宝石ざくざく◇ほらあなJournal3

ロシア語をはじめ、外国語学習に関するあれこれを書いておりましたが、最近は…?

短編集を読む

2020年08月17日 | 
なんでも書いておけば記憶に残ろうかと、最近読んだ『一人称単数』(村上春樹 文藝春秋)について、感想を書いておこう。

近年の村上作品についていえば、長編小説よりも、中短編小説のほうがずっと好きだ。
前に短編集を読んだときも、春樹ブランドみたいなイメージとは離れて、普通に小説として、いいなぁうまいなぁすごいなぁと思った覚えがある。
(というわりには、6年前の短編集ってなんだっけ?と検索してしまった・・・内容もほぼ覚えていなかった・・・)
なので、今回の新刊もつまらないことはないはずと購入。
現代において突出して優れた小説なのかとか、村上作品の中での位置づけとかは分からないけど、十分におもしろかった。

「石のまくら」
時間が経って言葉だけが残る不思議さ。ほんとうの気持ちが宿っている言葉だけが、そこに付随するいろんなものをよみがえらせる。それを職業としていなくても、自分で短歌や俳句や詩やなんかをつくっているひとはたくさんいて、その意義について考えたりすることもあると思うのだけれど、そういう人がこの短編を読むとちょっと嬉しいかも。いや嬉しくはないし、意義も分からないけど、とにかく、残るんだなぁと。

「クリーム」
村上氏の小説には、身に覚えのないことで悪意を示されるというパターンが結構あるようで、気の毒だ。気の毒だ、と書いてみたが、自分にも意外とあった。そういえば自分の「人生のクリーム」とは関係ないと思ってやりすごしていたかも。この小説は自分も18歳くらいのときに読みたかったかな。いやでも18歳の時も「へなへなと怠けてたらあかん」とは思ってはいたんだけど・・・思ってただけだけど。

「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」
ジャズ・プレーヤーについての知識はないし、演奏も知らないけど、これ、なんだか分かる。夭逝してしまった人について、あまりの若さに思いをはせることがある。実在と創作との最上の邂逅、とか書くと文芸評論家っぽい気分になるが、これはそのまま「そんなことが」と目をみはって受け取りたい。

「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」
見当違いかもしれないけど、読みながら思い出したのは、掌編『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』、そして『ノルウェイの森』『国境の南、太陽の西』。村上春樹研究的には重要作品のような気がする。芥川龍之介の『歯車』読んでみたい。そうそう、冒頭の文章-自分と同年代の、かつての美しく溌剌とした女の子たちが、今では孫のいる年齢になっていることが、不思議で悲しい気持ちになることがある、自分自身が歳をとったことについては、悲しくなることはまずないけどーというの、なんだか失礼だなぁと思ったけど、そんなことないですか。

長くなったので、残り4編についてはまたあらためて。

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