9日(金)。わが家に来てから今日で2372日目を迎え、トランプ米前大統領は7日、自身のソーシャルメディアのアカウント停止は、表現の自由を定めた憲法に違反するとして、フェイスブック、グーグル、ツイッターの3社をフロリダ州の連邦地裁に提訴した というニュースを見て感想を述べるモコタロです
アカウント停止の原因はトランプ自身が作った この男に言論の自由を語る資格なし
昨日、夕食に「トンテキ」と「玉ねぎの味噌汁」を作りました トンテキは塩コショウを振って、焼く時に醤油、味醂、オイスターソース、砂糖、生姜、ニンニクで味付けしています レアで焼くと とても美味しかったです
「マイナンバーカード」の交付申請をしてから50日も経つのに、まだ総務省から うんともすんとも 言ってきません 総務省から届いた「交付申請の案内」には「申請後、交付場所などをお知らせする交付通知書(はがき)が概ね1か月ほどで申請者のご自宅に届きます」「申請が一定期間内に集中したり、市区町村の窓口が混雑したりしている場合には、これ以上のお時間をいただくこともあります」と書かれています 混雑しているとはいえ、50日は長すぎだろう、とにかく先方に届いているかどうかだけでも知りたいと思い、「マイナンバー総合フリーダイヤル」0120-95-0178に電話しました 音声ガイダンスに沿って、最初に「マイナンバーカードの交付申請書等に関することは1を、カードの紛失などについては2を・・・」と5択で訊かれたので1を押すと、次に「カードの交付申請がお済みでない方は1を、申請がお済みでカードがまだ届いていない方は2を・・・」と3択で訊かれたので2を押しました 当然、申請書が確かに届いているか、届いていてもカード交付通知書の発送までは至っていないのか程度のことは教えてくれるものだと思っていました ところが、ガイダンスは「会話の内容の正確を期すため、オペレーターの教育のため記録させていただきます」とした上で、「マイナンバーカードに申請に関することは1を・・・」と訊いてくるではありませんか。これでは振り出しに戻ってしまいます 人をバカにしてんのか と一人で怒り狂いました それでも、何度かかければつながるかも、と思い直して5回ほどトライしたら5択、3択の後の段階でオペレーターが出ました 担当者につないでもらい 当方の申請日と申請書IDナンバーを伝えたところ、確かに申請書は届いているが、現在大変混みあっているので申請から交付通知書発送まで3か月程度かかる予定だ、と言われました 総務省は批判が殺到する前に音声ガイダンスの内容を見直した方が良いと思います そういう訳で、マイナンバーカードを申請済みで まだ交付通知書が届いていない方は、申請から3か月は待たされると覚悟してください
昨日、早稲田松竹でルキノ・ヴィスコンティ監督による1967年製作イタリア・フランス合作映画「異邦人」(104分・2021年 デジタル復元版)を観ました
開演時間は12時55分でしたが、5分前くらいから2人のスタッフが前方の席に座っている高齢者のところに行って何やら話しかけています どうやら何かを説得しているような感じです 入館に当たっては体温測定をして手指の消毒を済ませ、マスクの着用をチェックしています 考えられるのは入館後にマスクを着用しないでいることです。アナウンスで上映中もマスクの着用を義務付けているので、もし着用してない場合は館外に出るように言われてもやむを得ません 開演時間が過ぎて「上映時間を遅らせます」というアナウンスが入り、相変わらず説得らしきものが続いていましたが、いつまでも他の客を待たせるわけにはいかないと判断したのか、5分遅れで上映が開始されました 実際に何があったのかは不明ですが、もしも上記のようなことがあったとすれば、その客は外に出るべきです。自分さえ良ければいいという問題ではありません それにしても、どこにでもいますね、世の中は自分を中心に回っているのだと勘違いしている人間が
さて気を取り直して本題に入ります
物語の舞台は第2次世界大戦前のアルジェ。会社員のムルソー(マルチェロ・マストロヤンニ)のもとに養老院から母親の訃報が届く 母の葬儀のために養老院を訪ねたムルソーは涙も流さず、特段の感情も示さなかった。葬儀の翌日、たまたま出会った元同僚の女性(アンナ・カリーナ)と海水浴に行き、喜劇映画を観て、一夜を共にする その後、友人レーモンのトラブルに巻き込まれたムルソーは預かっていた拳銃でアラブ人を射殺してしまう ムルソーは逮捕され 裁判にかけられる 法廷で射殺の動機を訊かれたムルソーは「太陽がまぶしかったから」と述べ、陪審員の嘲笑をかう しかし、ムルソーにはそれ以上の理由が見いだせなかった 「母親が死んだのに悲しむこともせず、女性と普段の生活を楽しんで、おまけに合理的な理由もなく人を殺した。非人道的で不道徳だ」と糾弾された彼は、法廷で死刑を宣告される 監獄を訪問した司祭が懺悔を促すが、ムルソーは拒否し 彼を追い出す。ムルソーは死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする
この作品は、アルベール・カミュが1942年に発表し、人間の深層心理に潜む不条理の意識を巧みに描いた小説「異邦人」を、イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督が映画化したものです カミュが43歳でノーベル文学賞を受賞したのは、この作品によるところが大きいと言われています
この映画のタイトル「異邦人」の意味について、ヒントになるシーンが2か所あります 最初のシーンは、ムルソーが逮捕され警察署に連行されて、「君は神を信じないのか」と訊かれた時、彼は「信じない」と答えるところです もう一つのシーンは、独房に神父が入ってきてムルソーに懺悔を促すと、彼は「私は無神論者だ」と言って追い返すところです つまり、ムルソーはキリスト教が支配する世界の中で生きている無神論者(背徳者)ということで「異邦人」なのです
肉親が死んだとか 親しい友人が亡くなった時、涙を流さないのは「非人間的」で「非人道的」なことでしょうか? 人によっては悲しくても涙が出ない人もいるだろうし、後から思い出して涙を流す人もいると思います そういう意味では、「こういうシチュエーションではこう振る舞うべきだ」といったパターン化した考え方はやめるべきだと思います 考えてみれば、人間は生きていること自体が不条理だし、いつどうやって死ぬのかも分からない点でも不条理だし、人生は不条理に満ちていると考える方が自然ではないか、と思います