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住宅セーフティネットとは何か
住宅セーフティネットとは、さまざまな事情により「独力で住宅を確保することが困難な人」に対して、それぞれの所得、家族状況、身体状況などに適した住宅を提供できるような制度や仕組み全般を指す言葉だ。
もともとは戦後復興期における公営住宅制度が基盤となっているものの、現代では低所得者に限ることなく、高齢者、障がい者、子育て世帯、母子家庭、父子家庭、DV被害者、犯罪被害者、外国人、ホームレス、被生活保護者など幅広い対象を想定している。戦傷病者や原爆被爆者、ハンセン病療養所入所者なども含まれる。
住宅セーフティネットの制度内容も、公営賃貸住宅の供給や民間賃貸住宅のあっせんなどにとどまらず多岐にわたる。住宅ローンの金利優遇や債務保証、自宅の借上げ制度、バリアフリー改修の支援、民間賃貸住宅への助成などはほんの一例だ。公営賃貸住宅では安心して暮らすための福祉環境の整備なども進められている。
この住宅セーフティネットをめぐる現在の状況や、これから求められる課題などについて主なポイントをみていくことにしよう。
住宅セーフティネットが必要とされる背景
住宅セーフティネットが年々その重要性を増している背景には、生活困窮者の増加がある。所得格差の問題だけでなく、母子家庭や父子家庭など「ひとり親世帯」の問題、DV被害者や犯罪被害者、障がい者への支援など、いずれも欠かすことのできない重要な課題である。このような人たちに対しては住宅以外の面での対策も進められており、経済環境や社会環境の変化により改善が進むこともあるだろう。
だが、これからの社会において避けることができないのは高齢者世帯の増加である。住宅セーフティネットの対象は広範だが、ここではとくに高齢者世帯について考えてみたい。
2016年9月19日の「敬老の日」を前に総務省が発表した人口推計(9月15日現在)によれば、65歳以上の高齢者は約3,461万人で、総人口に占める割合は27.3%になり、人数、割合とも過去最高を更新している。このうち女性は1,962万人で、高齢者割合が30.1%と初めて30%を超えた。高齢化が進むスピードも主要国の中で突出して速いという。しかし、高齢者人口の増加よりもさらに速く進んでいるのが「高齢者だけ(夫婦・単身)の世帯」の増加である。
総務省統計局の「家計調査」によれば、2014年における70歳以上の持ち家率は89.3%と、ほぼ9割が住宅を所有している。かなり高い持ち家率だとみることもできるが、裏を返せばほぼ1割の高齢者がマイホームを持たず、主に賃貸住宅で暮らしていることになるだろう。
総務省が5年ごとに実施している「住宅・土地統計調査」によれば、「民営借家」(公営借家やUR、公社などを除いた民間賃貸住宅)で暮らす高齢者世帯は、1998年に約84万世帯だったが2013年は約162万世帯と、15年間でほぼ倍増した。とくに高齢者の単身世帯は、2008年から2013年の5年間で約1.4倍となり、その急増傾向が際立っている。
高齢になっても十分な収入があれば何とかなる面はあるものの、大半は苦しい生活を強いられることになるだろう。「65歳以上の夫婦世帯」の増加は2020年頃に頭打ちとなると推計されているが、「65歳以上の単身世帯」はその後も増加が続くものと見込まれている。
公営住宅のストック数はあまり増えず、大都市圏の応募倍率は高いまま
急増する高齢者世帯数に対して、公営住宅の供給は進んでいないのが実情だ。戦後の住宅難が続いていた1951年7月1日に「公営住宅法」が施行され、国と地方公共団体が協力して「住宅に困窮する低額所得者」向けの住宅整備を進めてきたが、1972年頃をピークに供給数は年々減り続けている。2014年の供給は1万戸に満たず、ピーク時のおよそ10分の1の水準だ。2014年度末時点でストック数は約216万戸になるものの、そのうち61%にあたる約131万戸が築30年以上だという(国土交通省まとめ)。
公営住宅が増えない理由として、国や地方公共団体の財政難や、将来的な人口減少を見据えれば積極的な公共投資が難しいことなどが挙げられている。民間の空き家が年々増加し、大きな社会問題となっていることを考えれば、新規に公営住宅を建設し続けるわけにもいかない。
そのような状況の中で、公営住宅の応募倍率は高い水準となっているようだ。国土交通省のまとめによれば、とくに大都市圏は高水準であり、2014年度において東京都は22.8倍、東京圏は15.5倍、大阪府は10.5倍、大阪圏は8.8倍だった。全国平均でも5.8倍であり、公営住宅に応募しても入居することのできない世帯は相当な数にのぼるだろう。
