に、ふだん以上に饒舌になった武蔵だ。

突きぬけるほどに晴れわたった朝、約束の時間ぴったりにホテルに到着した。
運転手によって開けられたドアから降りる小夜子、凛としてご令嬢然としていた。
うやうやしくドアマンがお辞儀をする。
重々しいドアが開けられて、ベルボーイが入り口で待っている。
「ごきげんよう。」
アナスターシアと共に入ったホテル、思わず目頭が熱くなってくる。
知ってか知らずか、武蔵がセッティングしてくれたホテルだ。
ホテル内のレストランを、予約してくれている。



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