居住水準が必ずしも高いとはいえない公営住宅に応募が集まる理由は、もちろん賃料が安いことにある。だが、「住宅確保要配慮者」に対する民間住宅の賃貸人の意識も大きな要因だ。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会が実施した調査によれば、「大家の意識」として高齢者に対し約6割、障がい者に対し約7割、外国人に対し約6割が「拒否感」をもっているという。子育て世帯に対する「拒否感」も約1割になるようだ。従前よりは改善が進んでいるようだが、高齢者や障がい者などに対して「従前よりも拒否感が強くなっている」とする回答もみられる。民間賃貸住宅への「入居の難しさ」も、公営住宅人気の一因となっているようだ。
公営住宅に代わる住まいの整備も進められている
そのため、住宅セーフティネットにおいては、民間賃貸住宅の大家が入居者を限定しないような制度づくりも肝要である。上記調査では「入居制限する理由」で最も多かったのが「家賃の支払いに対する不安」となっているため、これを保証し不安を和らげるような制度も欠かせない。
一般的に「住宅セーフティネット法」といえば、2007年7月6日に公布・施行された「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」を指すが、2011年10月20日に改正法が施行された「高齢者の居住の安定確保に関する法律(高齢者住まい法)」による「サービス付き高齢者向け住宅」なども含めて考えてよいだろう。
いくつかの制度にもとづいて「借上公営住宅」(民間住宅を借上げて転貸するもの)、「地域優良賃貸住宅」(地方公共団体の支援により民間が供給するもの、前身は特優賃や高優賃等)などの整備も進められている。これらの住宅整備に対して公的な支援をすることで、要配慮者の入居がスムーズになるような対策がとられているのだ。
住宅セーフティネットをめぐる最近の動き
住宅セーフティネット整備の一環として、2012年度から2014年度は「民間住宅活用型住宅セーフティネット整備推進事業」が実施されたほか、2015年度と2016年度は「住宅確保要配慮者あんしん居住推進事業」が行われている。
「住宅確保要配慮者あんしん居住推進事業」は、各地域の「居住支援協議会」などと連携し、空き家を活用して「一定の質が確保された低廉な家賃の賃貸住宅」の供給をするもので、空き家のリフォームやコンバージョンなど改修工事に対して補助がされる。補助率は対象費用の3分の1以内で、賃貸住宅の改修は50万円、事務所や自宅を賃貸住宅に用途変更する場合は100万円が上限となるほか、2016年度からは子育て支援施設を併設する場合の補助も加えられた。
その一方で、「住生活基本計画(全国計画)」(2016年3月閣議決定)において住宅セーフティネット機能強化が提起されたことを受け、4月に「新たな住宅セーフティネット検討小委員会」が国土交通省内に設置され、7月22日に「中間とりまとめ」が公表されている。ここでは「新たな住宅セーフティネットに係る具体的施策の方向性」として次の6項目が挙げられている。
□ セーフティネット住宅の安全性の確保
□ セーフティネット住宅への円滑な入居の確保
□ 安心してセーフティネット住宅に居住できる仕組み
□ 空き家・空き室の活用
□ セーフティネット住宅の情報提供等
□ 特に配慮が必要な住宅確保要配慮者世帯への対応
具体的な施策はこれから検討されていくだろうが、新規供給よりも民間住宅ストックの活用に重点が移ってきたのは近年の大きな流れだろう。それとともに、民間事業者やNPOなどの協力も得て、入居後の居住支援サービスの拡充も課題となっている。高齢者など要支援者の住まいを確保するだけでなく、その後の見守りや安否確認、緊急時の対応などへの態勢を整えなければ、民間賃貸住宅が安定的に提供されないのだ。
上記の「中間とりまとめ」では、市町村単位で「居住支援協議会」を設立することも提言されている。「居住支援協議会」とは「住宅セーフティネット法」に基づいて2011年度から設立が進められているもので、地方公共団体、宅地建物取引業者、賃貸住宅管理業者、家主、居住支援団体などで組織される。だが、都道府県単位ではすべて設立されたものの、区市町村単位では北海道本別町、山形県鶴岡市、江東区、豊島区、板橋区、八王子市、調布市、川崎市、岐阜市、京都市、神戸市、北九州市、福岡市、大牟田市、熊本市の15区市町(2016年6月末時点)にとどまるため、これを広げようとするものである。居住進協議会をはじめとする各種の支援活動の中で、宅地建物取引業者が果たすべき役割も年々その重要性を増していくものと考えられる。
要支援者の増加に対して住宅セーフティネット整備のスピードが追い付いているかどうか、制度の情報が十分に行き渡っているかどうかなど、さまざまな議論はあるだろうが、対策が徐々に進んでいることは理解しておきたい。